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スリランカと日本とを結ぶ唯一無二の存在に|シンハラ語オンラインスクールserendip代表 関根静夏さんの挑戦

インド洋に浮かぶ南アジアの島国、スリランカ。多民族国家のスリランカにおいて、人口の7割を占めるのが主に仏教を信仰するシンハラ人です。彼らの話す「シンハラ語」は、タミル語とともにスリランカの公用語となっています。

言語を通じて、大好きなスリランカと日本とをつなぐ架け橋になりたい――シンハラ語オンラインスクールserendip(セレンディップ)代表の関根静夏さんは、10年間行政保健師として働いてきたという異色の経歴の持ち主です。公務員を退職し、自分らしい国際貢献のあり方を見つけたその歩みと、貫いてきた信念について話を伺いました。

シンハラ語オンラインスクール serendip 代表 関根 静夏さん

人の役に立つ喜びが原点。保健師としてのキャリアスタート

埼玉県のほぼ中央に位置する、比企郡川島町で育った関根さんは、昔から「人の役に立ちたい」という思いがとても強い子どもでした。中学の頃には、地域でデイサービスの運営を行う社会福祉協議会に、ボランティアをさせてもらえないか一人で訪問にいくほどだったといいます。

中学生の頃から、ボランティア活動に強い関心があった


その後も、行政とともに地域の子どもたちを育成する活動に携わり続け、気が付けば町役場には多くの知り合いができていたそうです。

「やってみたい」と心の赴くまま動いた結果、誰かを幸せにできたときの喜びが忘れられず、大学では看護師と保健師、養護教諭の資格を取得。卒業後は迷うことなく川島町役場に保健師として入庁しました。

看護学生時代(左)

本当の幸せとは?健康を守るプロとしての誇りと葛藤

保健師の仕事は、いわば公衆衛生のエキスパート。健康相談や健診の実施はもちろんのこと、育児や介護など、家族の問題にも寄り添います。誇りを持って仕事と向き合う日々でしたが、3年が経った頃、心にある変化が生じました。


「自分のやっていることが、本当に住民の幸せにつながっているのか分からなくなってしまいました。例えば、健康のためといって、タバコや甘いものをやめるよう指導することがあります。数値上は健康になるのかもしれませんが、それで本人が幸せかといったら、そうとは限らないような気がして……」

仕事を極めようとすればするほど、自分が大切にしたい考えとの間に矛盾が生じていきます。

「住民の幸せを実現したくてこの仕事を選んだのに、いつの間にか健康的な行動を押し付けているだけのような気がしていました。このモヤモヤは、視野の狭さからきているのかもしれない。もしそうだとしたら、全く違う環境に行って価値観を変える必要があると考えました。もっと広い世界を知れば、気持ちも考え方も変わるかも――そんな思いが日に日に強くなりました」

数年悩んだ末、関根さんはついにJICA海外協力隊に挑戦する決意を固めます。私生活では既に結婚もした27歳の時でした。

JICA海外協力隊に挑戦。合格後はシンハラ語漬けの日々

新たな挑戦に向けて動き出した関根さんでしたが、「過去に前例がない」という理由から、職場との調整も一筋縄にはいきませんでした。挑戦を決意して約2年。JICAが求める試験に全て合格し、赴任地のスリランカに派遣されたとき、関根さんは29歳になっていました。

「(スリランカの公用語である)シンハラ語は、派遣前の訓練生活の中で勉強します。70日の間で、全くのゼロからある程度話せる状態に持っていくのがJICAのシステム。朝から晩までシンハラ語漬けの日々だったので、本当に必死でした」

