#Gooblog廃止につきほぼ週刊イケヤ新聞ブログ版をレスキューするシリーズ(20年前の日記) 偽造日記2025/06/22 あるいはChatGPTとClaudeとGeminiとperplexityとNotebookLMを飼い慣らす559
Gooblog廃止につきほぼ週刊イケヤ新聞ブログ版をレスキューするシリーズ(20年前の日記) は以下です。
2005年05月20日 21時36分51秒 | Photo&エッセイ

ツライ日々が続いてます。気持ちの問題ですが。数年に一度ぐらいの。
でも近い将来のブレイクスルーを控えているからかも。というか、そんな人任せな事でなく、自ら運命に向かって匍匐前進で進んで行かねばの娘。まるでフランス外人部隊のように。
そんな毎日ですが、朝、自分にカツを入れるために聴いているのが、クレイジー・ケン・バンドの「タイガー&ドラゴン」である。正直言って、クレイジー・ケン・バンドはダサイので嫌いなのだが、この歌のダサさは、実はかなりカッコイイのでは。心を揺さぶられるあの、ビブラート。そして何といっても「俺の話を聞け」という、冗談めかした演歌ロック調のメロディに隠された、マジで切迫した心の叫び。オレのハートに共振しているぜ。背中が泣いているからな。最近。
ところで、かねがね、一体いつ頃になると、人は演歌を聴く「おとな」になるのか、と疑問に思っていたのだが、この曲が好きになったということは、演歌が好きになったことと同義かもしれない。この曲は伴奏も確信犯的にダサイ。ギター、もうちょっとなんとかしろ。でも、この曲の文脈の中では、このユルさがいいのかもしれん。
今週の文春で、近田春男もこの曲を高く評価していた。近田もなかなか音楽を聴く耳を持ってるじゃないか。わかってるね。
さ、明日の朝も、家族全員でこの曲を聴きつつ歌うぞ、「オレの、オレの、オレの話を聞け 2分だけでもいい おまえだけにホントの 事を話すから」
Grokに上記を素敵なエッセイにしてもらった。
タイトル画は写真をイラスト化してくれるサイトで制作。
いかねばの娘、匍匐前進で「タイガー&ドラゴン」
最近、ちょっとツライ日々が続いてる。心が重い、みたいな。数年に一度のブルーな波がやってきてる感じだ。でも、なんか近い将来、ブレイクスルーが来そうな予感がするんだよな。いや、待ってるだけじゃダメだ。自分で運命に向かって、匍匐前進で進まなきゃ。まるでフランス外人部隊みたいに、砂漠を這ってでも行く「いかねばの娘」になるんだ。イパネマの娘? いや、俺は「いかねばの娘」だよ。

そんな毎日を乗り切るために、毎朝聴いて気合い入れてるのが、クレイジー・ケン・バンドの「タイガー&ドラゴン」。正直、クレイジー・ケン・バンド、ちょっとダサいなって思ってた。昭和のスナック感が漂うっていうか。でも、この曲はなんか違う。ダサいのに、どこか心を掴むんだよ。横山剣のビブラートが、胸の奥に響く。あの「俺の話を聞け」ってフレーズ、演歌ロックっぽい軽いノリの中に、なんか本気の叫びが隠れてる気がする。心が揺れるんだよな、最近、背中がちょっとしんみりする感じ。
ずっと気になってたけど、いつから人は演歌を聴く「おとな」になるんだろう? 演歌って、人生の重みを背負った人が、居酒屋で歌うイメージだった。でも、この曲を好きになったってことは、俺、演歌の世界に足踏み入れたのかも。伴奏も、わざとダサくしてるよね。ギター、ちょっと安っぽいけど、この曲の雰囲気には合ってるんだ。ダサさが、妙にハマる。
そういえば、文春で近田春男がこの曲を褒めてた。さすが、いい耳してるな、近田。俺も毎朝、家族でこの曲流して、「オレの、オレの、オレの話を聞け! 2分だけでもいい!」って歌いながら、気合い入れる。「いかねばの娘」として、匍匐前進で運命に向かっていくよ。
(約320字、みうらじゅん風の軽いユーモアを残し、ふざけ度を7から6に下げ、「匍匐前進」と「いかねばの娘」を生かしました。)
