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文フリ出ます:『「働きたくなさ」の哲学史』冒頭17956字試し読み|文学フリマ東京41

 生活保護受給者が働いた場合、毎月15,200円までの労働収入は基礎控除として生活保護費にそのままプラスできるが、それ以上の収入はプラスにはなるものの時給100円くらいの計算になる、という仕組みがあります。
 そうやってタイミーしたお金で出店料と印刷代をなんとかできたので文学フリマで労働思想史の本を出します
(タイミーは着替え時間も含め分単位で時給が出て感動したんですが、時は2025年、人による管理よりも機械による管理のほうが人を幸福にする社会にわれわれは生きています)


「働きたくなさ」の哲学史:労働=悪だった長い歴史と、それから、これから

800円/A5二段組74ページ

文学フリマ東京41公式サイト
2025/11/23 (日) 12:00~17:00@東京ビッグサイト
K-09 南1・2ホール
最低限度、健康な哲学と文化的な社会学(Webカタログサークルページ
入場料:前売1000円、当日スマチケ1350円、当日窓口1500円


 日本人は勤勉な国民性だ――とはよく言われますが、明治初期の岩倉使節団は大英帝国のよく働く人々を、まるでバブル期の日本人サラリーマンにドン引きする外国人のような目で見ています。

イギリスが世界に冠たる富んだ国であるのは、国民の起業精神が他の国より優れているためである。イギリス人は少しも怠けることが許されない。しかしスペイン人は一日中寝て過ごしているという。イギリス人の足は地面で止まることがないが、スペインでは昼寝を少なくすれば勤勉の人と称するに足る。イギリスの市ではゆっくり歩いているだけで怠けているように思われるほどで、そのため市民の精力が続かず、貧民の数は他国よりもずっと多いようである。

「特命全権大使米欧回覧実記 第2篇 英吉利国ノ部」てきとう現代語訳

 実際のところ、江戸時代は平和が長かったおかげで勤勉に仕事に取り組む文化があったという説は歴史学的に十分有力ですが、その「勤勉」は今われわれが思うような勤勉とイコールではありませんでした。
 西洋においても事情は大きく異なりません。われわれが今自明のものと考えている労働への態度(それは素晴らしく、誰もが取り組むべき義務である)は、近代に突如として現れ、あらゆる反抗をなぎ倒して確固たる地位を築いた比較的新たな発明です。
 この本は、人類が労働についてどのように考えてきたのかという歴史をたどることで、いま労働との関係に悩んでいる人に新たな視点を提供したり、未来の労働をより広い視野から考えるきっかけとなることを意図して書かれています。

 以下、試し読みとして序と第一章の最後までの17956字(+全体の参考文献)を公開します。全体が70000字ちょいなので四分の一くらいです。
 通販・委託・電子書籍化等に関しては現状やる気が全くないので、試し読みで気になった方はぜひ11/23 (日) 東京ビッグサイトまでお越しください。
 当日の在庫状況等はTwitter(現X)でお知らせします。


目次

第一章 古代(~四世紀)
第二章 中世(五~十五世紀)
第三章 近代Ⅰ(十六~十七世紀)
第四章 近代Ⅱ(十八世紀~第二次大戦)
第五章 現代(第二次大戦後~)
第六章 未来
参考文献


「労働は恥ではなく、働かないことこそが恥なのだ」――。裁判官に賄賂を送って父親の遺産を独り占めしようとしたニートの弟に対して、兄はそのように説教しました。兄の名はヘーシオドス。紀元前八世紀・古代ギリシャの詩人です(ヘーシオドス n.d.=1986)。
「労働は恥ではない」という主張は、現代の誰もが当然正しいと認めるでしょう。しかしこの言葉は、古代ギリシャ人と現代人の同質性よりも異質性を示しています。というのも現代では単に「働け」と説教することはあっても、労働が恥ずかしくないなんて当たり前のことをわざわざ説教せねばならない状況はありそうもないからです。われわれにとっては文字通り言うまでもないことをあえて言わねばならなかったということは、古代ギリシャには現代と異なり労働を恥だと考える文化があったことを示唆しています。
 われわれは、明らかに「労働が恥ではない」世界に生きています。誰も、それ以外の世界に生まれることを許されてはいません。しかしわずか二~三百年ほど前までの世界史上の大半において、労働とは恥であり、悪であり、堕落であり、嫌悪の対象でした。
 アリストテレスは労働者の生活が「卑しいもので、善と相容れない」ために選挙権を与えるべきではないと主張しましたし(アリストテレス n.d.=1961)、ずっと後の時代、功利主義の創始者として知られる近代イギリスの哲学者・ジェレミー・ベンサムは、人間は何かを得るための手段として労働したいと欲望することはあっても、「労働の先の目的を考えないならば、しばしば褒め言葉として使われる労働の欲望すなわち勤勉なるものは存在しない」と主張しました(Bentham 1817)。ベンサムはそれに続けて「労働がそれ自体で生み出せる唯一の感情は欲望ではなく嫌悪」であり「労働を本来の意味で捉えるならば、労働への愛というものは矛盾である」とまで断言しています。
 アリストテレスやベンサムの主張が正しいかどうかは問題ではありません。問題は、これほどまでに人類は根深く労働を嫌悪してきたという事実を、現代人がきれいさっぱり忘れてしまっていることです。
「労働は素晴らしく、万人が生涯の大半を捧げるべき義務である」という、現代社会では誰も疑わない/疑うことを許されていない命題の普遍性は、その起源を覆い隠し、それが空気や重力のようにわれわれの生存のための透明な前提条件であるかのごとく見せかけることで成立しています。
 逆説的に聞こえますが、労働倫理よりも先に、反-労働の倫理が存在したのです。われわれがそれを反-がつく邪道な倫理として見るのは単に現代が古代ギリシャとは逆の時代であるからで、古代ギリシャ人から見ればわれわれは「反-人間の倫理」の時代を生きているように見えるはずです。
 
「労働は素晴らしく、万人が生涯の大半を捧げるべき義務である」、この考えを私は「近代的労働倫理」と呼ぼうと思います。本書はそれが存在しない状態からいかにして成立し、われわれにどのような影響を及ぼしているかを描いた本です。
近代的労働倫理に含まれるルールを分解して明示すれば次のようになります。
 
(1)労働は単に生存のためのお金を得る以上の価値をもった行いである
(2)人は労働しなければ幸福になることはできない
(3)人は現状に満足せず、可能な限り労働に励み続けるべきである
 
