【ショートショート】 あの日の私たち 《せりふ三題噺》
*震災当日の描写を含みます。ご了承下さい。
「男の子って大体特撮とか怪獣って好きでしょう? でも私はトラウマなんですよね、ガメラが。ガメラって血が水色なんですよ。それがドクドク流れるシーンがどうしても苦手で」
「あぁ、私もありますよ。そういうの。私、ゴーストバスターズのマシュマロマンがダメなんです。皆はカワイイっていうけど、ニコニコ笑いながら襲ってくるのが怖くて」
そんな会話をしながら長い夜道を歩いていた。
この日の14時46分、本当に日本沈没が脳裏をよぎるほどの地震があった。
私が高校を出てからアルバイトをしていた遊園地では、ほとんどのアトラクションが緊急停止した。設備保守担当の白石さんたちはすぐに駆けつけたが、震度5弱以上の余震が1時間で10回もあったため、点検作業には時間を要した。
私は観覧車の担当で、この日運悪く遠足で来ていた幼稚園生たちがゴンドラに乗っていた。次第に恐怖で泣いてしまう子供たちの声が聞こえてきた。私を含むスタッフは、必ず降りられるからもう少し頑張ってと拡声器で呼びかけ続けた。その様子を見ながら、白石さんたちは復旧作業を急いでいた。
登戸駅に着いたときは午後6時をまわっていた。地震の影響で大幅な減便運行となっていて、ホームだけでなく、駅構内やバスターミナルにも人があふれていた。到底乗れそうな見込みはない。どうしようかと思っていたとき、見知った顔を発見した。
「白石さん?」
「あ、江藤さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。これ…今日はムリですよね」
「バスも見てきましたが、押してもビクともしないぐらい人が乗っていて諦めました。タクシーももちろん捕まりませんね」
「そうですか…どうしよう」
「江藤さん、帰りはどっち方面ですか?」
「府中のほうですけど」
「あ、じゃあ方角同じですね。私、稲城なんで。歩いたほうが早そうですが、よかったら一緒にどうです? 途中で乗れそうなバスとかあったら乗るって感じで」
知らない人ではないし話したことない男性ではないが、大丈夫だろうかと一瞬思った。だが、溝の口から府中まで距離はあるが人気のない道は通らない。それに白石さんはどう見てもヒョロい体つきをしている。丸メガネが細い顔に似合う柔和な雰囲気の人。見た目だけで判断するのは危険だが、万一何かあっても女子バスケで鍛えた脚と腕力でなんとかなるだろうと踏んだ。
3月11日。夜の風は体の芯に届くほど冷たかった。
私たちと同じように、歩いて家に帰ろうとする人たち。コンビニの駐車場でタバコを吸いながらラジオなどで情報を集めようとする人たち。
稲田堤駅前の電光掲示板では、アナウンサーがずっと緊張した様子で喋っていた。
《夜になってきました。まだこれからぐっと冷え込みますので、被災地の皆さんはできるだけ暖をとって救助を待って下さい。このあとも余震がくる可能性があります。海から離れ、高い場所に避難して下さい…》
「喉、大丈夫ですか? 江藤さん、ずっと拡声器で喋ってましたけど」
「あ、はい。まぁもともとハスキー声なんで、どちらかと言うと。白石さんも大変だったじゃないですか。あちこちとやり取りしながらの復旧作業で」
「えぇ、まあ。こういう事態を想定した訓練はしていたんですけどね。でも、訓練と実際は全く違うと今日思い知らされました」
「そうですね…あの、聞いてもいいのかなんですけど、白石さんは東北に親戚とかお知り合いはいないんですか?」
「幸いと言っていいのか、いません。私、出身京都なんですよ」
「あ、京都。修学旅行で…」
「ですよね! そうだよね! 清水寺とか行きましたよね!? でもウチは北の京丹後のほうなので、残念ながらただののどかな農村なんです」
「そうなんだ。いや、でもそっちのほうがいいかも。10代の若者に神社仏閣の奥深さを知れっていうほうがムリあるっていうか」
「はは、そうですよね。まぁなんにもないけど、のんびりできるところではあります。江藤さんは?」
「私は府中が地元です」
「そうなんだ。府中、いいよね。移住しようかな」
「稲城から川渡るだけじゃないですか」
「えっ? いや、まぁそうなんだけど」
稲城長沼の近くまできたところで、前方に茶色っぽい見慣れない物体がモソモソと動いているのが目に入り、白石さんが声を上げた。
「あれ? 亀? うわっ! 亀だ! ケヅメリクガメ!」
「え〜…? なんでこんなところに?」
「どっかから逃げちゃったのかな。随分興奮しているみたいだけど」
「確かによく見るノソノソっていうより、キビキビって感じで歩いてますね」
「こんな日だから怖かったのかな。仕方ない。申し訳ないけどこれでなんとか」
そう言うと白石さんは、街路樹の脇に咲いていた早咲きのたんぽぽを摘んでリクガメの顔の近くに差し出した。リクガメは急に目の前に現れたたんぽぽに戸惑った様子で、しばらくじっとしたまま黄色い春の色を凝視していた。少しずつ、警戒しながらも鼻を近づけていく。やがて、パクッとたんぽぽを口にして食べ出した。
「リクガメってたんぽぽも食べるんですね」
「そうそう。あと、オオバコとかね」
しゃがんでムシャムシャと口を動かすリクガメを見ていると、すいませーん、と女性の声がした。近くのアニマルカフェの店員さんで、リクガメは店の自動ドアが地震の影響で故障した隙に逃げ出してしまったらしい。少し落ち着いたのか、ノソッとした足取りで店員さんと去っていくリクガメを見送った。
こんな日だから怖かった。
そう、怖かった。リクガメも私も。
地震の揺れ、何度も鳴る緊急アラート、子供たちが助けを求める声。今日あったことは、この先も忘れないだろう。
気持ちが落ち着かない。信号待ちで立ち止まると、なおわかる。体がずっと小さく震えている。寒いからじゃない。経験した恐怖や危機に対して体が警戒を解かないからだ。
「あ、じゃあ私はここで、なんですけどちょっと待っててもらえます?」
そう言って白石さんはコンビニに入っていった。
待っている間に吐いた息がはっきりと白い。こんな日なのに、いつもより多くの星が見える。
「お待たせしました。さっきカメにエサやろうとしてしゃがんだときに靴下破けちゃって。あと、これよかったらどうぞ。残り2つだったけど、ギリギリ買えました」
白石さんが差し出してくれたのは貼るカイロだった。
「さっきのカメのところで江藤さん手が震えてましたよね。すいません、もっと早く気がつけばよかった」
手を伸ばして、カラダもココロもほっかほか、と書かれたカイロを受け取る。
「ありがとうございます」
目の奥にじんわり涙が滲んだのを慌てて隠す。
「ここから一人ですけど大丈夫ですか? よければ府中まで一緒に行きますよ」
「でも、そうしたら白石さんが帰るのだいぶ遅くなっちゃいますよ」
「稲城から川渡るだけじゃないですか」
その言葉に私はふっと笑ってしまった。
「え、と…じゃあお願いします。こんな日なんで」
星空を見上げる。
何してるの。こんなところ照らさないでいい。
私は、私たちは歩いている。歩いていける。
お願いだから、被災地の人たちを目いっぱい照らしてあげて。
そんなことを思いながら、私は再び白石さんと歩き出した。
*こちらに参加させていただきました🙇♂️
お題
せりふ:あれ?亀?
三題:観覧車、靴下、マシュマロ
