スーパーガールになりたかった私
第1章 私はスーパーガールになりたかった
私は昔から、スーパーガールになりたかった。空を飛びたいとか、正義の味方になりたいとか、そういうことではない。なんでもできる人間になりたかったのだ。
あの人に聞けば教えてくれる。分からないことでも調べて対応してくれる。そんな人間に憧れていたのだ。
好奇心が旺盛で、新しいことや興味を持ったことには、何でも挑戦したくなる私は、様々な失敗と成功を繰り返しながら今まで進んできた。その経験から、人生は一瞬で変わるから油断するなと、頭の片隅で赤ランプが回っていたのに、どこかで何とかなるだろうと思って油断していた私がいた。ダンナが倒れるまでは…。
いつもと同じ朝だった。違った事と言えば、私の仕事がインフルエンザで全部キャンセルになり、いつもより遅く家を出ようとしていたくらいだった。だからダンナが倒れた時、私はタイミングよく家に居た。倒れたダンナを見て、心臓は脈打っていたが、頭は冷静に対処しているつもりだった。
でも初めに電話をしたのは110番だった。間違ったと思い、すぐに119番に電話して救急車を呼んだ。待っている間に間違ってもう1回119番に繋げてしまい、慌てて謝って電話を切った。
救急搬送された病院の待合椅子で、無意識に手を組んで何かに祈っていた。頭の中ではずっと「ダンナはこの先どうなるか?」と思う自分と、生きると信じて、「この先をどうしていくのか?」を考えている自分が、行ったり来たりしていた。
仕事のこと。生活のこと。病院のこと。未来のこと。現実の冒険は、ゲームみたいに親切ではない。説明も、地図も、攻略本もない。そのくせ次から次へと、イベントだけはどんどん起こる。なかなかのクソゲーが始まった瞬間だった。
これは、スーパーガールになりたかった私が、本気でこのクソゲーを攻略するために、スーパーガールになろうとした話だ。まだゲームの途中なので、装備は今も増え続けている。どうやらスーパーガールとは、なるものではなく、なり続けるものらしいのだ。
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第2章 仕事という名の最初の装備
最初に増やした装備は、ダンナの仕事だった。
ダンナが倒れた時、真っ先に頭に浮かんだのは、ダンナの仕事をどうするかだった。ダンナはネットショップを中心に小さな店舗を運営していた。ネットショップは、出荷が止まった瞬間に信用を失う仕事だ。しかも倒れた時期はちょうど繁忙期に入ったタイミングだった。だからダンナが処置されている間、いつ終わるかがずっと気になっていた。商品の出荷が間に合わないからだ。
結局、全ての事が終わったのが14時過ぎ。私はタクシーに乗って、すぐに店へと向かった。まずは最低限の注文から発送までをこなし、明日からどういう段取りで動いていくかを考えた。そして、兄と親友にだけ旦那が倒れたことを連絡した。
倒れた日、お医者さんには、意識が戻るかどうかがカギと言われていた。だから毎日、仕事の合間に「今日は意識戻ってるかなぁ…」と思いながら、病院に通っていた。容態が安定して一般病棟に移ったが、しばらくは意識が戻らなかった。
なので、ダンナの鼻に、こっそり持って行ったペパーミントフィールドを近づけてみたことがあった。漫画みたいに目がパッチリ開いて、意識が戻らないか試してみたのだ。ダンナは鼻をフンフンさせて反応してたが、目を開くことはなかった。ちなみにこれは2、3回試した。笑
最低限の仕事が回り始めた頃に、タイミングよく年末年始の休みに入った。旦那の病棟はインフルエンザが流行して面会謝絶になったので、やることがなくなってしまった。仕方がないので、毎日店に行って仕入れの段取りをすることにした。一度もやったことがなかったので、時間をかけてやらないと間違えそうだと思っていたから、ある意味助かった。