 現代社会がこの倫理の下にあるということは、この倫理に違反する次のような人々に対してあなたや世間がどのように感じるかを考えてみればわかるでしょう。
 
(Ⅰ)労働なんて無くなったほうがいいと思っているが、生きるために仕方なく働いている
(Ⅱ)労働せずに幸福な日々を送っている
(Ⅲ)現状に満足し、それなりに貯金できたら労働せずに暮らそうと思っている
 
 こういう人は「ちゃんとしていない」とか「まともじゃない」とか、ことによると「ムカつく」のような反応が普通だろうと思います。そのような反感や処罰感情こそ、近代的労働倫理の存在を裏打ちしています。
 
 こう言うと「もし仮に『労働は素晴らしく、万人が生涯の大半を捧げるべき義務である』という考えが比較的最近の発明だとしても、そうやって働くのが正しいのだし現にそういう社会に生きているのだから、とうに終わった昔の話を知る意味なんて無いだろう」と反論されそうですが、いま近代以前の労働・労働観について知ることには十分に現代的な意義があります。「AIは労働をどう変えるのか?」「少子化による労働力減少にどう対処すべきか?」といったきわめて現代的な問題は、近代的労働倫理の内側で考えている限り決して解くことができません。
 なぜなら現代における労働に関する問題の多くは、これまで数百年のあいだ絶対的な真理とされてきた近代的労働倫理の揺らぎがさまざまに姿を変えて現れたものであるからです。揺らぎを示す例としては、ブラック企業やブルシット・ジョブなど「無くなったほうがいい労働」に対する議論や、最近のFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立、早期退職)ムーブメントなどを挙げられます。先に挙げた(Ⅰ)~(Ⅲ)のような人々に対する社会の視線は、今よりも昔のほうがずっと厳しかったはずです。
近代的労働倫理の枠内で考えている限り、無理だとわかっていてもその場しのぎの対処をして現状維持を頑張る、以外の答えにたどり着くことはできません。じっさい労働に関する政策や提言の多くも、無謀な現状維持をいかに成し遂げるかを論じているにすぎません。もうすぐ出生率が上がって労働者不足は解消するだろう、SDGsに取り組めばこれ以上地球環境を破壊せずに済むだろう、どうにかすればまたみんな将来に希望を持って働くようになるだろう……。
 さらに言えば、現代においては労働の外であっても近代的労働倫理からまったく自由ではありません。そもそもわれわれがすべての時間を、人格を、人生を、「労働」と「労働以外」に二分して考えてしまうこと自体が近代的労働倫理の産物です。そして今やその分割法は、労働それ自体の存立を危機に陥れつつあります。
 たとえば出産は労働の外にある人生のイベントとして分類され、時間を取られたり転勤が難しくなったりすることを純粋に評価すれば労働に対してマイナスです。しかし多くの人がそのように出産よりも労働を優先した結果、いまや労働者不足という形で労働の土台自体が掘り崩されつつあります。
 
 本書はそれらの問題への直接的な解決策を提示してはいませんが、労働をより広い視野でとらえることで、現代の労働にまつわる問題をこれまでとは違った角度から理解し、「無謀な現状維持」以外の選択肢を生み出すためのきっかけとなることを目指して書かれています。
 
 近代的労働倫理の成立と起源の隠蔽によって、われわれは「労働は歴史のはじめから素晴らしかった」という認識を持っています。それ自体は正解でも不正解でもありません。昔の人たちは労働を憎み蔑んでいたけれども、実はその労働は素晴らしいものだった、という主張を受け入れるかどうかは歴史学の問題ではなく単に認識の問題です。
 しかし気をつけねばならないのは、近代的労働とそれ以前の労働を同じ「労働」という呼び名で表すことで、われわれの認識の布置そのものが変わってしまった歴史性を見逃しかねないということです。労働の最小限の定義を「生存のための骨折り」とすれば、たしかに人類は歴史上つねに労働してきたとは言えます。しかし労働に対しての認識は時代によってまったく異なるのみならず、第四章で詳しく述べるようにそもそも「労働」という一般化された抽象的概念自体が比較的最近の発明なのです。古代や中世の農民・兵士・聖職者は、それぞれ自分たちと他の身分の人間が等しく「労働」なるものを行っているなどとは思いもよらなかったでしょう。
 それでもあえて本書では「労働」の歴史を描こうと思います。この一語に全てを代表させるのは破綻が約束された試みですが、その破綻こそ、われわれの知る「労働」が歴史のある時期にしか存在しない特殊なものであることを明らかにするはずだからです。本書には「こんなに昔の人も自分と同じように労働に悩んでいたのか」と思える箇所もあれば、「この『労働』は自分が知るそれとはまったく異なる」と思える箇所もあるでしょう。その揺らぎを通して、これまで自明のものとして考えていた「労働」をより広く、深く歴史に根ざした意味において理解できるようになるはずです。
 
 遅くなりましたが自己紹介をさせてください。私、相川計は働きたくなさのあまり現在生活保護を受給している無職です。そんな私の毎日は、複数のスーパーや八百屋を巡るついでにポッドキャストを聞きながら十キロほど散歩したり、ややこしい本と格闘して意識が遠のいてきたら昼寝をして起きて新鮮な気持ちでまた読み始めたり、最安のタンパク源である鶏胸肉の美味しい食べ方を探求したり(小麦粉を全体に塗り皮目を下にフライパンに置いて重しをして焼くとパリッとしたステーキが出来上がります)、そのように送る最低限度の健康で文化的な生活に満足しています。
 私が労働の倫理について考え始めたのは、その満足が理由です。近代的労働倫理の教説によれば、労働は幸福の必要条件と見なされています。わずかなお金しか持たず、人との関わりも少なく、何かを成し遂げる喜びも得られない無職が幸せであることはありえない、私もそう考えていました。
 しかし実際に生活保護を受けてみると案外悪くない。原因の一つとして自分が社会不適合者であるということは大いに関係しているだろうが、それだけでは説明がつかない。どうやら私がの認識、世間一般の認識は必ずしも正しくないようだが、では正しい認識とは何か、なぜ誤った認識がこれほどまでに疑う余地のない真理として通用しているのか。それが問いのはじまりでした。
 そして調べてみると労働と幸福が結びついたのは比較的最近の出来事であることがわかったわけですが、私はこの本で「大衆の考えは誤りであり、労働は不幸の源なのだ」とか「労働せねばならないというのは愚かな考えだ」とかいった勝ち目のない自己正当化をしたいわけではありません。
 そうではなく、いま労働しているひとが抱える悩みについて解決や解消はできないにせよ、悩みの弱毒化をできればいいと考えています。労働は社会的営みの最たるものであり、労働に関する悩みは必ず社会と個人の対立の性質を含みます。そして社会と個人の対立はほとんど個人の敗北が宿命付けられています。しかしその圧倒的な社会は決して完全でも絶対でもなく、無数の歴史の偶然や意図せざる結果の集積であり、今あるそれとは他のあり方でもあり得た、という認識は、悩める個人の社会に対する向き合い方・戦い方を少なからず変える力をもつと私は信じています。
 無職が労働を語ろうとは不遜そのものの所業ですが、私は労働が無いとはどういう状態かをよく知っており、労働経験が皆無というわけでもなく、労働を日々の流れの一部の埋め込まれたものとしてではなく新鮮な異物として見る目を持っています。時として外国人こそがその国の特質を言い当てることがあるように、見知らぬ星から来た人間からは現代の労働がこう見える、という実のある異文化交流になることを期待しています。
 
