「あとでね」と言わない夜のために
夜9時、僕はまだ事務所にいた。消灯の時間はとっくに過ぎていた。机の上には、明日が締切の提出書類と、確認待ちの記録と、書きかけのご家族への連絡文。
夕方、入居者のAさんが「ちょっと聞いてほしい話があるんです」と声をかけてくれた。僕は書類の山から顔を上げて、「ごめん、あとでね」と言った。
「あとで」は、来なかった。気づけば、Aさんはもう部屋に戻っていた。
そういう夜が、何度もあった。
僕は障害者グループホームを運営している。この仕事を始めたとき、やりたかったのは「人と向き合うこと」だったはずだ。それなのに、ふたを開けてみれば、一日の半分以上が書類に消えていた。行政へのメールの確認、経理、記録、連絡文。どれも欠かせない。
でもある夜、書類の山を前に、ふと思った。
これは全部、「人にしかできない仕事」なんだろうか。
※
それで僕は、AIに事務を渡す仕組みを少しずつ組み始めた。「AI社員を雇う」と勝手に呼んでいる。経理担当、メール担当、情報収集担当。一人ずつ増やして、今は11人いる。
実際は、つまずいてばかりだった。
最初の失敗は、完璧主義だった。ちゃんとした仕組みを作ろうとして、考えるほどやることが増え、三週間たって手元にあったのは途中のメモだけ。何ひとつ動いていなかった。その三週間も、僕は夜の事務所で「あとでね」と言い続けていた。あきらめて、八割の出来で小さく動かすことにしたら、月末の作業は体感で半分になった。あの完璧主義は丁寧さではなくて、失敗したくないという恐れだった。
次の失敗は、AIを信じすぎたことだ。AIは嘘をつく。それも、悪びれもせず堂々と。実在しないウェブページを、自信満々に報告された。新人がこの調子で報告してきたら、逆に心配になる。別の日には、自動の仕組みが音もなく止まっていて、一週間誰も気づかなかった。
派手に壊れてくれたほうがまだいい。怖いのは、静かに死んでいるやつだ。
以来、AIの仕事には必ず「確認役」と「見張り役」を置いている。要するに人間の職場と同じで、新人の仕事は確認するし、報告のない部署には誰かが見に行く。
もうひとつ、最初に決めたことがある。Aさんたちの実名は、絶対にAIに入れない。記録のなかでは「Aさん」と置き換える。便利さの前に、守る線を一本引く。ここだけは譲れない。
※
失敗をくぐりながら、仕組みは少しずつ育った。朝起きると、メール担当が要約と連絡文のたたき台を用意している。経理担当の下ごしらえも終わっている。月に数十時間あった事務作業が、目に見えて減った。
でも、いちばん変わったのは数字ではない。
夕方、「ちょっと聞いてほしい」と言われたとき、手を止めて隣に座れるようになったことだ。
Aさんの話は、たいてい大きな話ではない。今日あったこと、好きなテレビの話、ときどき、家族の話。でもその「大きくない話」を最後まで聞くことが、たぶんこの仕事のいちばん大事な部分で、僕が書類の山の中で手放しかけていたものだった。
スタッフとも立ち話ができるようになった。「最近どう?」のひとことが言える。報告の文面ではなく、顔色で様子がわかる。こういうことは、どれだけ技術が進んでも機械には渡せない。渡してはいけない、とも思う。
「AIに仕事を奪われる」という言葉をよく聞く。でも現場に立っていると、逆の景色が見える。
奪ってほしい仕事が、多すぎるのだ。
書類、転記、確認、報告。それらに埋もれて、人と向き合う時間のほうが先に奪われている。
エンジニアでもない僕が、失敗しながらここまで来て、たどり着いた結論は技術の話ではなかった。
自分の時間を、何に使うのかという話だった。
三週間溶かして、嘘をつかれて、それでも少しずつ続けただけだ。だからこれは「すごい人の話」ではない。書類の山の向こうに、本当はやりたい仕事がある——それだけの、どこにでもある話だ。
「あとでね」と言わない夜のために、僕は今日もAIに書類を渡している。
あの夜、聞けなかったAさんの話の続きは、後日、ちゃんと聞けた。
隣に座って、最後まで。
(※利用者・ご家族・職員に関する記述はすべて仮名・一部改変しています。施設が特定される情報は伏せています)---
最後まで読んでくれてありがとうございます。
俺は障がい者グループホームを経営しながら、事務をAIに渡す試みを記録しています。
▶ 手順を全部知りたい人へ: AI社員の最小の雇い方(手順全公開)
▶ まとめて読みたい人へ: 基礎セット束(公開後にリンク追加)
※この記事の続きにあたる実例は随時追加しています。
