「テクノ封建制度」ー1 ヤニス・バルファキス著を読みながら
私の備忘録のために記録しているが1/3ほど読んだところで膨大なボリュームになることに気づき一旦公開することにした。レイアウトまで手が回らなかったのでいつものように雑然としたメモである。おそらくあと二回公開することになろう。
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著者の父から彼は多くを教わったが、中でも父は光が粒子でもあり波動でもあることから、物事には二面性があることを確信し、それを息子である著者に伝授したのだ。
そこで著者は考えた。テクノロジーは解放者であると同時に奴隷の支配者にもなりうる。
また、資本主義に関しても労働が「商品労働」(賃金によって買うことができる労働時間)と「経験労働」(労働者が仕事に注ぎ込む努力や情熱や直観)に分かれている。
そして、資本もモノ(商品資本)であり、自分の道具(モノ)をあなたに使用させることと引き換えに、あなたになにかをさせる力、例えば資本家のために働かせる力を手に入れる。それは権力(権力資本)であるという具合に二面性をはらんでいる。
19世紀以来、左翼は人間の解放のために闘ってきた。ならば、なぜ今の世の中で、「リバタリアンのマルクス主義者」という言葉が冗談のように聞こえる状況に陥ってしまったのか?
その答えは、20世紀のどこかで左翼が自由を他のものに置き換えてしまったことにある。東側では、抑圧からの解放が全体主義的な平等主義にすり替えられた。西側の左翼は自由を敵側に譲り渡し、曖昧に定義された公平性の概念と引き換えに捨ててしまった。人々が二者択一…自由か公平性か、不正のある民主主義か国家が押しつける惨めな平等主義か…を迫られたその瞬間に、左翼の負けは決まったようなものだった。
1991年のクリスマスの休暇に、(ニュースで流れた)ソ連のクレムリンの屋根から赤い国旗が引き降ろされた光景に私たち三人(父、母、私)は自分たちの側が負けたことを認めていた。資本主義が非効率であるゆえによこしまであり、自由に反しているからこそ不正義であり、非合理的だから混沌としているという確固たる信念を私たちがすでに失ってしまった以上、避けがたい敗北だった。
✳日本ではリーマン・ショック後には、企業は労働者に賃下げか首切りかを迫ったということです。
資本主義の変容(メタモルフォーゼ)
それは1960年代、資本主義は、かつて価格のなかったものに価格をつけるという容赦ない取り組みとして始まった。価格がなかったものとは共有地であり、労働力であり、以前なら家族が自分たちで使うために生み出していたものすべて…パンや自家製ワインやウールの上着や、さまざまな道具といったもの…だ。(中略)つまり、資本主義は経験価値を根こそぎ交換価値に従属させる方法を編み出したのだった。
✳日本でもここ数年みんなの憩いの場であった公園が私企業に払い下げられ商業施設となっている。
質素倹約は時代遅れになり、「巨大企業にとってよいことはアメリカにとってよいことだ」という謳い文句へと置き換わった。
1929年の恐慌の後「怒りの葡萄」にも描かれたように、貧困層の鬱積が社会に充満し、広がっていった。その大恐慌を終わらせたのがルーズベルト大統領のニューディール政策だったのか、戦争だったのかはさておき、確かなことがひとつある。ニューディール政策はグローバル資本主義を根本から変えた。ニューディール政策による公共事業や社会福祉プログラム、そしてなにより公的資金注入の仕組みと銀行の抜け道に対する厳しい規制が相まって、戦時経済の予行演習が完璧に実行された。
誇張ではなく、アメリカの資本主義はソ連の計画経済の原則によって運用された。ただし注目すべき例外は、ネットワーク化された工場が巨大企業の私有財産のままだったことだ。
戦時経済という実験は、完璧な成功に終わった。生産量は五年足らずで四倍にも増加した。
しかし、暖炉の火の中で鉄が姿を変えたように、戦火の中でアメリカの資本主義は分子レベルでの変貌を遂げていた。戦争が終わる頃には、アメリカの資本主義は原形をとどめないほどに変わっていたのだ。企業と政府は、分かちがたく強く結びついた。→回転扉
こうしてトップに立った者たちにとって、その価値観と優先順位は突き詰めるとひとつ。物質についてもテクノロジーについても無限の需要を生み出す戦争が終わった今、複合大企業(コングロマリット)の存続と成長が彼らの最優先事項だったのだ。
政府が売り上げと価格を保証しなくなった今、拡大した製造設備を使って生産するはずだった銃弾やマシンガンや火炎放射器の代わりに、大量のチョコバーや自動車や洗濯機を気前よく買ってくれる消費者をどこで見つけたらいいのか?