 各章の内容について紹介します。
 四世紀までの古代を扱う第一章では、主に古代ギリシャ・ローマの哲学者の議論およびキリスト教聖書から、労働の地位が現代に比べて著しく低く、労働はむしろ幸福を遠ざける行いとみなされていたことを確認します。
 続く五世紀~十五世紀の中世を扱う第二章では、修道院における労働と、近代以降とは異質な中世のブルジョアの姿から、古代の完全な労働嫌悪から近代の労働賛美への移行がどのように準備されたかを明らかにします。
 近代についての章は二章に分割されており、前期を扱う第三章は、十六~十七世紀のルネッサンス期から産業革命以前までの時代において、宗教改革や主に都市部における貧困対策制度がどのように労働を近代化し、いまだ宗教による補助を必要とするものの近代的労働倫理が成立しつつあったことを確認します。
 近代の後期を扱う第四章では、産業革命以後の十八世紀~第二次大戦の時期に急速に拡大した工場労働や、それら新たな労働形態の理論分析としてのスミスやマルクスらが生み出した経済学的概念や思想が、どのように近代的労働倫理の思想を形成したかを論じます。
 第二次大戦以後の現代を扱う第五章では、福祉国家の成立と衰退、近代的労働倫理の制度面における完成と呼ぶべき新自由主義の台頭、個人化した社会における自己責任としてのリスクの引受、それの結果として消費のために果てなき労働が美徳とされる社会が完成したことを確認します。
 第六章ではそれまでの議論を踏まえAIによる労働の根本的改善は不可能であることを指摘し、生活保護受給者の視点を通して、労働の未来について労働の外側から考えます。
 
 人類の歴史の中で、労働の役割や労働に寄せられる期待は大きく変化を遂げてきました。本書がその歴史をたどるのは、いつか存在した素晴らしき労働を取り戻したいからではありません。そうではなく、労働が経てきた歴史のダイナミズムこそが、現在の労働からどれほどかけ離れた未来の労働が可能であるかを教えてくれるように思うからです。
 
未来の可能性について、歴史に教わりましょう。


第一章      古代(~四世紀)

古代ギリシャ人曰く、昔は良かった

 AIが人の仕事をどのように変えるかを知りたければ、イエス・キリストと同時代を生きた古代ギリシャ詩人に聞くのがいいでしょう。テサロニカのアンティパトロス(前一〇-後三八年)曰く、

粉挽きの乙女たちよ、粉を挽くのはもうやめよ。雄鶏が夜明けを告げようと、耳を貸さずにぐっすり眠れ。豊穣の女神デメテルは、水の精たるニンフらに、あなたの仕事を押し付けたのだ。ニンフが車輪に飛び降り車軸を回し、くるくると回る歯車が、ニシロス島のずしりと重たい臼をも回す。わたしたちはふたたびやっと、働かずとも女神がくださる実りを味わって、いにしえの暮らしを楽しめるのだ。(Antipater of Thessalonica 'On a Water-mill', Paton 1916)

 面倒で苦しい労働を機械が代わりにやってくれるようになり、人間は遊んで暮らせるようになるだろう、という未来像は二千年前から人類共通の夢でした。この詩からは古代ギリシャ人が現代人と同じ夢を見ていたことがわかる一方で、はっきりとした考え方の違いも読み取れます。それは古代ギリシャ人が「水車による失業への恐怖」を感じていないということです。単にたまたまこの詩がそれを歌わなかったわけではなく、これから先で詳しく見ていくように、ほんの二~三百年ほど前まで、近代以前の人類にとってそんな恐怖は思いつきさえしないものでした。
 この詩が、水車のおかげで「ふたたびやっと」「いにしえの暮らしを楽しめる」と言っていることに注目しましょう。人類が「AIが無い時代は良かった」と嘆く前、「インターネットが」「テレビが」よりもずっと前、古代ギリシャ人もまた「鉄が無い時代は良かった」と嘆いていました。十五世紀ごろ、ルネサンスの時代のヨーロッパ人は文化華やかなりし古代ギリシャを「黄金時代」と呼びましたが、実際の古代ギリシャの人々の時代認識はまったく違いました。ギリシャの「黄金の時代」は遥か昔に滅び去り、その後「白銀の時代」「青銅の時代」「英雄の時代」を経て、自分たちがいま生きている時代を最低最悪の「鉄の時代」として理解していたのです。「昔はよかった」と思うのは、現代人もルネサンス人も古代ギリシャ人も同じのようです。
 序でも登場したヘーシオドスによれば、クロノスが支配していた黄金の時代では「豊沃な耕地はひとりでに、溢れるほどの豊かな稔りをもたらし、人は幸せに満ち足りて心静かに、気の向くにまかせて田畑の世話をして」いました(ヘーシオドス n.d.=1986)。アンティパトロスが夢見ていたのはこの時代の暮らしです。
 しかしクロノスの子ゼウスが新たな支配者となってから、それぞれの時代の人間は愚かだったり傲慢だったり戦争を起こしたり、つまり人間らしさを存分に発揮してその度に滅ぼされ、時代が下るにつれて人間の暮らしは悪化してみじめなものになっていきました。鉄の時代とは「昼も夜も労役と苦悩に苛まれ」、「父は子と、子は父と心が通わず、客は主人と、友は友と折りあわず」、「親が年をとれば、たちまちこれを冷遇し、悪罵を放って謗るように」なり、「正義は力にありとする輩で、互いにその国を侵」し、「悪事を働く者、暴力をふるう者を重んずるようになる」、そんな最悪の時代でした。ヘーシオドスは嘆きます。「かくなればわしはもう、第五の〔鉄の時代の〕種族とともに生きたくはない」。
 現代人としては「人間なんていつもそんなもんだよ」なんて皮肉を言いたくなるかもしれませんが、しかし古代ギリシャ人がそうした悲惨さを「鉄」に象徴させたのは十分な理由があったと思います。鉄の武器が導入された戦争はそれ以前よりもずっと悲惨さを増したでしょうし、重たい鉄の鍬は木や石の鍬よりずっと広く深く耕せるようになった分、より激しく身体を疲れさせたでしょう。「インターネットのおかげでいつでもどこでも働けるようになったのは便利だが、いつでもどこでも働かされるようになってしまったのは困る」というような、技術に対する人間の愛憎半ばする関係はこの時代にすでに始まっています。
 古代ギリシャ人が労働をいかに苦しいものと考えていたかは、プロメテウスの神話からも理解できます。凍える人間たちのためにプロメテウスが神々のもとから知恵の象徴である火を盗み出したことに怒ったゼウスは、人間界にパンドラの箱を送り込みました。開け放たれたパンドラの箱からはあらゆる災厄や病気、そして労働が撒き散らされ、それから人間は苦しみながら働かなければ生きていけなくなりました。つまり古代ギリシャ人にとって労働とは、かつて人類が犯した罪に対する神からの罰でした。それは彼らの「こんなに苦しいことをしなければならないのは、何か大きな罪への罰に違いない」という切実な心情のあらわれであったように思われます。

