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子どもの受験が終わった日、親の中で静かに終わるもの

長女の高校入試が終わりました。

試験が終わった瞬間、  
「終わった…」という脱力と、安心感。

そしてそのあとすぐに気づきました。

思っていた以上に、  
自分が疲れていることに。

しばらく動けないくらい、  
体の力が抜けていました。

受験するのは本人なのに、  
なぜか自分の受験の時よりも、しんどい。

少し不思議に思いながら、  
静かに自分の中を振り返ってみました。

私はこの受験期間、  
娘のことをずっと  
「大丈夫だと思う」と感じていました。

強い不安があったわけではありません。

それでもどこかで、

体調は大丈夫かな。  
試験の日に力を出せるかな。  
家の空気は落ち着いているかな。

そんなことを、  
無意識に気にかけ続けていたのだと思います。

大きく心配していたわけではない。

ただ、  
静かに見守り続けていた。

そして試験が終わった瞬間、  
「もう体調を気にしなくてもいい」

その思いと同時に、  
張っていた神経が一気にほどけました。

だから今は、  
ただ解放されたような感覚です。

そしてもう一つ、  
ふと浮かんだことがありました。

「ここまで育ったんだな」

小さかった頃からの時間を思うと、  
高校受験はきっと一つの節目。

子どもの人生の節目であると同時に、  
親にとっての節目でもあるのかもしれません。

振り返ってみると私は昔から、  
人の空気や流れを感じ取ることが多いタイプでした。

言葉になる前に  
「なんとなく分かる」という感覚。

人の気持ちや、  
物事の流れの変化を  
先に感じてしまうことがあります。

今回の受験でも、  
娘の状態や家の空気を  
自然と感じ取りながら過ごしていたのだと思います。

それは特別なことではなくて、  
ただ普通にそうして生きてきただけ。

でも、  
人や場の状態を感じながら  
静かに見守る時間は、

思っている以上に  
神経を使うものなのかもしれません。

だからこの疲れは、

心配の疲れではなく、  
見守り続けていた神経が  
ほどけた疲れ。

子どもは子どもの人生を歩き、  
親はその少し後ろから見守る。

親としてできることは  
きっとそんなに多くはないけれど、

静かに見守るという役割は、  
思っている以上に  
大きなエネルギーを使うものなのだと感じました。

そして今日、  
その役割がひとつ終わったのかもしれません。

子どもは少しずつ  
自分の世界を広げていく。

親は少しずつ  
見守る距離を変えていく。

それがきっと、  
子どもが成長するということなのだと思います。

今日は少し立ち止まって、  
この解放感と疲れを感じながら  
ゆっくり休もうと思います。

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