素敵な偶然って、本当は偶然じゃないのかもしれない|ハッピーライティングマラソン#49
「もし明日、素敵な偶然が起きるとしたら、何が起きそう?」
お題を見て、ちょっと困った。 うーん、おぼろげ。 ぱっとは浮かばない。
でも、ふと思ったのです。
これまでも「素敵な偶然」と思ってきた出来事は、いくつもあったな、と。
「こんなふうになりたいな」と未来のことをぼんやり考えていると、不思議とそれに関わる勉強の場や、必要な情報がふっと入ってきたりする。
それだけじゃなくて、思いがけない出来事も起きる。
行きたいなと思いながらも先延ばしにしていた海外旅行。
会ってみたかった方から「こちらに来てくれたら会えるよ」と声をかけてもらって、思い切って出かけたこと。
「あなたのその細かい視点、もっと出していけばいいよ」と言ってもらったこと。 ——自分の中で「こんなマニアックな話、誰もわかってくれないんじゃないか」と、ずっと引っ込めていたものに、光を当ててくれた言葉だった。
先日参加したある学びの場で、思いがけずたくさんの仲間と出会えたこと。交わした対話のひとつひとつが、じんわりと心に残っている。
その時は、どれも「素敵な偶然だな」と思った。
でも、少し時間が経って振り返ると、これは偶然なのかな、と思う。
たぶん、違う。
気になるものを追いかけて、小さく動いていたから。 その時の自分に必要な言葉や、人のあり方に出会えたのだと思う。
種をまいていたんだな、と思う。 派手にではなく、本当にささやかに。
英語に serendipity という言葉がある。 日本語では「偶然の幸運」と訳されることが多い。
でも、語源をたどってみると、ただの幸運ではない。 探していたものとは違うけれど、自分にとって価値あるものに出会う力——そんなニュアンスを含んだ言葉だ。
つまり、動いている人のところにしか訪れないもの。 受け取る準備ができている人にだけ、ふっと顔を見せるもの。
そう考えると、なんだか腑に落ちた。
そうやって動いていく中で、本当に微細なんだけれど、ちょっとずつ自分の中に軸ができてきたり、前より少し軽やかになっていく感覚がある。
新しい気づきは、新しい葛藤も連れてくる。 でも、それも含めて、変わっていく自分を見ているのが、最近はちょっと面白い。
だから、明日「素敵な偶然」が起きるとしたら——
きっと、これまでまいてきた種のどれかが、ひょっこり芽を出すんだろうな。
明日は、どんな serendipity に出会えるかな。