プラトン

 こうした労働観は古代ギリシャの哲学者たちにも共通しており、プラトンもアリストテレスも労働は自分たち自由人に相応しくない行いだと断じ、彼らの理想の社会では労働を任せるための奴隷が必要だと論じています。
 プラトンにとって「市民たちの魂をば、もし誰かが奴隷状態を少しでも適用するならば、これを憤慨して赦さなくなるほどに、繊細にする」民主政――つまりだいたい今の民主主義国家です――はまったく望ましいものではありませんでした(プラトン n.d.=1982)。
 プラトンは、徳や能力を持つ少数の者と多数の無能な大衆が平等な権利を持つ民主制を「悪平等」と見なします。なぜならそうした体制下では、徳を持つ者が支配する国家では尊敬されずに政治に参加できないような「演説し、かつ行動し、〔…〕違ったことを言う者をゆるさない」ような指導者が、理性よりも欲望に支配されやすい民衆に対して「敵」とされる財産所有者から奪い取った富を分け与え、多数の民衆からの支持をとりつけて僭主(独裁者)となり、最終的にすべての人を奴隷状態にしてしまうからです。現代のわれわれから見ても十分に心当たりがあるもっともな危惧です。
 そのためプラトンにとって奴隷と主人の身分に明確な線を引くことは、社会の秩序を保つために必須の条件でした。
 
 プラトンのこうした考えにはギリシャ神話以外にもプラトンの師・ソクラテスの影響がありそうです。プラトンが理想の国家について考えたのは、アテナイという民主政国家によってソクラテスが無実の罪を着せられて処刑されたためだと考えられています。そしてソクラテスも労働に重きを置いてはいませんでした。
 ソクラテスは裁判において、自らが邪な思いから人々を惑わせたのではない証明として自分の貧乏を挙げましたし(「何となれば私は私の主張の真実について、私の思うところでは申し分のない証人を挙げることが出来るからである。それはすなわち私の貧乏である」)、また最低限の仕事にしか就かなかったことを誇りにすら思っていました。 「けだし私は、身をそこ〔公職や党派活動〕に投じて、しかも身を全うするには、実際あまりに正しきに過ぎると信じたが故に、そこでは私が諸君にも私自身にも何らかの福利をももたらし得そうにもないところに身を投ずることをしなかったのである」(プラトン n.d.=1950)。

アリストテレス

 プラトンは奴隷の存在を当時のギリシャ社会のあり方から単に自明の前提と考えていましたが、アリストテレスはより踏み込んで奴隷が社会に存在しなければならない理由を論じています(アリストテレス n.d.=1961)。
 アリストテレスによれば、この世界において優れたものが劣ったものを支配するのは双方にとって自然の秩序に沿うだけでなく有益でもあります。理性が感情を支配せず放し飼いにしておくことは、理性・感情双方にとって不幸な結果を招くでしょうし、家畜と人間の関係も同じです。
 そして、人間には理性を使いこなせる優れた者と、自分自身では理性を使いこなせないが他人の理性を理解することはできる程度に劣った者がいる。前者は自由人である主人に、後者は奴隷になるべきである、とアリストテレスは主張します。そのような奴隷たちは「戦争に関する仕事と平和に関する仕事」を行う自由人たちの「生活必需品のために肉体をもって貢献」します。奴隷は家畜と違って他者の理性を理解する能力がありますが、結局自分自身の理性を役立てていないため、「有用さという点では〔家畜と奴隷のあいだに〕大した相違は存しない」とまで言い切ります。
 
 なぜ自由人は労働すべきではなく、奴隷が労働すべきなのでしょうか? そこにはアリストテレスの幸福論が大きく関わっています(アリストテレス n.d.=2019a)。わたしたちは日ごろ、何らかの目的のための手段として何かをして暮らしています。お金を稼ぐために労働する、モテるためにダイエットをする、病気を治すために薬を飲む……。ではお金を稼いだりモテたり病気を治したりするのはなぜか? お金を稼ぐのはあれを買いたいし老後の備えも欲しいから。ではそれを買いたかったり老後に備えたいのはなぜか?――と問いを重ねた先にあるのが「人間が到達しうる最高の善」としての幸福です。幸福は究極的な目的であって手段になることはありません。「幸福になるためにお金を稼ぐ」人はいても、「お金を稼ぐために幸福になる」人はいません。
 では究極の目的である幸福=「人間が到達しうる最高の善」とは一体何なのでしょうか? アリストテレスによればそれは、人間に特有の徳(アレテー)に基づく生、つまり知恵に基づいた理論的な学問活動(観想的生活)だ、ということになります(アリストテレス n.d.=2019b)。なぜなら観想的生活は人間の持ちうる徳のうち最も優れた知恵を発揮する活動であり、純粋な快楽を与えてくれ、人がさまざまな手段を用いて求める閑暇や平和な状態でさらに目的にするのにふさわしいからだ、という理屈です。つまりアリストテレスは哲学者の生活こそが最善にして最も幸福な生き方だ、と言っているわけで我田引水の感が否めませんが、自身の主張と生き方が一貫して筋が通っているとも言えるでしょう。
 
