「こどものために」を、手放したら
私には今、
高校二年生の息子と、
小学六年生の娘がいる。
毎朝、朝ごはんを食べて、身なりを整え、
「行ってきます」と笑顔で学校へ向かう二人。
私は「いってらっしゃい」と見送り、
静かになった部屋でコーヒーを淹れる。
学校から帰ってくると、
その日あった出来事を
次から次へと話してくれる。
そんな何気ない時間が、
今の私にはたまらなく愛おしい。
だけど実は、数年前の私には、
この景色を想像することすらできなかった。
息子は中学一年生の二学期から、
娘は小学三年生の春から。
二人そろって学校へ行けなくなった。
母としても、人としても自信を失い、
私の人生でいちばん路頭に迷った出来事だった。
「消えたい。」
「死にたい。」
そう言ってベッドに横たわる息子。
その数か月後には、
娘も朝起きられなくなった。
家の時間が止まったようだった。
私は長男が生まれてから、
ずっと「いいお母さん」に
なろうとしてきた。
栄養を考えた食事を作る。
外でたくさん遊ばせる。
寝る前には毎日絵本を読む。
生活リズムを整え、習い事も、
この子の将来を思って選んだ。
食事のマナーも、挨拶も、
宿題も、ピアノの練習も。
「子どものためになること」は、
一つも手を抜きたくなかった。
全部、子どものためだった。
そう信じていた。
でも、思うように育っていないと感じるたびに、
「もっと頑張らせなきゃ。」
そんな焦りが、
いつしかイライラへと変わっていった。
息子は学校で傷つくことがよくあり、
その対応に追われながら、
毎日のルーティンをこなすことに必死だった。
本当は穏やかに過ごしたかった。
怒りたいわけじゃない。
笑っていたかった。
それなのに、私の口から出るのは、
「早くして。」
「なんでできないの。」
そんな言葉ばかりだった。
「中学生になれば少しは手が離れる。」
そんな淡い期待を抱きながら、
今だけ。
今だけ頑張ればいい。
私が我慢すれば、
きっといつか楽になる。
そう信じていた。
でも、その「いつか」は来なかった。
むしろ私は、
人生でいちばん大きな挫折を
味わうことになった。
一生懸命頑張れば報われる。
いつか子どもたちは、
私の想いをわかってくれる。
これまでの人生で、
私はそう信じて生きてきた。
だからこそ、
その常識が音を立てて崩れたときの
絶望は忘れられない。
私は、一生懸命育児を
頑張ってきたつもりだった。
それなのに、
「全部間違っていた。」
そう言われたような気がした。
朝になっても起きてこない子どもたち。
起きても、ソファでぼんやり横になったまま。
家の中には、重たい空気だけが流れていた。
私は、これからどうすればいいのか、
本当に何もわからなくなっていた。
そんなときだった。
藁にもすがる思いで、
夜中に「不登校_本」
と検索していた私の目に、
一冊の本のタイトルが飛び込んできた。
『不登校は子どもからのメッセージ』
なぜかわからない。
でも、その言葉に心をつかまれた。
息子を育てる中で、
私はずっと「育てにくい子」だと感じていた。
伝えたいことが伝わらない。
私の言葉は、
いつも違う形で息子に届いてしまう。
息子は自分を責め、傷つけていた。
どうしたら伝わるんだろう。
どうしたらわかってもらえるんだろう。
そう考え続けるうちに、
「こんなに頑張っているのに、
どうしてわかってくれないの。」
そんな気持ちに変わっていった。
気づけば、
息子をかわいいと思えない日さえあった。
そして、そんな自分を責め続けた。
でも、その本のタイトルを見た瞬間、
胸の奥で何かが動いた。
もしかしたら――
私は、ずっと
大きな勘違いをしてきたのかもしれない。
その夜、私は電子書籍を購入し、
夢中で最後まで読み切った。
読み終えたとき、
そこには息子のことだけではなく、
私自身のことが
書かれているような気がした。
本を閉じたその夜、私は決めた。
「絶対に変わろう。」
でも、決めたからといって
翌日から変われたわけじゃない。
朝起きてこない子どもたち。
食事をいつ食べるのかもわからない。
勉強もしない。
ソファに横になって、
ゲームやYouTubeを見て一日を過ごしている。
そんな姿を見るたびに、
「ゲームを取り上げた方がいいんじゃないか。」
そんな思いが何度も頭をよぎった。
でも、そのたびに私は自分に言い聞かせた。
「この子たちを信じるって決めたんだから。」
それでも苦しかった。
洗濯物を干しているのは私。
ご飯を作っているのも私。
掃除をしているのも私。
ソファでは子どもたちが
寝転がってゲームをしている。
「どうして私だけ。」
その言葉を、
何度飲み込んだかわからない。
昔の私だったら、
きっとこう言っていた。
「いつまでゲームしてるの?」
「いつまでYouTube見てるの?」
「学校へ行っていないんだったら、
その分勉強しなさい。」
ため息をつきながら、
冷たい視線を向けていたと思う。
でも、子どもたちを見ていると、
そうせざるを得ない苦しさがあるように
思えてならなかった。
だから私は、
管理することも、指示することも
やめてみることにした。
何でもいい。
子どもたちが「やりたい」と思うことを、
思いきりやってみよう。
腹をくくった。
すると少しずつ、
子どもたちの表情が変わり始めた。
息子はアニメや映像作品に夢中になり、
やがて音楽制作を始めた。
好きなことが見つかると、
自分から高校進学について考えるようになった。
娘はデジタルイラストに夢中になった。
イラスト教室へ通い、
先生との時間を心から楽しみ、
自分から机に向かうようになった。
私は何も変えていない。
変わったのは、
子どもたちを見つめる私のまなざしだった。
そうして過ごした二年半___
息子は高校受験をし、娘は転校を決めた。
同じ春、
二人はそれぞれ自分の足で学校へ戻っていった。
最初の一年は、
体調を崩したり、
エネルギーが切れて休む日もあった。
それでも私は、
以前ほど不安にならなかった。
もちろん、
「また行けなくなるかもしれない」
という気持ちが消えたわけではない。
それでも、
行く日も、休む日も、自分で決めればいい。
その経験が、この子たちの人生になる。
そう思えるようになっていた。
「ただいま。」
「今日ね、こんなことがあったんだ。」
今日も二人の声がリビングに響く___
私は子どもたちとおやつを食べながら、
その話を笑って聞いている。
数年前の私は、
この景色はもう二度と
戻ってこないと思っていた。
でも今、目の前にはちゃんとある。
あの頃の私は、
子どもの人生は
私が守らなければいけないと思っていた。
でも違った。
子どもには、
最初から自分で歩く力があった。
私に必要だったのは、
その力を信じることだった。
「こどものため」
そう思って握りしめていたものを
少しずつ手放したとき、
子どもたちは、
自分の足で歩き始めた。
そしてきっと、
一番自由になったのは、私なんだ。
