【エッセイ】父に言えなかったこと
トルコキキョウ
父は農業一筋の人でした。
若い頃は野菜を育てていましたが、家族の暮らしを支えるため、途中から花作りへと転換しました。
大切に育てていたのは、トルコキキョウです。白やピンク、紫の花が畑いっぱいに咲く光景は、きっと父の誇りでもあったと思います。
父はとても仕事が丁寧な人でした。どんなに小さな作業でも手を抜かず、一つひとつ真面目に向き合っていました。その姿勢が、美しい花を育てていたのでしょう。
野菜
家の周りの畑では、家庭用の野菜も作っていました。
実家へ帰るたびに、じゃがいもやきゅうり、なす、トマトなどをたくさん持たせてくれました。帰る頃には、車いっぱいに積み込まれていたことを思い出します。
「こんなに食べきれない」
当時はそう言いながら、当たり前のように受け取っていました。実際に食べきれず、傷ませてしまったことも…
本当に申し訳ないことをしていました。
父の病気
ある時から父は肝臓を患い、以前のように動けなくなり、入退院を繰り返すようになりました。
それでも父は、「治す」という気持ちを持ち続けていました。
しかし、そんな中で今度は癌の宣告を受けたのです。
その時、父はこう言いました。
「歳もとってるから、進行も遅いだろう」
そして、
「箸で突いたくらいの小さな癌だろう」
前向きな父らしい言葉でした。
私は泣きそうになっていました。
父には詳しい病状のことも、残された時間のことも伝えていなかったのです。
「父に余命は伝えないでください」
私は先生にお願いしていました。
入院
それから間もなくして、入院生活が始まりました。
面会へ行くと
「早く帰りたい」と言ってくる父。
そのたびに胸が締め付けられました。
帰れると信じている父。
残された時間を知っていたら、やりたいこともあったのではないか。
会いたい人もいたのではないか。
伝えたいこともあったのではないか。
そんな思いが何度も頭をよぎりました。
それでも、どうしても言えませんでした。
昔話し
病気になってから父は一度だけ、昔話をしたことがありました。
それは、今まで聞いたことのない話ばかりでした。
若い頃の仕事のこと。
人との関わりのこと。
家族のこと。
父は曲がったことが嫌いな人でした。
納得できないことがあれば相手に伝える。黙って飲み込む人ではありませんでした。
だから衝突することもあったそうです。
それでも最後は話し合い、きちんと解決してきたと話してくれました。
話し終えた父は、
「あー、楽になった」
と、穏やかな表情で言いました。
その顔を見て、私も嬉しくなりました。
でも同時に、「なぜ今になって昔話をするのだろう」という不安もありました。
別れ
父と過ごせる時間は、思っていたよりもずっと短いものでした。
面会を重ねるたびに少しずつ弱っていく父。
そして、その日は静かに訪れました。
写真立ての中の父
今でも実家に帰れば父が居る。そう思うことがあります。
でも、父がいつも座っていた場所に居ないと現実に引き戻されてしまいます。
時々、余命を伝えなかったことが
正しかったのか考えることがあります。
「怒っているかな」
そう思うことも。
でも、写真立ての中の父を見ていると、不思議とそんな気持ちは薄れていきます。
いつもの穏やかな顔で、
「気にするな」
そう言ってくれているような気がしています。
な〜んて、私の勝手な思いなんですけどね。
「じゃあ、また来るね」
今日も、野菜の積まれていない車を走らせ
帰ることにします。
※本記事の見出し画像はAIで生成したものです
