第三話・前編『灰の城と、時計仕掛けの王』
──気がつくと、世界は音を失っていた。
戦っていたはずだった。“ぼく”と、“もう一人のぼく”──
あの鏡の中で、剣を交えた記憶が、遠ざかっていく。
身体の痛みはかすかに残っているのに、足元には戦いの跡はどこにもない。
静寂。
空気は灰色に濁り、まるで世界そのものが燃え尽きた後のようだった。
「……ここは……?」
レオはゆっくりと立ち上がる。
周囲には建物も、森も、空もなかった。ただ、灰のように舞い散る“記憶”の破片が浮かんでいる。
それらは誰かの声を帯びている気がした。
“おまえは、ほんとうに進むのか?”
“時を壊す覚悟は──できているのか?”
その問いに、レオは答える前に、何かに気づいた。
──視界の中心に、“巨大な歯車の城”がそびえ立っていた。
まるでこの場所の主のように。

巨大な歯車の城
レオは、一歩、また一歩と灰の大地を踏みしめながら進んだ。
空気は重く、何かを語りかけるように震えていた。
目の前にそびえる「時計仕掛けの城」は、
ただの建築物ではなく、生きているように見えた。
──ガチャン。
唐突に音がした。
歯車がゆっくりと回り始め、城の中心に光が差し込む。
そのとき、レオの耳がぴくりと動いた。
「……誰か、いる──」
灰の霧がかき分けられ、
そこに立っていたのは、**王冠をかぶった“影”**だった。
その姿は、はっきりとした輪郭を持たない。
だが、背負った剣と、胸に埋め込まれた時計の針だけが
異様な存在感を放っていた。
レオは剣に手をかけた。
「おまえが……この場所の王か?」
“王”は答えない。
ただ、ゆっくりと時計の針が回転する音が響く──
チチチチ……カチリ。
「よく来た。勇者レオよ。」
低く、機械のように響くその声は、
明らかに“人”のものではなかった。

「名乗る気はないのか……?」
レオが問いかけても、王は微動だにしない。
代わりに、ゆっくりと右手を上げた。
指先の動きに合わせて、空間の歯車が回転を始める。
それはまるで、時間そのものを操るような動きだった。
「おまえは、“過去”にとらわれた勇者。
ならば、この“灰の城”で、記憶の終わりを見届けるがよい。」
王の声は、レオの頭の中に直接響いてきた。
──何を言っている……?
「過去を守るために剣を振るうか。
それとも、壊して進む勇気を持つか──
問おう、勇者レオ。」
レオの胸に、かつて“鏡の勇者”との戦いで感じた
あの“重い問い”がよみがえる。
「……また、“ぼく自身”と向き合うのか……?」
時計の音が止まり、空気が凍りつく。
王の剣がゆっくりと抜かれる音がした。
カチャ……シャキン。
「ならば、答えを見せてみよ──」
レオも剣を抜いた。
時の針が、戦いの合図を告げるように、
──“零時”を指した。

剣と剣がぶつかり合った。
王の一撃は、鋭く、重い。
レオは足を踏みしめて受け止める。
だが、ただの力ではない。
その剣には、「時を削る」ような圧があった。
「くっ……!」
一歩、二歩と後退する。
王の瞳は感情のない蒼。
だがその奥に、どこか──
哀しみのような光が、かすかに揺れていた。
(あの瞳……“鏡のぼく”と、どこか似てる……)
「問いを受け入れず、ただ過去に縋る者よ……」
王が再び剣を構える。
「選ばぬ者に、時は残らぬ。」
「……選ばなきゃいけないのか?
この世界を壊すか、守るか……
“ぼく自身”の答えを──」
レオの視界に、一瞬だけ浮かんだ光景があった。
それは──
遠い記憶の中、“幼いぼく”が本を開いていた場所。
(あそこは……図書館の奥。
“記録の扉”があった場所……!)
「そうか。おまえも、記録を見たのだな。」
王が、はじめて“共鳴”するような口調でつぶやいた。
「ならば、この城の“最後の扉”へ行く資格はある。
──その剣で、証明してみせろ。」

ふたりの刃が、最後に交錯する。
レオの剣が、王の胸元をかすめた。
その瞬間──王の体から、時間の歯車が一つ、外れるようにゆっくりと崩れた。
「……これが、お前の“選んだ時間”か」
王が、低く呟いた。
「守りたいんだ。
この記憶も、物語も、リィナも……全部。
だから──もう、逃げない。」
王は静かにうなずいた。
そして、ゆっくりと剣をおろす。
「ならば、進め。最後の扉へ。
そこにお前の“答え”がある。
ただし──その先は、もはや選べぬ世界だ。」
レオが顔を上げると、灰の霧が晴れていく。
王の姿は、もう見えなかった。
そこには、重厚な時計の意匠が施された扉があった。
中心には、歯車がゆっくりと回っている。
リィナがそっと隣に並ぶ。
「……行こう、レオ。
この先に、きっと“本当の終わり”がある。」
「いや、“本当の始まり”かもな。」
レオが、剣を収めて、扉へと歩を進めた。
時の音が、静かに鳴り始める──。

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