そして少しずつ仕事に慣れてきたことで、今のままでは売上げが落ちていく一方になると気づいた。SNSだけでなく、ネットショップの世界にも流行りがある。流行りに乗り切れてないうちのショップページは、完全に時代遅れになりつつあった。気づいてしまったら放っておけない性格の私。でも1人で変更していくには時間と労力がかかってしまうので、どうしようかと思っていた時に思い付いたのが、AIだった。
プライベートでは使っていたのだが、仕事では使っていなかったのだ。試しに使ってみたら、的確に答えてくれるので、助手として採用した。ただ最初は指示の仕方が上手くいかず、一つのことに何時間もかかることもあった。AIの謎のこだわりに付き合わされてキレたこともある。でも使い続けるうちにコツを掴んでいき、今では欠かせない相棒になっている。
ゲームの中で最大の敵となったのが、商品の撮影だった。私は昔から写真を撮るのが下手くそで、なぜか撮った人が左に寄ったり、写真がボケたりするのだ。自分でもなぜそうなるのかよく分からない。ただこの敵は、デジカメと画像加工の力でなんとか装備できた。
正直、新しい装備に挑戦する前には、無意識に考えてしまい、いつも身構えてた私がいた。始めてしまえば楽しく、行き当たりばったりで動きながらも、1人で回せるようになった時、それはもうダンナの仕事ではなく、私の最初の装備になっていた。
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第3章 撤退という名の実戦
仕事の装備が増え出した頃、物理的な実戦が始まった。
ダンナの意識が戻らない状態で、私は店を畳む決断をした。ダンナの意識が戻っても、当分の間店に立つことはできないだろうし、何より家賃がもったいない。私はケチなのだ。契約書を読むと3か月前通告だったので、12月末ギリギリに解約の電話をした。この時に「3か月を短くすることはできるか?」とダメもとで聞いてみたが、「無理ですね。」とあっさり断られてしまった。
年明けから3か月の間に、自分の仕事をしながら、病院に通いつつ、繁忙期のネットショップを運営し、店の片付けもしていくことになった。どう考えても、無理ゲーだったが、ゴールが決まっている以上やるしかなかった。
店を畳むにあたって、荷物を事務所に移動させる必要があったが、事務所に荷物を入れる場所はどこにもない。なので、先に配置換えをしてスペースを作ることにした。ただこれには私なりの条件があって、できるだけ棚は捨てない。商品は展示した状態で置く。梱包材は隠す、だった。
この条件を意識しながら、ケースや棚をどこにどう入れるかを紙に何度も書いて考えて、どーしても入らない棚などは、先に処分した。事務所の棚や荷物を1人で引きずりながら移動させて空間を作り、仕事が終わってから毎日、店の棚や什器を移動させていった。ただ重たいダンナの机と180センチのスチールラックは想像以上の強敵で階段から落としかけて焦ったこともあった。
店にあった小型冷蔵庫は、事務所にはすでに1台あるので家に持って帰ることにした。21時頃に1人で家に帰りがてら、台車に乗せて不審者のように運んでいたのだが、マンション前の段差で台車が引っかかり、ひっくり返しかけた。あっ!と思って、瞬間的に指でかろうじて支えた。
そしたら、たまたま通りかかった男性が「大丈夫ですか?」と言って手伝ってくれた。「親切な人がいる、ありがて〜。」と思ったが、帰られた後に絶対「この人こんな時間に1人で何してるんや?」と思われたやろうな、と思った。笑
そんな無茶なことを退去までほぼ毎日やっていた。おかげで3日に1回、謎の筋肉痛に襲われ、変なところに青あざがよくできていたが、構っている暇はなかった。さすがにガラスケースやレジ台など、1人で運べない大物は、退去前に親友の旦那さんと息子さんに頼んだ。
が、棚などは全部1人で運んでしまっていたので、「よ〜1人で運んだな。置いといたら良かったのに。」と親友に言われた。結局、1日かかると思っていた大物引っ越しは、7割方私が運んでしまっていたので、半日で終わってしまった。笑
