庭先取引の時代に打った「未来への布石」。スペシャルウィークの物語は生まれる数年前から始まっていた!【火曜日の血統論#9】
先週に予告した通り、今週はスペシャルウィークについて掘り下げていきます。
たくさんのエピソードが語られている名馬。
武豊騎手の最初のダービータイトルも、スペシャルウィークとコンビを組んでのものでした。
そんなスペシャルウィークが、どのような過程を経て、どのような思惑の中で栗東トレセンへとやって来たのか?
白井寿昭先生が仕掛けた驚くほど緻密で、執念とも言える「戦略」を辿りながら、血統の奥深さを感じていただければ……と思います。
では、始めていきましょう!
▪️マルゼンスキーのテイストも残すスペシャルウィークの姿
多くの競馬ファンにとって、特別な馬だったスペシャルウィーク。
それは先生にとっても同様で、常に同じ言葉で質問に答えてくれます。
「スペシャルウィークこそが僕の管理馬の最高傑作。あの馬の引退から 25年以上が過ぎ、天に召されてからも 、それなりの月日が流れたけど、当歳時に撮った写真を引っ張り出してきて、その素晴らしい姿に思いを馳せることがあるんだ」
当歳の段階から、他の馬とは違う雰囲気を醸し出していたというスペシャルウィーク。
「この馬だけは自分の手で」
その強い思いを何度も聞かせてもらいました。
「スラッとした脚長の馬体。このころから、すでにしなやかさを感じさせていてね。やっぱり別格やな……。何度見ても、そのように思うわ」
「サンデーサイレンスにも似とるけど、マルゼンスキーの良さも感じる。本当に素晴らしい馬やったな」
今回のテーマである血統、特にマルゼンスキーという視点で見れば、スペシャルウィークの母系は理想の形でした。
母キャンペンガールは日本が誇る名牝シラオキへと繋がる名門で、この母系こそが白井先生の求めたもの。
「どの掛け合わせでも母系は重要やけど、サンデーサイレンスのような特別な馬の場合、その選別は特にシビアになったね」
「スペシャルの母のキャンペンガールは父がマルゼンスキーというだけでなく、日本が誇る名牝シラオキにつながる母系。言うことがなかったよ」
様々なエピソードを聞かせてもらいましたが、白井先生がこの血統に目をつけたタイミング。
これが本当に素晴らしいというか、一部で「白井最強」と言われる理由と思えるもの。
なぜなら、スペシャルウィークが生まれるずっと前。
他厩舎の動向にまでアンテナを張り、その血統を手に入れる可能性を虎視眈々と狙っていたというのですから、驚き以外の言葉が見つかりません。
▪️スペシャルウィーク獲得までに打っていた「布石」とは?
スペシャルウィークの母キャンペンガールは未出走馬でした。
「厩舎の洗い場でひっくり返ってしまい、競走馬として使い物にならなくなってしまった。能力うんぬんとは別のところで引退したわけ。その動向に注目するのは当然やと思わんか?」
現在はセレクトセールなどで、目を付けた血統を手に入れるチャンスがあります。
でも、当時は庭先取引がメイン。
優秀な血統は、成績を残している調教師、牧場との繋がりが深い調教師の元へ行くことがほとんどでした。
「小林稔さんのところは、栗東でも屈指の血統馬が集まっていて、その血統が走れば、次も小林さんのところに行く。どれだけ牧場に足を運んでも、手に入れることはできんわけ」
「でも、未出走馬の産駒なら、こぼれてくる可能性があるかもな…と。そんなことを考えてたわ。チャンスが来たんやから、逃したらあかんなと思ってたね」
スペシャルウィークが誕生する2年も前。
白井先生は「目立たない牝馬」をナリタ、オースミの冠で知られる山路オーナーに買ってもらったそうです。
「言い方は悪いけど、次への布石やったよ。もちろん、キャンペンガールにサンデーサイレンスを付ける前の話やし、スペシャルウィークのため……とまでは言えんけど、この血統に素晴らしい種が付いたとき、そこが初めてになる人間なんて、牧場に相手にしてもらえんやろ?」
そのための一手が生涯成績2勝のオースミキャンディ。
「ヘクタープロテクター産駒の牝馬。正直、そこまで購買意欲のそそる馬ではなかったけど、その部分こそが実は狙い目やった。そのような馬を買ってもらった恩義を牧場側は忘れんからね」
良い種が付いたとき、誰よりも早く動く。
培われてきた商売の鉄則。
庭先取引の時代において、現在とは違う動き方が調教師に求められていたんです。
「シラオキの血を引くマルゼンスキー肌の繁殖牝馬。そんな馬にサンデーサイレンスが付いたら、簡単に売ってくれんし、見せてもらうことさえ、無理やったかもしれん」
「なので、そんな状況になっても相手をしてもらえるように、オースミキャンディでキャンペーンガールの血統にツバを付けておいたわけ。そして、本物が登場したときに誰よりも早く動く。商売の鉄則に従った結果、スペシャルウィークを手に入れることができた」
馬の資質を見抜くだけでは足りない。
宝物を発見したとき、それを手に入れることができるように……。
何年も前からの布石が、先を見通す能力が調教師に必要だった時代の話ですね。
◾️プロとしての選択、人としての葛藤
ご存知のように、スペシャルウィークは臼田オーナーの所有馬として、キャリアを始めることに。
これは牧場サイドの要望で、先生自身は山路オーナーに買っていただきたかった。
布石を打ってくれたオーナーへの敬意と葛藤は、現在も存在していると言っていましたね。
「申し訳ないことをしたと現在も思っている。お世話になってきた方にダービーオーナーとなるチャンスをフイにさせてしまったわけやからね」
山路オーナーはすでにナリタブライアンでダービーを勝っていました。
それが罪の意識を少しだけ軽くした……そんな話もされていましたね。
「競馬をやっていれば、誰もがダービーを勝ちたいと思うもの。ナリタブライアンがいたので、後悔というところまではいかなかったけど、あの馬が仮にいなかったら……。スペシャルウィークのダービー制覇もあそこまで喜べなかったかもしれんな」
プロとして、スペシャルウィークを自身の手で手掛けることを優先した白井先生。
その後の活躍はご存知の通りです。
白井先生が大事にしていた血統のロマン。
人と人との濃密な繋がり。
そして、先を見続けることの重要性。
その結晶こそが、スペシャルウィークという馬だったのです。
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