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会社を揺るがすような大失敗を経験したことはありますか?

こんにちは!
中卒プロ会社員|構造と思考のデザイナー、ケイです。

今日は、「キャリアの分岐点」がテーマです。

分岐点。
私の場合、何がそれに当たるだろうか、と過去のキャリアを思い返してみたのですが、下記のようなエピソードが思い出されました。

  1. 子供が生まれ、年収を上げるべく転職した

  2. 転職先のスタートアップ企業で、立ち上げたプロダクトが大当たり。年収が上がって、金銭感覚がぶっ壊れる経験をした。

  3. 成功に胡座をかいて、次のプロダクトでは大失敗の引き金を引いてしまった

  4. どん底の中コーチングを受け、自分の哲学を取り戻した

  5. その後は再度転職した先で、戦友と呼べる仲間が沢山できた

…色々と思い出されるのですが、「分岐点」という意味合いであれば、この中では断トツで、3と4。
成功に胡座をかいた大失敗と、その後のコーチングとの出会い。
これになるでしょう。



✅ 書き始めようと思ったものの…

…失敗談を話すのって、かなり戸惑いますね。
なぜならこれは、もう書くのも恥ずかしいのですが、承認欲求を拗らせていた過去の私が、凡人であることを受け入れられずに起こした大失敗の話に触れるのです。ああ掘り起こしたくない(笑)。

一部の同年代以上のおじさんには共感されることもあるかもしれませんが、はっきり言って、能力も意識も高い若手には必要ない記事です。
そんな話でも付き合ってやるよ!という方は、読んでみてください。

ということで今回は、当時の私の大失敗談と合わせて、「キャリアの分岐点」について書いていきたいと思います。



✅ 筆者・ケイについて

私は、IT企業の開発者です。今でこそもっと職能・技能が広がっていますが、当時はまさしく開発者でした。
デザイナーをやったり、デザイナーとエンジニアの橋渡しをするような仕事をしてました。
20年ほど開発の仕事についているのですが、これは当時転職したての私が、アプリ開発やサービス提供を主軸事業としている会社で勤務していた頃の出来事です。

アプリやシステムの開発やその提供事業って、博打のようなところがあって、当たれば余裕で上場するほどの儲けを得ますが、当たらなければ、無惨に消えます。下手すると会社も倒産して消える。
そうやって会社が生まれは消えてを繰り返しています。

そんな業界の中で私が当時経験した「大成功」を支えていたのは、IT企業の上場バブルと、当時一緒に仕事していた超優秀なプロデューサーのおかげだったのですが、私はそれらを「自分の成功だ」と勘違いしていたのです。

私は表面上のキャリアだけなら、大成功してきたように見えることもあるし、実際人からそう言われることも多いのですが、決して順風満帆とは言い難い時間を過ごしてきたと、自分では思っています。

この記事で紹介する大失敗を経験した会社に転職した当時は確か30歳前後。子供が産まれ、年収を上げようと躍起になっていた頃です。
いくつか声をかけてくれた企業の中で、一番波長の合いそうな経営者がいるA社に、私は入社しました。

スタートアップ企業で勢いがあり、それまでBtoBの「プロダクト開発・納品」をメインにやってきた私からすると、BtoCの企業で「サービス開発・提供」を行うという考え方は非常に刺激的でしたが、私の生来の気質に合っていたのか、この会社で私のキャリアは跳ねることになります。

運良く活躍できる環境も整っていて、関わった事業も大成功。
この記事ではこの辺りは端折りますが、ここで年収1000万に到達することになります。

ただ、お金って人間を狂わせるもので。
凡人以下である私は、想像もしていなかった大成功を体験してしまったことで、自分の実力を、これ以上ないくらい盛大に、勘違いしてしまったのです。



✅ 大失敗とその原因

一言で言えば、天狗になってました。

俺は凄いんだ。俺が認められるのは当たり前のことなんだ。みんな思い通りになって当たり前なんだ。

私の奥底では、そんな感覚があったんだと思います。本当にひどい。
初めての成功で、降ってわいた万能感に、酔いしれていたのです。

当時担当していたプロジェクトでの活躍を認められ、収入も上がった所までは良かったのですが、社運をかけた次のプロジェクトが立ち上がりチームが組成されていく中で、私の勘違いは限界突破してしまっていたのです。

会社組織において、目的は常に事業成果を出す事にあります。ただこの時私は、目的を「自分のプライドを守る事」にすり替えてしまっていた。

私がやってしまった、成功に胡座をかいた大失敗
それは、「目的のすり替え」と「チームの私物化」です。

このプロジェクトを任された俺はすごいんだ。そんなプライドを守る為に発生する行動というのは、当たり前ですが事業成果を作る事に繋がることはありません。
大体、そういう目的を持っている人間と接すれば、正常な人ならわかりますよね。「あ、こいつおかしいな」って。
ちょっとしたことでも、自分のポジションを守ろうとする。
ミスしたことは、理論武装で隠蔽する。
そんな人から、指示が飛んでくる。
そんな人から、評価される。
そんな職場で仕事して、やる気出す人なんているわけがない。

私は自分のつまらないプライドを守る為に、当時の仲間をそういう目に合わせてしまったのです。もはや利用したと言っても過言ではありません。私にそのつもりがあったかどうかは、この際関係ないのです。

そして、こういう問題はいきなり発覚することはありません。
人を、組織を、ジワジワと蝕む。
そして発覚した時には既に取り返しがつかない、とんでもない事象に発展します。場合によっては、会社の信頼や存続に関わるような問題に発展してもおかしくありません。