ただ、悔しいこともあった。3年前に店舗のオーナーが変わり、管理会社も変わってから退去の連絡も雑になっていた。警戒はしていたが、忙しすぎてそのあたりを見直す余裕がなく、クロス代を請求されてそのまま払ってしまった。でも後で、払わなくてよかったことが分かった。退去日までに絶対に確認しておこうと思っていたのに、予定外に退去連絡が来たせいで確認できず、しばらく腹が立って仕方なかった。
クロス代のことを思い出すと今でも嫌な気持ちになる。ただ店を畳むために動いた期間、毎日が必死過ぎて、細かいことはあんまり記憶がない。それくらい怒涛の日々を過ごしていた自分を、本当によくやったと自分で褒めたい。そしてこの撤退という実戦が、私に判断と決断という装備を叩き込んだのだと思う。
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第4章 駐車場というダンジョン
ダンナが倒れて半年。ゲームのゴールがおぼろげながら見えてきたので、新たな装備を手に入れることにした。車である。
私は20年近くペーパードライバーだった。でもダンナに麻痺が残り、今後運転できる可能性が低いとなると、私が運転できた方が便利なのは明らかだった。
ただ家の車は四駆のうえ、駐車場は地下だった。それを友達に言ったら、「車を売って、もっと乗りやすい車に変えたらどうや?」と言われた。確かにもっともである。ペーパードライバーがいきなり挑むには、かなりのハードモードだ。
でも私は、売る気がなかった。買い替えにはお金がかかるし、他に欲しい車もない。元々乗り潰すつもりで買っている。ダンナが座るなら、座席が低いより高い方が座りやすい。そして何より、昔から私は四駆を運転したかったのだ。
小学生の頃、同級生のお母さんが運転するJeepに乗せてもらったことがあった。後部座席から見ていた光景が、衝撃的にカッコ良くて、大人になった今でも脳裏に残っている。だからチャンスだと思った。
でも問題は、マンションの地下駐車場だった。急な坂道の出入りと太い柱が立ちはだかる駐車。ミラーをぶつけずに坂を曲がって上がるというイベントと、目の前の太い柱を除けて駐車するというイベントが、私の前に立ちはだかっていた。これはさすがに1人では無理だと思い、自分の車で受講できるペーパードライバー講習をネットで探し申し込んだ。
だが、講習初日にいきなりイベントが発生した。長い間乗っていなかったせいで、バッテリーが上がっていたのだ。完全に油断していたので、ものすごく焦った。講師を待たせたままJAFを呼び、その場でバッテリーを交換してもらって、1時間遅れで講習は始まった。
初日にイベントが発生したものの、その後は順調に講習を重ねていったが、やはり地下駐車場のダンジョンは手強くて、結局2回追加した。
そして全ての回数が終わった1週間後に、ダンナが退院した。ここだけ聞くと、いい流れに見えるが、現実はそんなに都合よくはいかなかった。講習から1か月後、「そろそろ慣れてきた頃で、事故や違反をしやすいので気をつけてください」という講師からの注意喚起メールが届いた。それを読んだ3日後に、私はガソリンスタンドで洗車しようとして事故った。
まるで予言だった。前に進むとゴリゴリという音がし、バックしたらまた違う所をぶつけそうで、身動きが取れず、焦りと不安でパニクった。とりあえず窓を開けて、身を乗り出しながら、「店員さん呼んで!」と叫んだら、ガソリンを入れている人が呼びに行ってくれて助かった。
なんとか事故処理を終えて家に帰ったら、怖さや不安が一気に出てきて、ダンナに状況を言いながら、怖かったことを繰り返し言っていた。ダンナは頭を撫でてくれ、つたない言葉で「大丈夫。大丈夫。」と繰り返し優しく言ってくれた。家で慰めてくれる相手がいることが、本当にありがたかった。
