【モキュメンタリー】 unsolved caseもう一人のかぐや姫 《3つのお題に空想のひらめきを第38回》

総合古典文学研究所所長 : 高峰泰孝
「かぐや姫の物語は様々な謎に満ちています。現代でも多様な解釈がされますが、舞台となった竹林は奈良県広陵町の讃岐神社付近であるとする説が有力です。
最大の謎は、そもそもかぐや姫はなぜ地球にやってきたのかということです。前世の恩返しや、月で犯した罪への罰として一定期間地球に送られたとする説などがありますが、罪を犯して追放されたのは近親者、例えば兄妹などで、かぐや姫は心配でたまらずに月から追いかけてきたのではないか、と考えることもできます」
1974年6月17日18時32分
奈良県警への匿名通報
通報者 女性氏名不詳
年齢 おそらく老年
住所 不明
職業 不明
通報内容 夜を売る屋台で三日月の鍵を盗んだ
風を集めるおばあが七つ目の井戸に
封じた名前を忘れた龍の正体は
もう一人の月に帰れなかったかぐや姫
だと次の満月の晩に広陵町の井戸を
開ければわかるはずです
元奈良県警警視 : 筑井晴義
「後藤幹夫さんは県警時代の私の先輩で、優秀な警察官でした。もう50年以上も前の話ですが、匿名の女性からこのような通報があり、当時巡査長だった後藤さんが応対したのです。テープなど音声は残っていませんが、独特な内容だったからか後藤さんは手帳に書き残していました。
当初は後藤さんもイタズラの類ではないかと思ったそうです。ですが、声からして通報者がおそらく老年の女性であることと、イタズラにしては手が込んでいるのでずっと気になっていたと。
この内容で公式な捜査の許可はまず出ません。後藤さんは翌7月の満月の夜に、勤務を終えてから非番だった私を半ば強引に連れて広陵町の古い井戸を訪れました。二人で重い蓋を開け、井戸の中に満月の光が射しました。底には白骨の遺体があり、その傍で何かが金色に輝いているように見えました。引き揚げるとそれは小判で、遺体は死亡時推定二十歳前後の女性で、死後かなりの年月が経過しているとの鑑定結果でした。
未解決事件や失踪者に該当はなく、小判があったということで、江戸期に奈良の近辺で若い女性が失踪した等の情報がないかを調べてみました。すると、当時の瓦版にこんなことが載っていたのです」
現代語訳
月に帰れなかったかぐや姫、消息を絶つ
薄幸の美女、遊女の辰姫は三日前の晩に店の金二百両を持ち逃げして行方不明となった。
身請けの約束叶わず、最近は衰弱していた様子。
見つけた方に礼金あり。
筑井晴義
「江戸の後期に辰姫と呼ばれていたこの女性はかなりの美貌の持ち主だったそうです。ある商家の跡取りが身請けの約束をしましたが、それは口だけで男はあっさり別の女性と結婚してしまった。その顛末から、周囲は月に帰り損ねたかぐや姫などと陰で言っていたようですね。おそらく相当なショックだったのでしょう。破談になったことで遊郭から抜け出るチャンスも失ったわけですから。
はっきりと確定したわけではありませんが、状況から見て井戸の遺体はこの辰姫ではないかということで、当時の新聞にも記事が出ました。店から持ち逃げしたという金額と井戸にあった小判の金額も一致したので。ただ、県警にかかってきた通報に関してはあまりにも突飛な内容のため、匿名の通報と書かれただけでしたね。
ですが、新たな謎も増えました。遺体の身元が彼女だとして、その最期は自死だったのか、事故だったのか、あるいは他殺だったのか。少なくとも井戸に落ちた後に蓋をした人物がいたのは確かです」
高峰泰孝
「かぐや姫はまた、なぜ5人の貴族に無茶な難題をふっかけたのか。
石作皇子には仏の御石の鉢、車持皇子には蓬菜の玉の枝、阿部御主人には火鼠の皮衣、大伴御行には龍の首の珠、石上麻呂足には燕の子安貝。いずれも実在するのかわからない伝説上の珍品ばかりです。これについては、当時の政治批判や風刺ととらえる説もありますけどね。
何百という男がかぐや姫を射止めようとしていた。誰とも婚姻をする気がないのなら、その他の男たちのようにこの5人のことも無視し続ければよかったはずです。
一つの考え方としてですが、かぐや姫は最後まで自分を諦めようとしなかった彼らに、消息不明となった近親者の手がかりを探させようとしたのではないか。物語を読む限りでは、かぐや姫が軽い悪戯や思いつきで人を弄ぶ性格のようには思えません。彼らの嘘を暴いたのも、自分が持ってくるよう頼んだ物が本物かどうかを確かめねばならない切実な理由があった、という考え方です。
そして竹取の翁はかぐや姫に選ばれた存在だったのか。様々なエピソードがありながらも、出会いから別れまでを見届ける翁の存在がなければ、この物語は成立しません。人気のない竹林でも金色に光れば当然目立ちます。かぐや姫は翁を選んで見つけさせた、と考えるのが妥当ではないでしょうか」
筑井晴義
「仮に井戸の遺体が辰姫であったとしても、竹取物語のころとは年代が全く異なるため普通に考えれば血縁関係とは考えにくいでしょう。かぐや姫についても、素性や家族関係についてはわかりませんがね。何か不憫に思う理由でもあったのか。
ただ、現実的な捜査に長けていた後藤さんは、あのときの通報はかぐや姫からだったのだろうかと、珍しくそんなことを真面目な口調で言っていましたね。生きた人間からの通報だったとするほうが自然だということは、もちろん後藤さんもわかっていたと思いますが。
もし、かぐや姫が後藤さんを選んで井戸の遺体を発見させたのだとしたら、これ以上ない人選だったと思います。お世辞を抜きに、先輩は大変粘り強く、職務に誠実な警察官でしたから。
この件は、後藤さんにとって唯一の未解決事件です。きっと、あの世で捜査を続けているのではないかと思います。私が逝くときにまだ解決していなかったら、50年前に井戸を開けたときのように駆り出されるでしょうね。そうしたら、微力ながら力になりますよ」
*こちらに参加させていただきました🙇♂️
お題:
夜を売る屋台 三日月の鍵
名前を忘れたドラゴン 風を集めるおばあ
月に帰れなかったかぐや姫 七つ目の井戸
トップのイラスト
ドラゴンは龍と表記させてもらいました