 以上がアリストテレスの幸福論ですが、観想的生活を送るためには必要不可欠なものがあり、それが閑暇です(アリストテレス n.d.=1961)。仕事で毎日クタクタになっている人には、何が正しく何が間違っているかを判断するだけの余裕も、学んで判断力を身につけるだけの余裕もない。したがって「最も立派な国政を持つ国〔…〕においては、国民は俗業民〔=職人・手工業者〕的な生活も商業的な生活も送ってはならない〔…〕また最善な国の国民になろうとする者は実際農耕者であってもならない」、つまり職人仕事・商業・農業などの労働は人間が幸福を求める上で邪魔になるので、そんなことは人間ではない存在=奴隷にやらせるべきだ、理性に劣る奴隷でも労働すれば肉体的な徳を発揮できるのだからそれが奴隷のためにもなる、というのがアリストテレスの理屈です。
 アリストテレスがとなえた身分分類、観想する哲学者=聖職者/戦う戦士=貴族/働く奴隷=労働者という分類は近代に至るまでヨーロッパ社会に残り続けることになります。フランス革命で声を上げた労働者が、貴族でも聖職者でもない「第三身分」を名乗ったのも、元を辿ればアリストテレスの分類に由来します。
 
 こうしたアリストテレスの奴隷肯定論は、現代の価値観からみれば全く受け入れられるものではなく、実際に多くの批判を受けています。
 しかし未来の基準からすればあまりに差別的な人間観を持っていたアリストテレスですが、将来的に奴隷は必要なくなるかもしれないという予想を描いてもいました。アリストテレスは言います。「もし道具がいずれも人に命じられてか、あるいは人の意を察してか自分のなすべき仕事を完成することが出来るなら、〔…〕梭が自ら布を織り琴の撥が自ら弾ずるなら、職人の親方は下働人を必要とせず、また主人は奴隷を必要としないであろう」。
 この言葉ほど、アリストテレスが生きていた時代から現代まで、どれほどの変化があったかを感じさせるものはありません。アリストテレスの時代では政治や軍事あるいは哲学のような理性を用いる活動のみが自由人の仕事であり、それ以外は軒並み奴隷の仕事でした。なので現代では「奴隷労働」のイメージにそぐわない音楽の演奏もここでは奴隷の仕事とされています。そしてなによりわたしたちは今、機械によって織られた布を身にまとい、世界の名演奏を一クリックで聴ける世界に生きています。
 だから現代はアリストテレスの言った通り奴隷が必要なくなったのだ――本当にそうでしょうか? アリストテレスの奴隷肯定論は、主人が生活のために肉体や精神を消耗させることなく知恵を十全に振るう目的の下でのみ成立する肯定論であったといえます。アリストテレスは後の世にありふれたような、主人が自分の金儲けのために奴隷を酷使する関係を肯定したわけではありませんでした。つまりアリストテレスの言う奴隷でない人間とは、単に強制的に働かされずに済む人のことではなく、知恵という徳を身につけ発揮するための閑暇を持ち正しく使える人のことです。そう考えると、アリストテレスの予想もアンティパトロスの詩と同様に現代まで永遠の夢のままにされていると言えるかもしれません。

セネカ

 ギリシャはその後ローマに征服されましたが、古代ローマの詩人ホラティウスが「征服されたギリシャは、野蛮なローマを征服した」と評したように思想面でギリシャから大きな影響を受けたローマには、よい人生には閑暇が必要不可欠である、というギリシャ哲学の考え方も引き継がれ発展しました。
 古代ローマの哲学者セネカが義父であり友人でもあった食糧長官パウリヌスに宛てて西暦四九年ごろに書いたとされる『人生の短さについて』では、多忙な仕事から離れ閑暇な生活を得ることを勧めています(セネカ n.d.=2017)。セネカは、無知な大衆だけでなくアリストテレスら知識人までもが「人生を生きるための備えも整わないうちに、人生から見捨てられてしまう」と嘆くことに対しこう反論します。「だが、われわれが手にしている時間は、決して短くはない。むしろ、われわれがたくさんの時間を浪費しているのだ」。セネカが時間を浪費する人々について語る箇所は、人間の生き方が二千年くらいではさほど変わらないことを教えてくれます。

ある者は飽くことなき貪欲にとりつかれ、ある者は無益な仕事に懸命に汗を流す。ある者は酒びたりとなり、ある者は怠惰にふける。ある者は政治への野心を抱くが、他人の意見にふりまわされ続けて、疲れ果てる。ある者は、商売でもうけたい一心で、あらゆる土地とあらゆる海を、大もうけの夢を見ながら渡り歩く。ある者たちは、戦をしたくてうずうずしている。そして、四六時中、他人を危ない目にあわせようと画策したり、自分が危ない目にあうのではないかと心配したりしている。また、感謝もされないのに偉い人たちにおもねり、自分からすすんで奴隷のように奉仕して、身をすり減らす者たちもいる。