そして私は今もスキルを上げるために、毎週末、買い物がてら運転の練習をしている。とりあえず運転はできるようになったが、日によってイベントがあるので、毎回ビビりながら運転をしている。おかげで、三歩進んで二歩下がるようなスキルの上がり方しかできてない。
それでもいつかダンナを車に乗せて、遊びに行くために頑張ろうと思っている。この先、私のスキルが先に上がるのか、ダンナが隣に座るのが先か、どちらかは分からない。でも今は、お互いが必要なスキルを上げる時だと思っている。
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第5章 家という次のステージ
ダンナが退院したのは七夕だった。
退院はゴールではなく、完全なステージ変更だった。病院ステージでは、見舞いの時間を中心に仕事を組み立てればよかったし、多少忙しくても、遅くまで働けばリカバリーできた。でも退院すると、そうもいかなくなる。全てがダンナ中心で回すことになる。訪問リハビリやお昼ご飯など、一度家に帰って段取りをしないといけないが、帰ってくるまで、実際にどうなるかは未知の状態だった。
退院の日、私はダンナの車椅子を押しながら、よく晴れた暑い道を帰ってきた。家に戻ったダンナは、おぼつかない足取りでいつもの定位置に座った。家にダンナがいる。安心したのか、嬉しかったのか、自分でもよく分からない思いが溢れて泣いた。
これで終われば感動なのだが、現実はそうもいかない。おぼつかない足取りで立ち上がったダンナは、動こうとしてそのまま横にコケた。幸い打撲程度で済んだが、退院したからといって油断するなと、誰かに言われた気がした。でも一緒にいるからコケないか?というと、コケるものはコケる。だから怪我したらそれも運命と、半分開き直りながら腹を括って、私は仕事に行った。
そして次の日の朝が、本当の新しいステージの幕開けだった。椅子に座ってずっと何かを待っているダンナがいた。何をしているのか分からなかったので、聞いたが要領を得ず、半分ケンカになりながら分かったことは、朝ごはんを食べるということだった。一緒に住んで何十年、我が家に朝ごはんという習慣はなく、おかげで私はパニクった。
なぜなら家には、朝ごはんにできるような食べ物がなかったからだ。冷蔵庫を漁り、なんとか朝ごはんにできそうな食べ物を見つけて出しながら、もしかして明日から毎日朝ごはんが必要なのか?と気づき、ゲンナリした。正直、病院の習慣が、こんなに綺麗にインストールされているとは思いもしなかった。
そしてダンナとの会話にも、新たな装備が必要になった。前みたいに、話すだけで全てが通じるわけではない。暑いのに寒いと言われ、ご飯を食べたいのにパンが食べたいと言われる。そんな毎日なので、お互いが伝わらなくて喧嘩することもあったが、最近は私が紙に書いて確認し、ダンナは絵を描いて説明するようになった。道が塞がれても、別の道を探しながら進んでいけば、何とかなっていくと気づいた。
そして生活の形も変わった。倒れてから、ダンナは一滴もお酒を飲まなくなった。ただ元々大福をつまみにお酒が飲めるほどの甘党だったので、晩酌が食後のデザートに代わり、2人でまったり過ごす時間になった。前とは違うが、これはこれで悪くない。けど、本音を言えば、私はそんなに甘いものが好きではない。笑
倒れる前の生活は確かに楽しかった。でも同時に、前の生活には、気づいていなかった無理やストレスがあったのだと思う。だから前の生活に戻りたいとは思わないし、昔は良かった話をしたいとも思わない。元々私は過去を振り返る人間ではない。今を100%生きて、面白いと思える未来を作っていきたい人間なのだ。
今でも私はスーパーガールになりたい。何でも1人でできる人だけでなく、自分の持つ装備を、誰かのためにも使える人になりたいのだ。だからまだゲームは終わっていない。むしろ今までより日々スキルを上げていく必要がある。自分でもアホなのかと思う。でもこれが面白いのだ。これが私の性分なのだ。ええ歳して何してんねんと思うが、それが私なのだ。
