あなたのCは、私のCか?|曲作りにある、自分だけの聞こえ方
あなたのCは、私のCと同じなのだろうか。
いきなり少し変なことを書いていますが、曲を作っていると、時々そんなことを考えます。
ここで言うCは、鍵盤で鳴らす、あのCの音です。
「ド」
単音のCでもいいし、Cのコードでもいい。
もちろん、Cの前に鳴っていた音によっても、Cの印象は大きく変わります。
これは音楽理論を少しでも学んだ方ならご存知だと思いますが、今回の話とは少しずれるので、いったん置いておきます。
ここで考えたいのは、同じ音が鳴っていたとしても、その音が自分の中でどう響いているのか、ということです。
あと、絶対音感とか相対音感とかの話とも、少しだけ違います。
同じ鍵盤を押している。
同じスピーカーから、同じ音が鳴っている。
でも、その音が心の中でどう響いているかまでは、たぶん共有できません。
自分には少し明るく聴こえる。
別の人には、白っぽく感じるかもしれない。
少し冷たい音に聴こえる人もいるかもしれない。
同じ音を聴いている。
でも、同じ場所に立っているとは限らない。
曲を作っていると、この不思議さに何度も出会います。
このコードは、なんとなく夜っぽい。
この音色は、少し湿っている。
このメロディは、近くではなく遠くにある感じがする。
このリズムは歩いているというより、少し浮いている。
そういう感覚は、楽譜にはそのまま書けません。
EQの数字にも、そのままは出ません。
コードネームだけを見ても、たぶん分かりません。
でも、曲を作る時には、そういう曖昧な感覚がかなり働いています。
「この音、なんか違う」
「このコードは合っているはずなのに、気持ちが乗らない」
「この音色にしたら、急に景色が見えた」
そういう瞬間があります。
自分には、そう聴こえている
音楽の感じ方は、人によって違います。
たとえばLo-Fiの音。
ある人には、懐かしく聴こえる。
昔のラジカセ。
夕方の部屋。
少し遠くで鳴っている音楽。
でも別の人には、ただ音が悪いだけに聴こえるかもしれません。
高域が丸い。
ノイズがある。
音が曇っている。
輪郭がはっきりしない。
同じ音なのに、
温かい。
古臭い。
懐かしい。
こもっている。
味がある。
音質が悪い。
そのあたりの言葉は、けっこう簡単に入れ替わります。
暗い曲を寂しいと感じる人もいれば、落ち着くと感じる人もいる。
明るい曲を元気だと感じる人もいれば、少し無理をしているように感じる人もいる。
和音に色を感じる人もいるかもしれません。
Cは白っぽい。
Amは赤紫っぽい。
Fは少し黄色い。
Gは青っぽい。
もちろん、これを正解にしたいわけではありません。
Amは赤紫です、と言いたいわけでもありません。
その人には、そう聴こえている。
こういう、自分にしか分からない感じ方を「クオリア」と呼ぶらしいです。
ただ、この記事ではその言葉を深掘りしたいわけではありません。
大事にしたいのは、専門用語ではなく、
「自分には、そう聴こえている」
という感覚の方です。
曲作りの最初にあるのは、いつもきれいに説明できるものばかりではありません。
なんとなく暗い。
なんとなく埃っぽい。
なんとなく夏の終わりっぽい。
なんとなく夜のコンビニの光っぽい。
そういう、少し頼りない感覚から始まることがあります。
でも、その頼りなさを最初から消さなくていい。
正解を探しすぎる前に
DTMを始めたばかりの頃は、正解を探したくなります。
正しいコード進行。
正しい音色。
正しいミックス。
正しい展開。
正しいプラグイン。
正しい作り方。
もちろん、学ぶことは大事です。
知識が増えれば、選べる道も増えます。
音量バランスを覚えれば、聴きやすくなります。
コードの仕組みを知れば、迷った時に戻れる場所ができます。
でも、正解を探しすぎると、自分の中に最初からあった感覚まで、小さくしてしまうことがあります。
この音が好き。
このコードがなんか刺さる。
このリズムが気持ちいい。
このピアノは、少し遠くにある感じがする。
そういう感覚を、
「でも理論的にはどうなんだろう」
「上手い人はこうしないかもしれない」
「変に思われるかもしれない」
と、早い段階で引っ込めてしまう。
これは、少しもったいない気がします。
初心者だから、感性を出してはいけないわけではありません。
むしろ、初心者の頃にしか出ない感覚もあると思います。
まだ言葉にできない。
まだ整理されていない。
でも、だからこそ変に整いすぎていない。
そういう音の選び方や、コードの感じ方や、メロディの癖が、その人の曲の入口になることがあります。
知識や技術が増えると、曲は整えやすくなります。
でも、最初に感じた「自分にはこう聴こえる」まで消す必要はありません。
整えることと、消すことは違います。
誰かに渡すために、少し整える
これは料理でも、少し似ている気がします。
同じ料理でも、盛り付け方で印象が変わることがあります。
同じ味のはずなのに、器が変わる。
余白がある。
色の置き方がきれい。
湯気がちゃんと見える。
食べる順番が自然に分かる。
それだけで、味まで少し変わったように感じることがあります。
もちろん、料理そのものの味は大事です。
そこが何でもいい、という話ではありません。
でも、人に出す時には、味だけではなく、どう届くかも少し関係している。
自分では「これが美味しい」と感じている。
でも、それを誰かに出すなら、少しだけ盛り付ける。
食べやすい大きさにする。
冷めすぎないようにする。
器を選ぶ。
余白を作る。
それは、自分の味を消す作業ではありません。
自分が美味しいと思ったものを、相手にも受け取りやすくするための作業だと思います。
曲作りも、少し似ています。
自分には、この音が良い。
このコードが好き。
この音色の曇り方が気持ちいい。
このメロディの、少し頼りない感じが大事。
その感覚は、まず大事にしていい。
でも、それを誰かに聴いてもらいたいなら、少しだけ整える。
音量を整える。
主役の音を見えやすくする。
低音が濁りすぎていないか確認する。
痛い高域を少し抑える。
スマホやイヤホンでも、大きく崩れないか聴いてみる。
それは、個性を消すことではありません。
自分が良いと思った音を、誰かに渡しやすくするための盛り付けです。
作曲で言えば、ミックスやマスタリングの工程には、少しその役割があるのかもしれません。
この話は、また別の記事であらためて書いてみたいと思っています。
自分にはこう聴こえる、から始めていい
全員に同じように刺さる曲を作るのは、たぶん難しいです。
というより、そもそも全員が同じように音楽を聴いているわけではありません。
あなたのCは、私のCと同じではないかもしれない。
でも、それは悪いことではないと思います。
同じ音を聴いて、違う景色が立ち上がる。
同じ和音から、違う色を感じる。
同じメロディに、違う温度を持つ。
だから音楽は、ややこしくて、面白いのかもしれません。
自分が作っている曲も、誰かには違うふうに聴こえるかもしれない。
それでも、自分にはこう聴こえた、という場所から始めていい。
そして、その音を誰かに渡したいと思ったら、少しだけ整える。
個性を消すためではなく、
自分の感じたものを、少しだけ渡しやすい形にするために。
今日DAWを開いたら、新しい音源を探す前に、今ある音を少しだけ聴いてみる。
このコードは、自分にはどう聴こえているのか。
この音色は、どんな温度を持っているのか。
このメロディは、どこに立っているのか。
うまく説明できなくてもいいと思います。
まずは、自分にはそう聴こえている。
そこから始めても、曲作りはちゃんと進んでいきます。
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