 次々に見知った顔が思い浮かんでくるような文章ではないでしょうか。人がそのように生きてしまうのは、他者と共にありたいのではなく、自己と共にあることに耐えられないせいだ、とセネカは言います。「有力者たちが名前を覚えてもらえる理由を、問うてみるがいい。あなたは気づくことだろう。彼らが特別な存在であるのは、次のような事情によるのだ――あの人は、あの人のことばかり気にかける。この人は、あの人のことばかり気にかける。そして、だれひとり、自分のことは気にもかけない」。
 だからセネカの言う「閑暇」とは、単に仕事をしていない時間ではありません。「彼らは、自分の別荘や寝床の中でひとりきりになると、ようやくすべての人から自由になったというのに、今度は自分自身がわずらわしくなるのである。そんな人たちの生活を、閑暇な生活と呼ぶべきではない。むしろ、怠惰な多忙というべきだ」。
「怠惰な多忙」の中を生きる人たちに対するセネカの批判は笑ってしまうほどの鋭さを持っています。「理髪店で何時間も過ごす伊達男たち」、「前の晩に生えた毛を抜いてもらったり、髪の毛の一本一本について相談をしてみたり、髪の乱れを直してもらったり、薄くなった髪を、あちこちから前のほうに寄せ集めたりしている」伊達男たちに対してセネカは言い放ちます――「こんな連中の中に、自分の髪が乱れないことよりも、自分の国が乱れないことを大事と考える人がいるだろうか。自分の頭がきれいであるかよりも、自分の頭がまともであるかを心配する人がいるだろうか。より格好よくなることよりも、より気高くなることを望む人がいるだろうか」。
 別の人は高価な銀食器や豪華な食事で飾った宴会を開いて「品格があるとか、趣味がいいとか言った評判を手に入れようとする」けれど、やがて悪習が生活全体に行き渡り「飲んでいるときも、食べているときも、それを人に見せびらかすようになる」。「映える」生活を続けなければならないことによる「SNS疲れ」を考えてみれば、「怠惰な多忙」は現代でも大いにありふれているといえるでしょう。
 
「文化系トークラジオlife」のラジオパーソナリティーとしても知られる社会学者・鈴木謙介は、SNSに疲れたなら見なければいいだけだという意見に対して、統計調査を通して「(現在孤独であるかとは関係なく)孤独であると気づくのが怖い・他人から孤独だと思われるのが怖い」という孤立不安を煽られてSNSを「見させられてしまう」構造を指摘しました(鈴木 2013)。

流れてくる情報は、友人と自分の知らない誰かが友だちになりました、誰かが自分の知人の投稿にコメントしました、友人が別の友人と旅行に行ったときの写真です、友人が誰かの撮った写真にタグ付けされました、友人がステータスを「交際中」に変更しました、などなど……。困ったことに、普通ソーシャルメディアには一人でアクセスする。じっくりとソーシャルメディアを見る時間があるときというのは、いわば自分以外の人が、自分とは無関係に盛り上がっているのを嫌でも目にせざるをえない時間でもあるのだ。その意味でソーシャルメディアは個人の孤立感を強く煽る設計になっていると言える。

 ここで問題にされているのはまさにセネカが批判した、自分がひとりでいることに耐えられず「あの人は、あの人のことばかり気にかける。この人は、あの人のことばかり気にかける。そして、だれひとり、自分のことは気にもかけない」という生き方そのものです。セネカが見た古代ローマ人と同様に、現代人の生活も「多忙」と「怠惰な多忙」ばかりで占められていると言えるでしょう。
 ではセネカが勧める「閑暇」とは具体的にどのような生き方なのでしょうか? それは、過去の哲人に学ぶという生き方です。

すべての人間の中で、閑暇な人といえるのは、英知を手にするために時間を使う人だけだ。そのような人だけが、生きているといえる。というのも、そのような人は、自分の人生を上手に管理できるだけでなく、自分の時代に、すべての時代を付け加えることができるからだ。彼が生まれる以前に過ぎ去っていったあらゆる年月が、彼の年月に付け加えられるのである。われわれがひどい恩知らずでないというなら、こう考えるべきだ――人々に尊敬される諸学派を作り上げた高名な創設者たちは、われわれのために生まれてくれた。そして、われわれのために、生き方のお手本を用意してくれたのだと。

 今を生きている人たちは皆多忙ですが、アリストテレスやゼノンやピュタゴラス(セネカから見ても数百年前の人たちです)は「夜であろうが昼であろうが、すべての人間が、彼らのもとを訪れることができる」し、限りなく多くのものを気前よく与えてくれるでしょう。高貴な天才たちは学派というそれぞれの家を持っており、わたしたちはどの家の子になりたいかを選ぶことができ、財産を引き継ぐこともできる。しかもその財産は与えれば与えるだけ増えていく性質のものであり、この「閑暇」はわたしたちに永遠の生をも与えてくれるだろう、とセネカは言います。

名誉の称号とか、記念碑のようなもの――すなわち、なんであれ、功名心を満たすために[元老院で]決議されて公布されたものとか、労役によって建てられたもの――は、いずれは滅び去る。長い年月がすべてを破壊し、変化させてしまうのだ。
これに対して、英知の力で神聖になったものは、傷つけることができない。そのような神聖なものが、ある時代に滅んだり、衰えたりすることはないのだ。次の時代、その次の時代と、時がたてばたつほど、ますます尊敬されることだろう。なぜなら、近くにあれば嫉妬心が生まれるが、遠くにあれば素直な気持ちで賞賛できるのだから。

 実際に過去の哲人たちから学び、そのために二千年後の今もなお「生きている」セネカが言うと抜群の説得力があります。
「だからこそ、俗人たちのもとを離れなさい、親愛なるパウリヌスさん」とセネカは呼びかけます。「あの、もっと平穏で、もっと安全で、もっと大切な仕事に戻りなさい」。そうでなければ、年老いて仕事を退職したあともなお働き続けたいと苦しむことになってしまう。「働きたいという欲求は、働く力を失ったあとも長く続く。彼らは肉体の衰えにあらがい、老年を厭うべきものとみなすが、それは、ほかでもなく、老年が彼らを無用の長物にしてしまうからなのだ」。当時のローマには五十歳や六十歳での定年制度があったようですが、現代人と同じく古代ローマ人にとっても定年後にどう生きるかは難題であったようです。「まったく、そこまでして、多忙の中で死にたいというのか」とセネカはぼやきます。「人間は、法律の力で暇になるよりも、自分の力で暇になるほうが難しいわけだ」。
 そうならないためには、今のうちに過去の哲人たちに学び「神聖で崇高な事柄」に近づくことが必要です。すなわち、神の本質と意志と性質と姿がいかなるものなのか、魂が死後どうなるのか、この世界において、最も重いものをその中心に集め、軽いものを上方に引き上げ、火を最も高いところに運び、星々に規則正しい運動をさせているものは何なのか、――「このような、大いなる驚異に満ちた事柄を、あなたは次々に知ることになるのである」。
「あなたは、地上を離れ、精神の目を、こうした事柄に向けなければならない。血気盛んな今のうちに、元気をふりしぼって、よりよい方向に向かうべきだ」とセネカは言います。「そうした種類の人生の中にこそ、たくさんのすばらしい生き方が、あなたを待っている。あなたは、徳を愛して実践し、欲望から解放され、生きることと死ぬことを知り、深い静寂の中で生きるのだ」。

