僕の家は「理由は?」から始まる【中学受験への挑戦と自由】
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本人の記録や発言をもとに、家庭としての振り返りをまとめています。
僕の家族は他人から見ると
可哀想とか厳しいと言われたことがある
大げさに褒められないし、ごほうびもない。
父に聞いたことがある
この記事を読むべき3つの理由
1. 子どもの「自立心」を育む、具体的なコミュニケーション術がわかる
2. 中学受験期の「親子の関わり方」のリアルなヒントが得られる
3. 受験生の「本音」と、主体性を尊重する子育ての成果が垣間見える
僕の両親は大げさに褒められないし、ごほうびもない。
父に聞いたことがある
なんで点数とったら好きなもの
買ってくれないの?
父は、僕の好きなお菓子を例に
「ヨックモックを目の前にぶらさげても
ずっとヨックモックが好きだとは限らんでしょ?」
(馬と人参で言ってくれてもわかってるけどね)
そんな話をする家族の話しをします
褒められる前に、『なんでそう思ったの?』
ってよく聞かれた。
すごいね!って言われるには、理由がいる感じ。
褒める理由を自分で出させる家族だったのかと思う。
と、ChatGPTと話してわかった理由を書きます。
【言うことに理由が要るわが家】
僕の家では、何かを買ってほしいと言っても
「いいよ」とすぐに言われた記憶がない。
例えば、低学年の時に初めてベイブレードを
友だちに貸してもらってやったとき、
楽しくて「買ってほしい」って言ったときも、
「なんでそれが必要なの?」と聞かれた
そこで「友達とベイブレードで遊びたいから」
と言うと、やっと成立する、みたいな感じ。
すごく難しく言う必要はないけど、
でも理由は必ず求められた。
【報告するのが前提というルール】
これは塾に入ってからも同じで、
家のルールとして
「必ず自分から報告する」というのがあった。
やらなかった日は、母から
「何か忘れてませんか」と言われる。
それはガミガミ怒られる感じではなくて、
青筋立ててる感じ。
【大げさにしない家族】
周りの子は、テストでいい点を取ると
褒められたんだろうな、
ご褒美を買ってもらっていた。
それがうらやましいなと思ったこともある。
でも僕の家は、ちょっと逆だった。
うちの家族は、よくしゃべるし、よく意見を言う。
でも、感情を強くぶつけたり、
大げさにほめたり怒ったりすることは少ない。
言われなかったことよりも、
その前に言うことを
ルールとしてあったからだと思う
家では、相談というより報告することが日常
まあ難しく言っちゃうとそうなんだけど、
「自分の考えは自分から伝えなさい」
ってよく言われてた。
今も言われているけど。
ブツブツ言っても無視される
中学受験を決めた時言われたルール
中学受験すると決めたときに、家族の中で
「塾のことは自分から話す」
というルールを言われた
というか、姉も同じだったから
ああ、そうゆうことねという感じで知っていた。
点数が良かった日は「満点だった!」と言う。
悪かった日でも「これは2問落とした」と言う。
そのあとに、「なんでミスったのか」
と一緒に話す時間がある。
わからなかった理由がわからないときも、
「今わかってることだけでも出してごらん」
と言われた。
理由がわからず 「もういい💢」と
吐き捨てたことも何度もある
一番、言ってはいけない言葉はうっかりミス
これは延々と話が続くし気が滅入る。
【受け止める側のルールもある】
母は、「今日は調子どうだった?」
とだけ聞いてきた。
点数を先に聞かれることはなかった。
でも、僕が自分から話したときは、
最後まで聞いてくれた。
父は、成績を「良い」「悪い」で決めなかった。
僕が落ち込んでいたら
「どこで時間かけた?」
「ケアレスじゃないなら次はどう防ぐ?」と、
原因を一緒に見てくれた。
姉は、とくに何も言わなかった。
でも、親がいないときに
「こういうときはこう言えばいいよ」
「この言葉は言うとやばい」
