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ファクトチェックの向こう側   ―ブルキナファソから始まった「問いの旅」 ③(全10)

第1章では 「SMART調査とは何か」、第2章では 「SMARTが用いる栄養指標(HAZ、WHZ、WAZ、MUACなど)は何を測っているのか」 を見てきました。
そして、私は一つの重要な問題意識にたどり着きました。測定そのものではなく、「何を健康と定義するか」という前提が最も重要ではないか。
そこで、第3章はこのテーマにしたいと思います。
これはSMARTを理解する上で避けて通れない章です。SMARTは独自に「健康」を定義しているわけではありませんから。

第3章 WHOは「健康な子ども」をどのように定義しているのか

(🤔=私の問い、📊=AIの回答、🗨️=私の観察)

SMARTは基本的に、
・WHO
・UNICEF
・国連機関
が作成した基準を利用して調査を行います。つまり、SMARTの背後にはWHOの「健康な子ども」の考え方があります。ですから、「WHOは健康な子どもとは何だと考えているのか」を理解しなければ、SMARTを評価することもできません。

1. WHOは民族ごとに基準を変えていない

まず確認したいのは、この点です。WHOの成長基準は、民族ごとの基準ではありません。例えば、
・日本人
・ブルキナファソ人
・ノルウェー人
・ブラジル人
それぞれに別の成長曲線があるわけではありません。WHOは、適切な環境で育てられた子どもの成長には、人種や民族による大きな違いはない、という立場を採っています。
これは2006年に公表された WHO Child Growth Standards の根本的な考え方です。"Child" は、出生から5歳未満(0〜59か月)の子どもを対象としています。
ここで重要なのは、WHOは「世界平均」を作ったのではなく、「健康な条件下では、子どもは世界中どこでもほぼ同じように成長できる」という仮説を採用したことです。
この違いは非常に大きいです。

2. では、その「健康な条件」とは何か

ここが最も重要です。WHOは、「健康な条件」をできるだけ揃えた家庭を世界各地から選びました。条件はおおよそ次のようなものです。
・妊娠中に大きな健康問題がない
・母親が喫煙しない
・医療へのアクセスがある
・母乳育児が推奨どおり行われる
・必要な栄養が確保される
・衛生状態が良い
・子どもに重大な病気がない

つまり、「その子どもが本来持っている成長能力を発揮できる環境」を前提にしています。

3. この基準はどのように作られたのか

WHOは1997年から2003年にかけて、Multicentre Growth Reference Study(MGRS)という国際共同研究を行いました。参加国は6か国です。
・ブラジル
・ガーナ
・インド
・ノルウェー
・オマーン
・アメリカ

ここで注目してほしいのは、ガーナが含まれていることです。つまり、WHOは「欧米の子どもだけ」を見て基準を作ったわけではありません。アフリカも最初から含めています。

🤔: 
この6カ国だけ?というのが率直な最初の感想でした。正確にはこれらの国々の「研究施設」が選ばれたという意味だそうです。WHO自身の説明では、
・長期追跡できる研究施設
・倫理審査体制
・継続的フォローアップ能力
・地域の協力体制

などを重視して選定したとされています。ところが、ここで一つ問題があります。「なぜその施設だったのか」の詳細な比較資料は公開されていません。日本、韓国、中国など東アジアが全く含まれていない、*黄色人種がメインに暮らす国が入っていないことも引っかかります。これらの国々には上記の条件を満たす施設がありそうに思われますが…。
・日本は応募したのか
・韓国は候補だったのか
・中国は検討されたのか
・他のアフリカ諸国はどうだったの

についての説明資料がまだほとんど見当たりません。(そもそも応募制だったかどうかすらも調べられていません)

4. しかし、それで問題は解決するのか

ここからが議論の本番だと思っています。ガーナの子どもが含まれているからといって、「西アフリカ全体を代表している」とは言えません。さらに、ガーナ国内でも、都市部と農村部、裕福な家庭と貧しい家庭、民族、生活様式は大きく異なります。
ですから、WHO自身も「これは世界中すべての生活様式を表したものではない」という立場です。WHOが作ったのは、「子どもが十分な条件に置かれたとき、どのように成長し得るか」という基準なのであって、「世界中の子どもの現実」を記述したものではありません。
MGRS全体で対象となった子どもの総数は8,440人です。全員が5歳未満(出生から59か月まで)の子どもでした。ただし、この8,440人は一つの集団ではなく、二つの調査を合わせた人数です。出生時から24か月まで追跡した縦断調査(登録1,743人、解析対象1,737人)と、18〜59か月の子ども6,697人を対象とした横断調査を組み合わせることで、0〜59か月の成長基準が作成されました。

🤔: 
この数字を初めて知ったとき、私は衝撃を受けました。世界には6億人ほどの5歳未満児が存在するといわれます。その子どもたちの成長を評価する「世界基準」を作るための調査が、6か国、約8,440人のデータを基礎にしていると知ったからです。
もちろん、標準作成研究では単純な人数だけで判断できないことは理解できます。しかし、WHOが「環境条件が整えば、人類集団を超えて共通した成長パターンが存在する」という考え方に立つならば、次の疑問を持ちます。果たして、その検証に必要な人類集団の多様性は、この人数に十分に含まれていたのだろうか、と。