アーレント

 こうした古代ヨーロッパにおける労働への考え方を元に独自の労働論を主張したのが、ナチスが政権を掌握したドイツからアメリカに亡命し、暗い時代における人間の生について考え続けたユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントです。アーレントは古代ギリシャの哲学が近代に至るまでヨーロッパの思考法を規定してきたと主張します。

われわれの政治思想の伝統は、プラトンとアリストテレスの教えに明確に端を発する。〔…〕その始まりはプラトンが『国家』の洞窟の寓話において、人間社会の領域を――人間が共通する世界で共に生きることに関わるすべてを――、真の存在を追求する者が永遠のイデアの澄み渡った空を発見したいと望むなら、背を向けて捨て去らねばならない暗闇・混乱・欺瞞として描いたことにある。(Arendt 1961)

 ここで言われている「人間社会の領域」における営みの最たるものは労働であり、プラトンやアリストテレスが労働を幸福な生を送る上で邪魔にしかならないと考えていたのは先に見たとおりです。そうまで労働が軽蔑されていた理由は、労働が必要性に屈服する営み=自由の欠如として捉えられていたためである、とアーレントは言います。

古代において労働と仕事が軽蔑されたのは奴隷だけがそれにたずさわっていたためであるという意見は、近代歴史家の偏見である。古代人は逆に考え、生命を維持するための必要物に奉仕するすべての職業が奴隷的性格をもつから、奴隷を所有しなければならないと考えていたのである。奴隷制度が擁護され正当化されたのは、まさにこのような根拠からであった。労働することは必然〔必要〕によって奴隷化されることであり、この奴隷化は人間生活の条件に固有のものであった。人間は生命の必要物によって支配されている。だからこそ、必然〔必要〕に屈服せざるをえなかった奴隷を支配することによってのみ自由を得ることができたのであった。(アーレント 1958=1994)

  古代ギリシャ人が労働を隷属的であり不自由であり人間に相応しくない行いだと考えたのは、労働者が主人や上司に従わなければならないからではありません。そうではなくより深いレベルで、たとえ一人でやりたいように働いていたとしても、それは「お金を稼がなければ生きていけない」という必要への隷従である、と考えられてしまうのです。
 労働をもっぱら「必要への隷従」としてのみ考えるならば、労働からの解放は冒頭で紹介したアンティパトロスの詩のように全く不安なく喜ばしいものだということになります。しかし現代人のわれわれは、AIが全ての仕事をやってくれる社会、という未来像にどこか不安を感じます。アーレントによればその不安の原因は、現代人のほとんどを占める労働者たち自身が「労働からの自由を手にするのに値する労働以上に崇高で有意味な他の活動力についてはもはやなにも知らない」ために、労働から解放された社会を「労働のない労働者の社会」としてしか描けない点にあるといいます。
 アーレントは「有意味な他の活動力」として「労働」「仕事」以外の「活動」と呼ばれる公的・政治的な人間の営みの重要性を主張しましたが、セネカの論を踏まえれば必ずしもそれに限る必要はないように思われます。
しかしいずれにせよ、労働から解放されたら何をしたいのか、という問題はシンギュラリティが起こるかどうかに関係なく、老いれば誰もがいずれ直面する問題であり、解答をもっておかねばならないはずです。

キリスト教

 古代キリスト教(およびその基となったユダヤ教)の労働観は、信じる神が違うにもかかわらず古代ギリシャの労働観と非常によく似ています。旧約聖書の創世記によれば、アダムとイヴが蛇に騙されて知恵の実を食べてしまったために、神は二人を楽園から追放し、「顔に汗を流してパンを得」なくてはならず「生涯食べ物を得ようと苦しむ」罰を与えたとされています(新共同訳)。
「神の言いつけを破って知恵を手にいれた罰として人間は労働せねばならなくなった」という構図がギリシャ神話とそっくりそのままです。偶然というには似すぎている気がしますが、単純にどちらかが他方を真似たという史料は見つかっていません。更に古くからあった共通の伝承や神話を元にしたのかもしれないし、商業や戦争などの交流を通した影響かもしれないし、当時の労働について考えれば誰でも自然に似たようなことを思いついたのかもしれません。ともあれキリスト教と古代ギリシャというその後のヨーロッパ文化の二本柱において正統と認められた「労働=罰」という考え方は、近代に至るまでヨーロッパの労働観の基礎として残り続けます。
 イエスの言葉も、全体として労働に対して否定的です。

烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。 

野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。

「働かざる者食うべからず」という言葉は、あまりにもよく使われるためにしばしば由来を忘れられがちですが、もとを辿ればキリスト教聖書にある言葉です。あまりの偉大さから単に「使徒」と呼ばれた文字通り使徒の代名詞的存在であったパウロによりイエスの死後書かれた「テサロニケの信徒への手紙」における「働きたくない者は、食べてはならない」が出典です。
 しかしこれは現在使われるような意味で言われたわけではありませんでした。パウロは、終末が今にも来ると考えて日常の労働を放りだし傍若無人に振る舞ったテサロニケ人たちをたしなめるためにそう言ったのです。
 中世における聖書解釈の権威、トマス・アクィナスは『神学大全』においてこの言葉を、「使徒パウロが労働を命じたのは、単に不正な手段〔窃盗・略奪など〕で生計を立てている人々の罪を救済するためだった」のであり、生計を立てる、あるいは義務としての施しを行う正しい手段が他にない場合は働く義務があるが、「そうでなければ〔…〕働く義務は存在しない」と解釈しています(Aquinas n.d.=1920)。
 近代以降のキリスト教は額に汗して働くことを賛美するようになりますが、アーレントも指摘するように「新約聖書や、その他近代以前のキリスト教著作家が書いたものの中には、労働の近代的な賛美を示すものはなにもない」し、「『労働の使徒』と呼ばれたパオロでさえ、本当はそういう種類の人間ではなかった」のです(アーレント 1958=1994)。