みたいな抜け道アドバイスをくれる。
それが安心だった。親の厳しさから
ちょっと逃げられるときもあって、
ラッキーだなと思った。
もちろん、ストレスはあった。
でもあとから人の家の話を聞いて、
「あ、うちはそこまでピリピリしてなかったかもな」
と思うことはある。
当時はあまり意識してなかったけど、
「勉強の相談しやすい家族」
だったことは今になってわかる。
だって、話すときにみんな
こたつでゴロゴロしてたり
ソファにぐたっとしてたり
適当に好きなところにいる
それに、無理なときは「無理」と言えたし、
「なんでそれが必要なの?」
って質問返しもされる。
話すことで、親も確認してくるそ。
でも怒られる感じはしなかったかな。
みんな家でやってるけど
それをルール化されて
紙に書いて貼り出されて
はっきり伝えられてた
ってだけなんだけど、わかるかな。
【自分の考えを出すのが日常だった】
正直言うと、
「もっと褒めてもらってもよくない?」
って思ったことはある。
買ってもらいたいものあるから。
でも、僕の家ではそういう感じはなかった。
それが当たり前だったから、
「これやったよ!」って報告するのも、
いちいち反応を求めるというより、
自分でいつものように言うだけだった。
たとえばニュースの話でも、
「中国が」とか「アメリカが」とか出てくるけど、
「それってただの政策じゃなくて・・・だよね」
みたいな話になる。
エコって本当?みたいな話も
うちの結論としてはパワーゲームだよね。
ああ、そうなんだと言う感じ。
でも、それは求められている答え方ではないから
使わないほうがいいよねって話もする。
単体で見ないで、その周りで
なにが起こってるかみたほうがいいね、とか。
姉は「いやこういう考え方もあるよ」って返してくる。
そういう会話が日常だったから、
「自分の考えを出すこと」に慣れてた。
くだらない話題から真面目な話までする。
【受験でも、自分で決めて動いた】
だから中学受験でも、
「うまくいった」「だめだった」だけじゃなくて、
「なんでそうなったか」「これからどうするか」も
自然に言えた。
たとえば学校見学に行ったとき、
母は「ここいいな」と思ってたらしいけど、
僕はどうしても嫌だった。
理由は、校長先生の話が長かったとか、
トイレが汚かったとか。
くだらないかもしれないけど、僕には超重要。
だから、「なんで嫌か」を説明した。
そしたら母は「しょうがないね」って言ってくれた。
たぶん納得してたわけじゃないけど、
僕の言葉として受け取ってくれた。
じゃあ自分で決めたんだったら、
責任持たなきゃいけないよね
という気持ちにはなってたと思う。
一回「嫌だ」って言った学校を
「やっぱり受けたい」とか言い出すのって、
なんかカッコ悪いじゃん。
それでも母は「やっぱりここどう?」
って何度も言ってきたけどね。
もちろん、ひっくり返ることもある
でも、それも説明したらいいんだよね
【伝えることが前提にある自由】
自由に見えるけど、
自分の意志は自分で伝えることが絶対。
その理由も、自分なりに考えて口にすること
気がついていたときにはルールだったから
当たり前に思えたけど
それが、我が家で当たり前だったことに、
今になって気づく。
ここまでを姉に読んでもらい、
二人で納得したことは
弟だからとか、姉だから
男だから、女だから
受験生だから・・
言われた記憶は一切ない
それが両親の戦術だよねと二人で結論づけた
無条件に褒めてもらえるのは
誕生日ぐらいかもしれない・・・
そして、Switchはどんな理由でも
許可してもらえなかった事実はある。
そこは声を大にして文句を言いたい。
おわり
Keigo

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Switchは娯楽にしか繋がらない理由でした。だからNGです。
なぜ新しい娯楽が必要なのか納得させてください。
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