薄毛談義 | 外見が変わるということ
みにくいアヒルの子は成長して美しい白鳥になり、ハッピーエンド(?)を迎える。
美醜の基準は人それぞれだとしてもこれは世間から一般的に好ましいとされる姿に変化した場合の話であると思う。
それならその逆バージョン、白鳥が成長して実はアヒルだと分かった場合はどうなのか…?
想像すると少し切ない気持ちになる。
薄毛(AGAやFAGA)の人はそういう切なさを体験してる人が多いのではないかと思う。
自分がハゲるとは思っていなかった人も多いだろうし、若年発症の場合は周りがフサフサで青春を謳歌している時に1人取り残されたような感覚になってしまう事もあると思う。そして薄毛は大抵進行するからこれからも自分の姿は変わっていってしまう。
外見変化に適応することの難しさ
それがバッドエンドとは思わないけど、外見の変化に適応するのは簡単ではない。
医療的にも外見変化に適応するのは結構大変な事とされているし、時には社会生活を困難にする事もあったりする。
例えばガンの治療によって外見が変化した場合(脱毛等)、4割以上の人がその外見変化が原因で仕事や学校を休んだり辞めたりする事が調査で分かっている。
国も脱毛等の外見変化ががん患者に苦痛を与え、社会生活に大きく影響を及ぼす事を重く受け止めており、社会参加を促すために患者の外見ケア(アピアランスケア)に力を入れてきているし、ウィッグの助成等を行う自治体も増えてきている。
薄毛は自力で立ち上がるしかない
しかし薄毛の場合を考えると、同じく脱毛という外見の変化を生じていても病気とも認められていないため保険診療も受けられず、ウィッグの助成を受けられる訳でもない。外見変化による苦痛や困難を抱えていても支援はどこからも受けられない。
また変化したボディイメージを受容するためには周囲の理解やサポートも重要な場合もあるが、薄毛の人はなかなかそれらも得られない。むしろ逆に馬鹿にされたり、寄り添ってくれると思っていたAGAクリニックやサロン等に搾取されたりする場合も多い。
薄毛の人は誰にも頼れず自力で外見変化を受け入れ、さらに外見変化によって新たに生じる様々な社会的・経済的・心理的困難にも1人で立ち向かわざるを得ない状況になってしまいやすい。
ちなみに韓国ではこの状況が問題視されてきていて、薄毛による外見変化の苦痛や社会生活への負担を軽減するために若者の薄毛治療を助成する自治体もあり、保険適用の議論も活発化してきている。
日本では薄毛による外見変化が及ぼす影響についてはまだほとんど認識されていないように思う。
たとえ誰も助けてくれず苦しくてもそれはあなたのせいでは全くない。大変な状況で生きてきた自分を誇りに思うべきだし誰も守ってくれない分、自分を最大限味方して守ってほしいと思う。
お読みいただきありがとうございました!