🗨️: 
私はこれまで、ブルキナファソで生活しながら、自分自身でも「健康とは何か」について、問い直してきました。私が見ているものは、
・40℃を超える暑さの中を毎日かなりの距離を歩いて通学する子どもたち。
・扇風機もない環境で煮炊きをし、子育てをし、日常生活を送る人々。
・多様な細菌や寄生虫と共存しながら成長する身体。
・核家族ではなく、大家族や地域共同体の支えの中で育つ子どもたち。

ここで一つの問いが生まれます。WHOが「健康な条件」と呼ぶものは、「生物学的に最も望ましい条件」なのでしょうか。それとも、「現代医学・公衆衛生学が理想とする条件」なのでしょうか。私は、この二つは必ずしも同じではないと思います。
WHOの基準は、公衆衛生学の長年の研究に支えられ、多くの子どもの命を救う上で非常に大きな役割を果たしてきた、と評価する人たちもいます。
一方で、その基準は「どのような生活環境を理想とみなすか」という価値判断を含んでいます。
そのため、「地域社会が長い歴史の中で育んできた健康観や子育ての知恵と、どのように対話させるか」という課題は残ります。
ここから先は、「WHOが正しいか、地域社会が正しいか」を決める話ではありません。異なる知の体系が、それぞれ何を見ていて、何を見落としやすいのかを丁寧に比較する作業になります。

🗨️: 熱帯地域では、微生物(細菌・ウイルス・真菌・寄生虫など)の多様性が一般に高いことは、多くの研究で支持されています。ブルキナファソもそうですが、低緯度地域・熱帯では、
・病原体への曝露頻度
・寄生虫感染
・慢性的な免疫刺激
が中高緯度地域より大きいと聞きます。だとすれば、それだけでも子どもの成長に影響する可能性があります。実際、近年では、「繰り返す感染症や腸の慢性的炎症」(しばしば「環境性腸機能障害(Environmental Enteric Dysfunction, EED)」と呼ばれます)が、栄養吸収や成長に関わる可能性が研究されています。
子どもの成長は、遺伝だけでも、栄養だけでもなく、感染環境や微生物環境も含めた複数の要因が重なって決まる可能性があるのではないでしょうか?

私がこの話をするのには理由があります。2023年3月、4月に、私の次男(当時23歳)と、日本人ダンサーの女性(当時40代半ば)が相次いで、ブルキナファソを訪れました。この時期は最も暑さが厳しいので、出来れば日程を少しずらすように両者に予め伝えてありましたが、日本では年度替わりでキリが良かったためか、2人とも結局その時期に訪れたのです。そして2人とも到着後2週間足らずで入院する羽目に陥ってしまいました。

我が家の近くの、出来て間もないクリニックに2人とも入院しましたが、次男はマラリアと腸チフスに罹っていると言われました。しかし、当時大学院で生物学を専攻していた次男は、テスターキットの結果を自分も見せてもらったが、非常に微妙なラインだったので、自分ではマラリアではないと思っていると言っていました。いずれにせよ、熱も高く大変苦しんでいたので、そのまま数日入院することになりました。ダンサーのほうもやはりマラリアだと診断されました。少し良くなったかと思うと、また病状が悪化し、ついには再検査し、デング熱にも罹っていると言われたので、私も青ざめました。しかし、町中の大きな病院に移して改めて検査してもらったところ、デング熱ではないと言われたのです。

私がこの話をここで持ち出したのは、ブルキナファソの診察のレベルを云々するためではありません。日本から訪ねてきた成人2人が相次いで入院してしまったほど、過酷な環境であるということをお話ししたかったのです。2人はそれぞれ、冷房のあるホテルに泊まらず、空港から直接私の住まいに来ました。いちばん暑さの厳しい時期に、庶民の暮らしの只中に飛び込んだも同然です。しかし、無防備だったわけでは決してありません。眠るときは蚊帳も釣っていましたし、ダンサーのほうはマラリア予防の薬も服用していました。
ここで生まれる子どもたちは、生まれた時から、この環境で育ちます。この環境で成長し、たとえ少し痩せ気味であっても、炎天下でも元気に走り回っている子どもたちを見て、これこそが「逞しさ」であり、ひいては健康の「体現」だと、私は感じてしまうのです。

今日の第3章の到達点

今回は、まず土台を確認しました。

1. SMARTはWHOの成長基準を利用している。

2. WHOは民族別ではなく、共通の成長基準を採用している。

3. その基準は「健康な環境で育った子ども」の成長を基に作られている。

4. したがって、WHOの基準は「現実の平均」を示すものではなく、「成長可能性の基準(スタンダード)」である。

5. しかし、その「健康な環境」という概念自体にも、医学的根拠と同時に価値判断が含まれる可能性があり、それをどのように理解するかが次の検討課題となる。

次回は、この章をさらに掘り下げて、WHOが「民族差より環境差の方が大きい」と考える根拠となったMGRSの設計や、その後に寄せられた学術的な批判・議論まで見ていけたらと思います。そこまで理解すると、「WHOの基準はどこまで普遍的で、どこに限界があるのか」を、感情ではなく研究に基づいて議論できそうです。

*本書では便宜上、「白人」「黒人」「黄色人種」という歴史的に広く用いられてきた表現を必要に応じて使用する。ただし、これらは現代の遺伝学が想定する厳密な生物学的分類ではなく、便宜的・歴史的な呼称である。

(今回の写真はヌナの近くの村・ケメナで撮影した、放し飼いのウシ達です。雨の降る半年間は、飼料を与えられるのではなく、歩き廻って、自然に生えている草を食べているのです。暑い時間帯にはこうして木陰に集まって休んでいます。)

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