「スーパーカー」の意味を知る。マルゼンスキーの血を求めた理由【火曜日の血統論#8】
スペシャルウィークの話をする前に、彼の母父であり、ニジンスキーの最高傑作とも言われているマルゼンスキーについて、まずは理解を深めていただきたいと思います。
■ 母の腹の中にいた頃から、その名は響いていた
今の競馬ファンには想像しにくいかもしれませんが、1970年代、1頭の繁殖牝馬の輸入が日本競馬界を震撼させました。
その名はシル。
競馬殿堂入りを果たしたバックパサーの産駒であり、母のクィルも複数のGⅠを制した名牝中の名牝。
落札価格は約9000万円。当時の感覚では、まさに天文学的な数字だったとか。
白井先生は、その衝撃を鮮明に覚えていると言っていましたね。
「彼女の存在を日本に来る前……母馬の腹の中にマルゼンスキーがおるときから知っとったよ。橋本善吉さんがシルを購入した段階で、とてつもない話題になっとったからね」
インターネットなど存在しない時代。
海外の競馬情報は、船便で届く1か月遅れの情報誌が頼り。
それでも、先生は目を皿のようにして血統表を追いかけていたそうです。
「それほどの繁殖牝馬が来るの?」
「しかも、ニジンスキーの子が入っとるって?」
「それはもう、えらいこっちゃ…と思ったし、人の意思と情熱。これを強く感じた。振り返れば、社台の吉田善哉さんや早田光一郎さん、そして橋本善吉さん。そういう先人たちの深い情熱があったからこそ、今の日本競馬の隆盛がある。この事実は、絶対に忘れてはいけないね」
先生がいつも口にすることですね。
血統は単なる記号の組み合わせではない。
そこには最高の馬を創り上げようとした人間のロマンとストーリーが宿っている。
僕が血統コラムの連載タイトルを『温故知新』で提案したとき、先生に褒めていただいたことがありました。
「これはホンマにええタイトルやな。血統の本質、物事の本質を的確に捉えている」
字だけで追う血統コラムと一線を画した理由は、先生が「競馬への情熱」を理論の中に組み込んでいたことにあったんです。
■ 「排気量」が違う。絶対能力としてのスピード
白井先生の調教師人生において、サンデーサイレンスと並び、欠かすことのできない存在がマルゼンスキーでした。
多くの人はマルゼンスキーを「スピードの馬」と定義しますが、先生の言う「スピード」は、世間一般のそれとは少しニュアンスが違っていましたね。
「スピードと言えば、みんなスプリント的な速さをイメージするやろ? でもな、僕が考えているのは能力の絶対値。車で言うところの『排気量』やね。軽自動車がどれだけ進化しても、3000ccのエンジンを積んだ車にはかなわん。それと同じで、マルゼンスキーは積んでいるエンジンがまるで違ったんやわ」
現役時代のマルゼンスキーは8戦8勝。
当時は「持ち込み馬」という制度の壁があり、日本ダービーへの出走は叶いませんでした。
「残念ダービー」と呼ばれた日本短波賞で見せた、後続を突き放す圧倒的なパフォーマンス。
それはまさに異次元の走りと、マルゼンスキーを知る誰もが言いますよね。
「競馬は『タラ・レバ』が禁句やけど、あの馬がダービーに出ていたら、普通に楽勝していたと思う。速さの次元が違ったよ」
「本当に優れた馬は展開に左右されず、スピードの絶対値で決着をつけてしまう。マルゼンスキーは、45年も前の日本でそれを示した馬やったね」
■ ディープインパクト、そしてスペシャルウィークへ
この「排気量の違い」という理論。
白井先生は、あの近代競馬の結晶・ディープインパクトにも同じことが言えると指摘していました。
「ディープインパクトの血統自体はステイヤーやった。でも、あれだけの能力差を見せたのは、他馬とまるで違うエンジンを積んでいたから。ステイヤーであっても、他を圧倒するスピードのカテゴリーに入れてもらえるレベルの絶対値があったんやな。マルゼンスキーも同じ。馬体も素晴らしく、敬遠する理由が1つもなかった」
先生がマルゼンスキーに、そしてニジンスキー系に傾倒したのは、単なる好みではありません。
世界基準の「能力の絶対値」を追い求めた結果だったんですね。
ニジンスキーについて、先生は「マルゼンスキーをさらにパワーアップさせたような馬」と表現していました。
別次元の怪物マルゼンスキーを、さらに上回る次元の存在。
それがニジンスキー。
そんな血を受け継ぎ、先生がその手で最高峰へと導いた1頭の馬がいます。
マルゼンスキーのスピードの絶対値を継承し、白井厩舎の、そして日本競馬の歴史を塗り替えた名馬。
次回からは、いよいよ「母の父マルゼンスキー」の本丸。
スペシャルウィークの物語を始めていきましょう!
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