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「意志が弱い」を、いったん疑ってみた。スピノザと、飛んでいる石の話

夜中の1時にスマホを置けない。

明日が早いのはわかっている。やめようと思っている。なのに指が動き続ける。翌朝、寝不足の頭で思う。「私は意志が弱い」。

この台詞を、人生で何千回言ってきただろう。先送りするたび。衝動買いするたび。決めたことが三日で崩れるたび。意志力を鍛える本も読んだ。だいたい三日で読むのをやめた。本のせいではない。

最近、この「意志が弱い」という診断そのものを疑うようになった。きっかけは、スピノザだった。


飛んでいる石の話

スピノザが手紙の中に書いた、有名なたとえ話がある。

空中を飛んでいる石を想像する。もしその石に意識があったら、石はこう思うだろう。「私は自分の意志で飛んでいる」。

実際には、石は誰かに投げられただけだ。軌道も速度も、投げられた瞬間に決まっている。でも石には、投げた手が見えない。見えるのは「飛びたい」という自分の感覚だけ。だから「これは私の意志だ」と信じる。

人間も同じではないか、というのがスピノザの言い分だと私は読んでいる。人は自分の欲求は意識できる。でも、その欲求がどこから来たのかは、ほとんど見えていない。原因が見えないから、空白を「意志」という言葉で埋めている。

初めて読んだとき、正直ムッとした。私の努力も決断も、全部投げられた石だと言うのか。

でも、思い当たる節しかなかった

反発しながら、自分の夜中のスマホを思い返した。

あの「やめられない」には、ちゃんと原因がある。日中の疲労。寝る前のドーパミン切れ。無限に次が出てくるアプリの設計。寝室に充電器があるという配置。ADHD気味の脳の、刺激への弱さ。

どれも具体的だ。そして、どれも「意志」ではない。

「意志が弱い」という診断は、何かを説明しているようで、何も説明していなかった。原因のリストを全部隠して、最後に残った自分を殴っているだけ。説明になっていないのに、自己嫌悪だけは満点で発生する。コスパが悪すぎる。

石の比喩は、人間を貶める話ではなかったのかもしれない。「お前が見ていないのは、自分を投げた手だ」という話だった。

原因が見えると、打ち手が変わる

ここからが、実際に効いた部分だ。

「意志が弱い」が診断のままだと、対策は「意志を強くする」しかない。根性。気合い。明日こそ。これが効かないのは、何千回も実証済みだ。

でも「投げた手」の側を見ると、打ち手が急に具体的になる。充電器を寝室から出す。通知を切る。疲れている日は、そもそも夜に判断をしない。石の軌道を変えたければ、石に説教するのではなく、風や角度をいじるしかない。

これ、ADHDの工夫として散々書いてきた「仕組みで解決する」と同じ結論なんだよな。脳の話として理解していたことに、300年以上前の哲学者が別ルートで先に着いていた。少し悔しい。

以前、スピノザの感情の話を書いたことがある。感情の原因を理解すると、受動が能動に変わるという話。今回のはその続きで、もっと根っこの話だと思う。感情だけじゃなく、「意志」そのものが、原因の見えていない状態の別名かもしれない、という。

じゃあ努力に意味はないのか

ENTPなので、自分にも逆張りしておく。

全部決まっているなら、頑張る意味はないのか。スピノザはたぶん、そうは言っていない。彼の言う自由は「原因から切り離されて、何でも選べること」ではなくて、「自分を動かしている原因を、理解していること」に近い。そういう解釈で私は読んでいる。

原因を知らない石は、飛ばされているだけだ。原因を知った石は——飛ばされていることは変わらないにしても——少なくとも、次にどこへ投げられやすいかは考えられる。充電器を動かすのは、その範囲の話だ。

意志の存在を信じて自分を殴り続けるより、原因を一個ずつ見つけて環境をいじる方が、結果として「選べている」状態に近づく。逆説的だけど、自由意志を疑ってからの方が、行動は変わった。

責める時間が、観察する時間になった

夜中にスマホを置けなかった翌朝、最近は少し違うことを考える。

「昨日の私は、何に投げられていたんだろう」。

寝る前に嫌なメールを見たからか。日中に休憩を取らなかったからか。原因はだいたい見つかる。見つかれば、いじれる。いじっても失敗する日はあるけど、少なくとも自分を殴る工程は減った。

「意志が弱い」と責めている時間は、何も生まなかった。原因を観察している時間は、たまに何かを変える。

これを自由と呼んでいいのかは、正直まだわからない。ただ、投げた手を探すようになってから、前より楽に飛んでいる気はする。

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