9章㉗シアトル暮らしとMOMの死
2014年夏、DAVIDが大好きな
MOMが亡くなった。
私とDAVIDの出逢いを心から
喜んでくれ、日本人女性と20
代に離婚してからずっと独身
だった中間子の息子が、やっ
と日本人妻の私と新しい生活
を歩み出すのを見届け、安心
して逝く事が出来たのではな
いだろうか?

ほんの短い間しかMOMと一緒
に過ごせなかったが、とても
オープンでストレートな表現
をするココロ優しい方で、愛
情いっぱいの女性だった。
私は訃報を聞いた時、日本の友
人宅にいたがMOMの葬儀に合
わせて急いで、また静岡からシ
アトルへ直行した。
DAVIDはDADとMOMの家でケア
テイカーをしつつ私と出逢う前、
3年も一緒に介護しながら暮らし
ていたのと、幼少期からMOMと
はとても深い繋がりを感じてい
たので、母の死のショックが半
端なかった。
MOMとDADと家族の様におつ
き合いのある、教会繋がりの方
達が多く参列してくれ、優しい
言葉やお悔やみの想いを伝えて
くれ、DAVIDはずっと穏やかな
表情をしていたが、ココロに空
いた大きな喪失の穴と悲しみは
とてつもなく深かった。
普段感情を表に出さない、冷静
で寡黙なDAVIDのDADがツツ〜
ッと頬に涙を伝わらせながら、
半世紀以上も共に暮らしたパー
トナーのMOMとの、悲しい最
期のお別れのセレモニーに向き
合っていた。

MOMが最期まで腕にしてた日
本製の時計を、DADが私に形見
としてくれたのにはとても驚い
た。
私はDAVIDのDADと彼の兄弟家
族と一緒に、埋葬するMOMの
棺を前に、大好きな中島みゆき
の「時代」を泣きながら一生懸
命歌った。
日本がとても大好きで何度も訪
れたMOMは、きっと近くで聞
いてくれていたと信じている。
DAVIDとの暮らしは、あまり小
さな事は私はあまり気にならな
かった。
日本食が好きでヘルシー志向の
DAVIDは私の作る、養生園っぽ
い玄米菜食を、いつも大喜びしな
がらパクパク食べてくれ、たまに
彼の好きなお魚料理も楽しんだ。

家事にも協力的で、キレイ好き
なDAVIDは私より細かいホテル
並みの仕上がりの、丁寧なお掃
除が大の得意でとても助かる。
シアトルの街は綺麗で、道行く
人・すれ違う人はフレンドリー
で様々な人種が多いので、多様
性に富みとてもオープンな感じ。
私には日本よりシアトルは、と
ても暮らしやすく感じられた。
冬の4か月、シアトルは雨期に
なるが、誰も傘を差さずフード
でOKなのが普通のシアトルっ子。
雨でもカッパを着て、平気で雨
でも普通に外出するシアトルの
冬に私もすぐ慣れた。

夏の蚊が凄く苦手な私は、シア
トルの夏は北海道の様に涼しく
快適。
過ごしやすいシアトルの街は、
おシャレで自然もとても豊かで
蚊がいない心地良い夏がとにかく
最高で気に入った。
私はDAVIDが生まれ育ったシア
トルが、一緒に暮らす内にドン
ドン大好きになった。
私はお料理が好きなので、毎日
DAVIDの喜ぶ顔を思い浮かべな
がら楽しく家事をして、新婚生
活の主婦業を満喫した。
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