スリランカ人講師のもと、未知の言語を集中的に学ぶ経験は、その後の関根さんにとって大きな糧となりました。

現地の医療従事者らとともに健診を行う様子

「現地に根付く支援」を。スリランカの人々に見せ続けた保健師の背中

関根さんがスリランカに派遣された2017年、現地では近く保健師制度が始まるというタイミングでした。関根さんに課せられたミッションは、「ヘルスセンター」の普及です。健診や保健指導を行うための施設でしたが、いざ現地に行ってみると、施設はほぼ機能していない状態。文化の違いからくる衝突も日常茶飯事で、「もう一通りのケンカはやりました」と、関根さんは当時を笑って振り返ります。

「スリランカの人たちって、今一番大切なもの、例えば家族や自分の幸せというものを決して見失いません。でも今しか見ていないから、少し先の未来を予測するのがとても苦手。何時間待っても約束の時間に来ない、すぐバレるような嘘をつくなんてこともしょっちゅうでした」

関根さんは、彼らの国民性を「今を大切に生きている人々」と表現します。

「私が一番気をつけていたのは、その場限りの働き手、いわば『コマ』にならないということです。一要員として働いてしまうと、私がいなくなったら何も残らない。そうではなくて、この先も働いていく人たちに、何かを残せるような関わり方がしたいと思っていました」

現地の妊婦たちに向けた健康教室

▲現地の小学校でおやつに含まれる砂糖の量について話す様子。自分が楽しく授業する様子を、現地の教師に見せることに意味があると考えていた。

正しいと思う保健指導のやり方を、一方的に現地に押し付けても、人々の幸せにはつながりません。やり方を教え込むのではなく、自分の姿を見て主体的に方法を選び取ってもらいたいという関根さんの思いは、徐々に実を結んでいきます。

「ある日健康教室の場で、これまでただ漫然と講義内容を話すだけだった看護師や助産師が、私の使っていた資料を住民に見せながら話し始めたんです。『本人が自分で選んで変わる』という行動変容の形でした。そこがとても印象的で、嬉しかったですね」

誰かの行動を変えることの難しさを理解しているからこその喜び。保健師としてのやりがいを噛みしめた瞬間でした。

現地の食文化に合わせて栄養指導を行う

保健師の仕事とどう向き合っていくか。スリランカで見つけた一つの答え

着任から1年。その後の人生を大きく変える出来事がありました。ちょうどスリランカを訪れていた日本の厚生労働省の関係者と、現地で直接話をする機会があったのです。

「バリバリのキャリアウーマンの方で、すごくかっこよかったんです。日本の特定健診・特定保健指導(生活習慣病の予防を目的とした健診と、その結果に応じた保健指導)の制度を作ったチームのメンバーで、まさに保健師の仕事の根幹ともいえる話が聞けました。でも私はそこで、国が目指すビジョンや理想に、1ミリも賛同できないことに気がついたんです」

国が目指すところは突き詰めると医療費の削減がメイン。当然、病気の予防を重視しています。

「公衆衛生というのは、個人の健康とともに、国や地域全体で健康を捉えるので、どうしても全体の利益に焦点が当たります。個人が『こう生きたい』と思っても、それが病気の原因となり全体の医療費を上げるのであれば、その行動を変えさせようとする。でも私は『今を幸せに生きたい』という個人の思いにも目を向けたかった。極端な話、本人が納得しているのなら、私はタバコだって吸っていいと思うタイプ。でもそのような考えは、行政の現場では通用しません」

関根さんはこの時、長年の迷いに対して一つの答えを出します。

「この仕事に100%の熱量を入れることができないのなら、それはもう自分のやるべきことではない」

任期が終了したら保健師をやめ、日本でシンハラ語スクールを立ち上げようという決意を固めた瞬間でした。関根さんはそれ以降、日中は変わらず全力で仕事と向き合い、夜は机に向かってシンハラ語の教材作りに没頭するようになりました。

