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社会参加とは誰のためのものなのか〜“普通に働く”以外の人生をどう支えるか〜

この連載では、B型事業所を入り口に、日本の精神福祉について考えてきました。

長期入院の歴史。
授産施設から続く「中間就労」という仕組み。
工賃や就職率だけでは測れない支援。
「働ける」の前にある孤立。
そして、「閉じない支援」の難しさ。

ここまで書いてきて、最後に残った問いがあります。

それは、
「社会参加とは、誰のためのものなのか」
という問いです。


私たちは、何を目指して支援しているのだろう

福祉の現場では、次のような変化が成果として語られることがよくあります。

就職した。
工賃が上がった。
通所日数が増えた。
資格を取得した。

もちろん、どれも大切なことです。
その一つひとつが、その人の可能性を広げることにつながるからです。

ただ、支援を続けていると、ときどき立ち止まりたくなる瞬間があります。

それは、
「この目標は、本当に本人が望んでいるものなのだろうか」
という問いです。

支援者は、良かれと思って目標を立てます。
家族も期待します。
制度も、就職や自立を求めます。
社会もまた、「働くこと」を一つのゴールとして見ています。

そうして気がつけば、
「本人の人生」よりも、「社会が期待する人生」のほうが前に出てしまう。
そんなことが起こり得ます。


社会参加は、一つではない

「社会参加」という言葉を聞くと、多くの人は「働くこと」を思い浮かべるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

週に一度、外へ出ること。
近所のコンビニで買い物をすること。
地域のお祭りに顔を出すこと。
趣味の集まりに参加すること。
誰かとコーヒーを飲みながら話をすること。
家族以外に「最近どう?」と声をかけてくれる人がいること。

こうしたことも、私は立派な社会参加だと思います。

働いているかどうかだけで、人と社会とのつながりを測ることはできません。
社会参加には、本来もっと多くの形があるはずです。


「普通」を目標にしなくてもいい

精神疾患や発達障害のある方たちと関わっていると、
「普通に働けるようになりたい」
という言葉を聞くことがあります。

その気持ちは、よく分かります。

けれど、その「普通」は、本当にユーザーが望んでいるものなのでしょうか。

もしかすると、
「普通になりたい」のではなく、
「普通でいなければ認められない」と思わされてきただけ
なのかもしれません。

私たちは、知らず知らずのうちに、

週5日働くこと。
フルタイムで働くこと。
一人で頑張ること。
迷惑をかけないこと。

そうした生き方を「普通」としてきました。

でも、人の生き方は本来もっと多様なはずです。

週3日でもいい。
働きながら休んでもいい。
何度やり直してもいい。
誰かに助けてもらいながら生きてもいい。

その人に合った、社会とのつながり方があっていい。
私はそう思います。


支援とは、選択肢を増やすこと

私は、支援とは「正解へ導くこと」ではないと思っています。
本人に代わって人生を決めることでもありません。

支援とは、
本人が選べる選択肢を増やしていくこと
なのではないでしょうか。

働くことを選ぶこともできる。
少し休むこともできる。
挑戦することもできる。
戻ることもできる。
地域で暮らし続けることもできる。
困ったときに助けを求めることもできる。

そうした選択肢があること自体が、その人の自由につながります。

支援の役割は、何か一つの理想の形に人を近づけることではなく、
その人が自分の人生を選び直せる余地を残しておくことなのだと思います。


「戻れる場所」がある社会へ

この連載の中で、何度も書いてきたことがあります。

それは、
「一度も落ちない人をつくること」ではなく、
「落ちても戻れる社会をつくること」

です。

人生には、誰にでも調子の波があります。
病気が悪化することもあります。
仕事を辞めることもあります。
人間関係がうまくいかないこともあります。

そのたびに社会から切り離されてしまうのではなく、
「また来ればいい」
「もう一度、一緒に考えよう」
そう言える場所が地域にあること。

私は、それこそが精神福祉の大切な役割だと思っています。


「社会参加」を問い直す

この連載は、「社会参加」という言葉への違和感から始まりました。

働くことは大切です。
でも、働くことだけが社会参加ではありません。
就職することだけがゴールでもありません。

本当に大切なのは、
その人自身が、自分の人生を選べること。

そして、
社会とのつながりを、自分なりの形で持ち続けられること。

そのために、B型事業所があり、相談支援があり、訪問看護があり、地域がある。
それぞれの制度やサービスは、目的ではなく、
その人の人生を支えるための手段です。

これからの精神福祉は、
「どう働かせるか」ではなく、
「どう生きたいか」を一緒に考える時代
へ向かっていくのではないでしょうか。

そして私自身もまた、その問いを持ち続けながら、
地域での支援を続けていきたいと思っています。

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