子どもを産んで100%の笑顔を知った
母は笑顔のとても素敵な人でした。
小さい頃の思い出は、笑顔の母でいっぱいです。
朝起きると、これ以上ないくらいの満面の笑みで「おはよう」と迎えてくれました。一瞬で雪が溶けて春が来たような素敵なほほえみでした。
いってらっしゃいも、おかえりも、おやすみも、いつだって最高の笑顔をくれた母。
誰からも愛される自慢の母でした。
私は、親から愛されているという自信に満ちて育っていきました。
一度も叱られたことが無かったのかと言うと、そうではありません。物置に閉じ込められたことも、蹴られたこともあります。
滅多に怒ることの無い母でしたが、時々ものすごい雷が落ちました。
でも母は、強く叱った後は必ず謝ってくれました。自分が悪いので、どうして謝るのだろうと不思議でした。
子供をぶってしまったことが、よほど悲しかったのでしょう。泣いている母の姿は、今でもはっきりと覚えています。
どれだけきつく叱られても、夜には笑顔のおやすみなさいが待っています。
母のくれるほほえみは、いつも私を包んでくれました。
親ってすごいな。こんなにも子供のことが好きなんだなと、不思議に思ったものでした。
いつしか時が流れ、社会人に。
後ろ指をさされるような人生になった私は、母をとてもがっかりさせました。母にきついことを言い、悲しませてしまうことがたくさんありました。
「あんたなんか産まなければよかった」
ある時、母が言いました。
見捨てられたショックで、長い間その言葉が頭から離れませんでした。
でも今なら分かります。
本当につらかったのは母。そんなことを言わせてしまった私が悪かったのです。
母は、今でも笑顔の似合う可愛い人です。
ですが、大人になってから見る母の笑顔は、いつしかごく普通のありふれたものになっていました。
幼かった頃に見た最高の笑顔を思い出したのは、娘を産んだ時です。孫を見る母の顔が、昔、私を見ていた顏と同じでした。
時が戻ったかのような懐かしさで、胸がいっぱいになりました。
この笑顔が大好きだった。
私から娘へと移ってしまった笑顔。
悲しくはあったけれど、孫を愛する母を見ていると、幼かった頃、私がどれだけ愛されていたかを思い出すことが出来ました。
大人になってから出来た垣根は、少しずつ消えていきました。
初めての育児に必死だった私は、笑顔の全くない生活を送っていましたが、子供が成長し愛らしい仕草や表情を見るうちに、いつしか人生で一度もしたことのない笑顔で、娘を見ていることに気がつきます。
100%の笑顔で、「おはよう」
100%の笑顔で、「おやすみ」
あの時の母の気持ちがやっと分かりました。
登校する娘に「いってらっしゃい」
帰宅したら、「おかえり」
自然と笑顔になっている自分がいました。
小さい頃、母の笑顔が不思議でした。
どうしてそんなに私を見るのが嬉しいの?と。
子どもを産んで初めて母の気持ちが分かりました。顔を見ただけで愛しい気持ちがこみ上げることもあることを。
娘が産まれて変わったのは、夫も同じでした。
今まで見せたことの無い笑顔で、娘に接するようになりました。
好きがあふれています。
夫が大好きな私は、娘に嫉妬。
同じ笑顔をもらえない悲しさで、落ち込みました。
けれど気がつきました。
私も夫に100%の笑顔をしていないことに。
夫から100%の笑顔をもらうため、早速、娘に向けるのと同じ笑顔で「おはよう」を言うことを始めました。
照れくさいので徐々にレベルを上げながら。
すると、みるみるうちに夫の笑顔レベルも上がっていきました。
今では、100%の笑顔で私を見てくれます。
いつの間にか無くしてしまった母からの100%の笑顔。
今は、夫が毎日届けてくれます。
笑顔から伝わる愛。
私がこの世で一番好きなもの。

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モノカキングダム2025に、参加させて頂きました。