スリランカとの突然の別れ。「平和な明日」は当たり前ではなかった

新たな目標も定まり、穏やかな日々を送っていた2019年4月21日、予想だにしない事件が起こります。スリランカで連続爆破テロ事件が発生したのです。

「前日まで本当に普通に生活していました。でも一瞬でそれが崩れるというのを目の当たりにしたんです。平和って当たり前ではないんですね。明日もまた、みんなとケンカしながら活動するんだろう、そう思っていたのに突然、帰国命令が出される形となりました」

あまりに唐突な出来事に悲しみを覚えつつも、関根さんは比較的冷静に帰国を受け止めたといいます。「これ以上ないほど毎日やり切っていたので、いっさい後悔はありませんでした。これもまた運命だなと」

帰国後、保健師として勤めていた町役場には年度末で退職する意向を伝え、事業立ち上げに向けた準備を進めました。もちろん経営については全くの素人。他の言語スクールの経営者に連絡を取ったり、創業セミナーに参加したりして、日々勉強を重ねました。

日本でシンハラ語を学べるオンラインスクール「serendip」を開業

そして2020年4月、ついにシンハラ語スクール「serendip(セレンディップ)」をスタートさせます。スクール名は、スリランカを舞台にした童話が語源の、serendipity(=偶然の幸運や発見)から名付けました。最大の特長は、関根さんが生徒全員の学習動機や進度を把握し、日本語の堪能なスリランカ人講師らがオンラインでマンツーマンレッスンを行うこと。LINEを使い、生徒がいつでも質問できる仕組みも整備しました。

「受講生で最も多いのは、パートナーがスリランカ人という人たちです。最近では、旅行や仕事を理由に受講する人も増えました」

日本語との違いを理解した講師陣が教えるため、生徒からは「実際に使えるシンハラ語が身につく」と好評です。2023年には国内初の「シンハラ検定Ⓡ」を開始、学習進度を客観的に測れる体制を整えました。

「スクールでは、私も講師として全員の生徒と関わって指導しているため、定員に空きがない場合は入会をお断りする場合もあります。ただ、学ぶ場を提供したくて始めた事業なので、スクールの場に限定せず、その機会を届ける方法は考えていきたいです」

学びたい人たちの思いに応えるため、現在関根さんは、東京都立大学でも講座を持つほか、スリランカ情報を発信するYouTubeチャンネルへのゲスト出演も続けています。

▲YouTube「スリランカTV うっちゃんねる」。ここでシンハラ語のミニレッスンを発信している。

日本とスリランカの架け橋になりたい。自分だからこそできる社会貢献

行政保健師、JICA海外協力隊員、語学スクール講師兼経営者と、関根さんの肩書は大きく変化してきました。しかし、そのすべての根底にあるのは「今の自分が、一番人の役に立てる存在になる」という強い意志です。

「スリランカと日本をつなぐ手段は、通訳にガイドと色々ありますが、日本でシンハラ語を学ぶ場を提供することは私にしかできません。今はスクールを継続させ、一人でも多くの日本人がスリランカの人とつながり合えるようにしたいです」と、その信念は常に明快です。

関根さん(中央)と、スリランカ人講師たち

「保健師からシンハラ語講師への転身は、一見すると大きなキャリアチェンジのようですが、私の中で軸はぶれていないつもりです。今の自分が一番社会の役に立てる存在でいたいという思いは全く変わっていません。結局、何がしたいかではなく、どう在りたいか。私は、“在り方”の部分がぶれなければ、手段や状況が変わっても、目標を見失わずに歩み続けることができると考えています」

シンハラ語を学ぼうと、関根さんの元を訪れる生徒の背景にあるのは、それぞれが愛するスリランカの人々です。生徒たちの学びの先にあるのは、国境を越えた心と心の絆にほかなりません。「大好きなスリランカと日本とをつなぐ架け橋になる」という思いを形にするため、関根さんはこれからも、シンハラ語が織りなす“セレンディピティ”――偶然の幸せを、社会に提供し続けていきます。



▼関根さんのInstagram、ブログ、serendipのHPはこちらから

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