✅ 起こるべくして起きた大問題

細かい一つ一つの問題は省略しますが、このようなマインドで行動した私に振り回される事になっていたその事業とプロジェクトチームは、数年の活動の後、数億の投資を溶かして、解体されました。
まさに、当時勤務していた会社を揺るがす大失敗。
全て、私を起点にして起きたことです。

数億円の開発費が泡のように消え、数十人のプロジェクトメンバーが人生を賭けて付き合ってくれた時間を無駄にして、当然私も、全ての立場を失いました。

この時失ってしまったものをあげればキリがありませんが、最も得がたく、最も価値のあったもの。そして取り返しのつかないもの。

それは、当時の仲間と、彼からの信頼です

これに比べたら、お金もポジションもさして重要ではありません。
私はこのことを、失って始めて、知る事になりました。
自分を見出し、引き上げてくれた上司や会社に、本当に迷惑をかけてしまいました。

何のために、この仕事を選んだのか。
何のために、この会社に来たのか。
何を評価され、給料が上がっていたのか。
何を期待され、この役割に就かせてもらっていたのか。

あの時の私は一時の成功に酔いしれ、これら全てを、見失っていたのです。

壊れる事業。壊れる組織。
本当は、最高のサービスを作って、世の中に新しい価値を提供したかった。そもそもそれを夢見て開発者になったにも関わらず、全てを見失い、支えてくれた全ての人に背を向けてしまっていた。

これが、この時の失敗の最大の要因です。



✅ コーチングとの出会い

当時、どん底にいた私を救ってくれたのは、一人の友人でした。
どうみてもヤバい状態にある私を見兼ねて、友人が私に、とあるコーチを紹介してくれたのです。

コーチと聞いても、私はコーチングの存在など知らなかったので、「コーチ?なにそれ?」という状態でしたが、結果としては、紹介された方のコーチングセッションを受けたことで、私は本当の意味で自分と向き合うことになったのです。

ちなみに、ここで言うコーチとは、「対話の中で、相手に気づきを与えること」を仕事にしている人のことです(プロのコーチの方、間違っていたらすみません!)。
詳しい方はご存知のことと思いますが、よろしければ↓の、つよぽん氏の記事を読んでみてください。コーチングやコーチについて、理解が深まると思います。

話を戻します。
私はその方のコーチングセッションを受けることにしました。
今でこそ、失敗の要因を整理したり、失敗談を記事にしようと試みたりしていますが、当時の私は自分のことが見えていないからこそ失敗したわけで、もう本当に、何をどうすればいいのかわからなかったのです。

初めて聞くコーチングなるものに、最初は胡散臭い印象を持っていたのですが、私はこのコーチの方とのセッション時間で、これまでに体験したことのない時間を過ごすことになりました。

コーチということで、最初はスポーツチームのコーチのような関わり方なのかなと勝手に想像していたのですが、実際には全く異なりました。

ひたすらに襲ってくる、質問の嵐。
そのコーチの方は非常に穏やかに私に向き合ってくれていたのですが、私に向かって放たれる、本質を抉るような質問に対して、私がそのように感じていたということです。

そして、放たれた問いかけに、全霊で答える私。

何のために、この仕事を選んだのか?
そう思ったきっかけは、なんだったのか?
あなたは何を期待されていると、自分で思うのか?
理想的には、どういう状態でありたかったのか?
その状態と比べて、今どうなっていると思うか?

コーチの方から受けた質問の一部です

何度か繰り返されるセッションの中で、私は、自分の根源的な動機を思い出していきました。
そして数回のセッションを経て、かけがえのない気づきを得ることができたのです。

自分が事業や仲間のことを考えず、自分のことだけを考えてしまっていたこと。
作るサービスの目的や、手に取るユーザーのことを忘れていたこと。
そうなっていた原因は、自分のくだらないプライドであったということ
自分がもらうお金やポジション、特権のことしか考えず、まるで腐敗した政治家。
そうなってることに気づかないでやっているのだから、腐敗した政治家よりタチが悪い。
リーダー格の自分がそんな状態では、当然チームも、作るプロダクトも、良い方向に向かうはずがありません。

自分は、本当に一体、何をやっていたのかーーー

そういう結論に、コーチからの問いかけに答える中で自ら気づいていくことができたのです。今思い返しても、あれは本当に凄い時間でした。


✅ 掘り起こした、自らの哲学

そんな流れで、私は自分の過ちを受け止め、振り返ることができ、本来の自分の哲学を取り戻すことができたのです。
(といっても、安定した状態に戻るまでこの後数年かかりましたが)

あのコーチングセッションから暫くの年月が経過しましたが、
今でも、あの時取り戻した哲学が自分の中心を支えてくれています。

あの時私にコーチを紹介してくれた友人と、私に気づきをあたえてくれたコーチには、感謝してもしきれません。

迷惑をかけてしまった当時の仲間達には、本当に申し訳ないことをしてしまったと、今でも思います。
今は私含めてみんな転職して散り散りになっており、当時の仲間に謝罪することも、恩返しすることも叶いませんが・・・あのコーチングセッションで得た学びや恩を、その後の人生で出会った新しい仲間に送りまくろう!と決め、今も仕事しています。

これが、私の #キャリアの分岐点 です。



✅ 最後に

あの時もし、友人が私にコーチを紹介してくれなかったら。
あのコーチと出会えなかったら。
おそらく私は、文字通り180度違う人生を歩んでいた気がします。

そういった出会いを思い出し、「嗚呼、自分は世界になんとか生かされているなぁ」と思うのです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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