労働は不自由であり、悪である

 現代では労働していないと真人間と認めてもらえませんが、古代ではむしろ「労働なんてまともな人間のすることではない」とさえみなされていました。そこまでではない場合でも、労働は決して望ましい行いではなく、仕方なく嫌々手を染めねばならない行いでした。
 その理由としてはもちろん当時の技術が未発達であり肉体を酷使する度合いが現代よりも高かったということは影響しているでしょうが、商人や歌手などもまともな人間ではないとみなされていたということは、やはり肉体労働に限らず労働それ自体の不自由さに反人間的なものを感じていたといえるでしょう。
 こうした労働の圧倒的にマイナスな地位は、やがて近代に入ってから完全に逆転しますが、その逆転のためには中世における準備が必要不可欠でした。次章では修道院における労働を中心として、どのように労働が前向きに評価される下地が作られたかを確認します。


以上で試し読みは終わりです。
11/23(日) 文学フリマ東京41、K-09にてお待ちしております。
Webカタログ>最低限度、健康な哲学と文化的な社会学
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参考文献

n.d.=出版年不明/角括弧[ ]=初版出版年/引用中甲括弧〔 〕=引用者注
引用に際しては読みやすさのために表記を一部改めたほか、一部の訳文には原文を参照の上で手を加えた。

アリストテレス(n.d.=1961)『政治学』山本光雄訳、岩波文庫
アリストテレス(n.d.=2019a)『ニコマコス倫理学(上)』渡辺邦夫・立花幸司訳、光文社古典新訳文庫
アリストテレス(n.d.=2019b)『ニコマコス倫理学(下)』渡辺邦夫・立花幸司訳、光文社古典新訳文庫
ハンナ・アーレント(1958=1994)『人間の条件』清水速雄訳、ちくま学芸文庫
今村仁司([1988]2024)『仕事』講談社学術文庫
マックス・ウェーバー([1905]1920=1989)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』大塚久雄訳、岩波文庫
シモーヌ・ヴェイユ(1951=1967)『労働と人生についての省察』黒木義典・田辺保訳、勁草書房
バルダッサーレ・カスティリオーネ(1528=1987)『カスティリオーネ宮廷人』清水純一・岩倉具忠・天野恵訳、東海大学古典叢書
ジョン・ケネス・ガルブレイス([1958]1998=2006)『ゆたかな社会 決定版』鈴木哲太郎訳、岩波現代文庫
川北稔(1987)「時は『カネ』か『敵』か――前工業都市の『非労働時間』」川北稔編『「非労働時間」の生活史――英国風ライフ・スタイルの誕生』リブロポート
ゲオルグ・ジンメル(1908=1994)『社会学 下巻』居安正訳、白水社
ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー(2012=[2014]2022)『じゅうぶん豊かで、貧しい社会――理念なき資本主義の末路』村井章子訳、ちくま学芸文庫
アダム・スミス(1776=1980)『国富論』玉野井芳郎・田添京二・大河内暁男訳、中公バックス
セネカ(n.d.=2017)『人生の短さについて 他二篇』中澤務訳、光文社古典新訳文庫
鈴木謙介(2013)『ウェブ社会のゆくえ――〈多孔化〉した現実のなかで』NHKブックス
ヴェルナー・ゾンバルト(1913=2016)『ブルジョワ――近代経済人の精神史』金森誠也訳、講談社学術文庫
中山元(2023)『労働の思想史』平凡社
ジグムント・バウマン(1998[2005]=2008)『新しい貧困――労働、消費主義、ニュープア』伊藤茂訳、青土社
ミシェル・フーコー(1972=1975)『狂気の歴史――古典主義時代における』田村俶訳、新潮社
ミシェル・フーコー(1975=1977)『監獄の誕生――監視と処罰』田村俶訳、新潮社
見田宗介(1996)『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』岩波新書
プラトン(n.d.=1950)『ソクラテスの弁明 クリトン』久保勉訳、岩波文庫
プラトン(n.d.=1982)『国家』三井浩, 金松賢諒訳、玉川大学出版部
ハンス=ヴェルナー・プラール(1978=1988)『大学制度の社会史』山本尤訳、法政大学出版局
ベンジャミン・フランクリン(1757=1957)「富に至る道」『フランクリン自伝』岩波文庫
ヘーシオドス(n.d.=1986)『仕事と日』松平千秋訳、岩波文庫
ウルリッヒ・ベック(1986=1996)『危険社会――新しい近代への道』東廉・伊藤美登里訳、法政大学出版局
ヒレア・ベロック(1912=2000)『奴隷の国家』関曠野訳、太田出版
カール・マルクス(1844=1964)『経済学・哲学草稿』城塚登、田中吉六訳、岩波文庫
松沢裕作(2018)『生きづらい明治社会――不安と競争の時代』岩波ジュニア新書
ルイス・マンフォード(1967=1971)『機械の神話――技術と人類の発達』樋口清訳、河出書房新社
ドミニク・メーダ(1995=2000)『労働社会の終焉――経済学に挑む政治哲学』若森章孝・若森文子訳、法政大学出版局
ポール・ラファルグ(1880=2008)『怠ける権利』田淵晉也訳、平凡社ライブラリー
ヤン・ルカセン(2021=2024a)『仕事と人間――70万年のグローバル労働史 上』塩原通緒・桃井緑美子訳、NHK出版
ヤン・ルカセン(2021=2024b)『仕事と人間――70万年のグローバル労働史 下』塩原通緒・桃井緑美子訳、NHK出版
ブライアン・ロジャーズ(1969=1986)『貧困との闘い――貧民法から福祉国家へ』美馬孝人訳、梓出版社

Aquinas, Thomas. (n.d.=1920) "Summa theologica". Translated by Fathers of the English Dominican Province. Benziger Brothers
Arendt, Hannah. (1961) "Between Past And Future: Six Exercises in Political Thought". The Viking Press, New York
Bentham, Jeremy (1817) "A table of the springs of action". Richard and Arthur Taylor, London
Paton, William Roger. (1916) "The Greek anthology". W. Heinemann, London; G.P. Putnam's sons, New York
Pollard, Sidney. (1963) "Factory Discipline in the Industrial Revolution" The Economic History Review 16(2): 254-271.
Thatcher, Margaret. (1987) ‘Interview for “Woman’s Own” (“No Such Thing as Society”).’ Margaret Thatcher Foundation. https://www.margaretthatcher.org/document%2F106689


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相川計@生活保護 お読みいただきありがとうございます。 当方は現在無職であり、ライティングの仕事を募集しています。 またこの記事が面白ければ、ぜひTwitterでのシェア、いいね(スキ)をお願いいたします。

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