漢字の宇宙。「影」14-10 影を慕いて
残っているもの
人が去ったあとにも、
何かが残ることがある。
声ではない。
姿でもない。
けれども、
確かにそこに感じられるもの。
ふとした瞬間に思い出され、
気づけば心に触れている。
私たちは、
そうしたものを、
「面影」と呼ぶ。
影を慕う
かつて、
「影を慕いて」
という歌があった。
昭和の名曲として
長らく歌い継がれてきた。
影を慕う。
それは、
人そのものを追い求めるというより、
残された気配を慕うという響きを持っている。
そこには、
もう届かないものへの想いがある。
不在でありながら、
なお心に残り続けるもの。
影とは、
そのようにして、
存在のあとに残る余韻でもある。
見えなくなったあとで
人は、
目の前にあるときよりも、
失われたあとに、
その存在を深く感じることがある。
いつもそこにあった声。
何気なく交わしていた時間。
それらは、
過ぎ去ったあとになって、
静かに立ち上がってくる。
影は、
見えなくなったものを、
別の仕方で現れさせる。
影は消えない
光が変われば、
影の形も変わる。
けれども、
完全には消えないものがある。
記憶の奥に残るもの。
身体が覚えているもの。
もう会うことはなくても、
その人の影は、
どこかで生き続けている。
私たちは、
それを抱えながら生きている。
慕うということ
慕うとは、
手に入れようとすることとは少し違う。
むしろ、
届かないことを知りながら、
なお心が向かってしまうこと。
そこには、
強い所有の意志はない。
ただ、
静かにひかれていく。
影を慕うという言葉には、
そうした感情の動きが含まれている。
近づきすぎない距離
影には、
不思議な距離がある。
触れられそうで、
触れられない。
近くに感じられながら、
完全には重ならない。
だからこそ、
私たちはそこに、
想像や記憶を重ねていく。
もしすべてが、
明るく完全に見えてしまったなら、
このような想いは生まれないのかもしれない。
面影ということば
「面影」という言葉にも、
影が含まれている。
顔そのものではない。
そこに残っている雰囲気。
その人らしさの余韻。
面影とは、
存在の残響なのだろう。
姿が消えたあとにも、
なお響き続けるもの。
影は、
その響きのかたちでもある。
心に落ちる影
影は、
地面に落ちるだけではない。
ときには、
心の中にも落ちる。
ある風景。
ある季節。
ある匂い。
その瞬間、
忘れていたはずの人が、
ふいに立ち上がってくる。
私たちは、
影によって記憶しているのかもしれない。
見えないものと生きる
人は、
見えるものだけで生きているのではない。
むしろ、
見えなくなったものとともに、
長く生きている。
過去の時間。
去っていった人。
戻らない風景。
それらは、
完全には失われない。
影のように、
静かに寄り添い続ける。
影が残すもの
影は、
何かを覆い隠すものではない。
むしろ、
失われたものを、
別のかたちで残している。
そこには、
はっきりとした輪郭はない。
しかし、
だからこそ、
長く心にとどまる。
影を慕うとは、
その消えきらない気配とともに
生きることなのかもしれない。