そして今度はドン・ドレイバー(『マッドマン』というテレビ番組の広告代理店の人)の助けを借りて、企業が必要とする欲望を作り出せるようになったのだ。
孔雀が羽を広げる動作も、ローマ皇帝の凱旋行進も、現代のファッション業界のやり方も、他者の関心を引きつけようとする競争は、生殖行動と同じくらい古くから存在した。だが、関心争奪の手法が商品化されたのは二十世紀になってからだ。
労働の二面性は、スペクタクルの二面性と結びついたのだ。スペクタクルとしてのテレビ番組は、交換価値はないが経験価値の大きい文化的商品だ。その一方で、獲得された視聴者の関心は大きな交換価値を持つが、そこに経験価値はない。
それはもうひとつの歴史的な転換でもあった。1960年代初頭までに、利潤を生み出すヒット商品とは、市場において進化論的生存競争に勝ち残ったものではなくなっていた。テクノストラクチャーの高層ビルのオフィスでドレイバーとコングロマリットの経営陣が作り上げた流行りものが、アメリカ中の家庭を飾っていったのである。
テクノストラクチャーの台頭はアメリカの資本主義を「分散型の市場社会」から「市場もある中央集権型の経済」へと変貌させてしまった。その姿は、ソ連の計画者たちが長いあいだ願っていても果たせなかった夢そのものだった。
ところで、戦時中にアメリカの工業生産力があまりにも増大したため、戦後は海外市場を発掘する必要があった。
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ブレトンウッズ体制とは、1944年にドルを基軸通貨にすることを合議し(中略)その目的は、戦後に再び大恐慌を起こさないことだった。
つまり、ブレトンウッズ体制は大胆な金融プロジェクトだった。日欧の通貨と米ドルの交換比率を固定することで、欧州通貨と円を「ドル化」するというものだ。つまりこれは米ドルを基軸とするグローバルな通貨同盟だった。
この夢のような設計、つまりアメリカのテクノストラクチャーのイメージに基づいてヨーロッパと日本を再構築するというアメリカのグローバル計画が、資本主義の黄金時代をもたらした。戦争終結から1971年まで、日米欧ともに失業率は低く、インフレは抑制され、経済成長は力強く、格差は見違えるほど縮まった。ニューディール派はやるべき仕事をほとんど終えた。しかも、それは手強い共和党の重鎮をも唸らせるほどの手腕だった。
あの時代のアメリカの覇権は、全能の通貨としてのドル頼みだったと言って差し支えないだろう。
ただし、この体制はひとつの決定的な要因に支えられていた。ブレトンウッズ体制が保証する交換レートでみんながドルを欲しがるように保つには、アメリカが貿易黒字を維持する必要があった。
それはテクノストラクチャーがアメリカ産業を支え、経済成長を維持するために巨大な新市場を確保する方法だったのだ。
なぜなら、連邦準備制度が発行してヨーロッパ人や日本人に(貸付や援助という形で)渡していたドルは、最終的にアメリカ製品を購入した代金としてアメリカに戻ってくるからだ。
三つの出来事によって貿易黒字が失われ、アメリカは慢性的な赤字に陥った。
まずベトナム戦争が激化した。
次に、リンドン・ジョンソン大統領は徴兵がアメリカ労働者階級、特にアフリカ系アメリカ人コミュニティへ及ぼした悪影響を償おうとした。
その結果貧困は激減したものの、一度に大量のヨーロッパ製品や日本製品がアメリカに流れ込んだ。
ついには日本とドイツの製造業が質量ともにアメリカを追い抜いた。
遅ればせながら現実を受け入れたアメリカは、自分たちが生み出した天才的な体制をあっさりと捨てた。
1971年8月15日、ニクソン大統領がヨーロッパと日本をドル圏内から追い出したのだ。ブレトンウッズ体制は死んだ。
人の欲望は1980年代に突然降って湧いたわけじゃない。ニクソンがブレトンウッズ体制を終わらせたあとに、別のなにかが起きたのだ。(中略)それがなんであったとしても、世界の終わりをもたらしかねなかったという結果から判断すると、巨大な力だったことは間違いない。それが資本主義の権力を経済圏から金融圏へと、つまり工業や商業の分野から投資銀行家の世界へと移行させたのだ。ではそれはなんだったのか。
クレタ島にいたという怪物。それから数千年の時を超えて、新たなミノタウロスが立ち上がった。ひっそりと。ブレトンウッズ体制の灰の中から。怪物の隠れ家はアメリカ経済の中心地の奥深く、迷宮のような場所にあった。(中略)貿易赤字が増えれば増えるほど、ミノタウロスはますますヨーロッパやアジアからの輸入品を欲しがった。
遠く離れた工場を所有する外国籍(たいがいはアメリカ籍)のオーナーはそこから得られる利益、つまり現金をウォール街に送り、投資していた…それは追加の貢ぎ物であり、国としては赤字であってもアメリカの権力層はそれで潤った。
1960年代半ばからブレトンウッズ体制の命運は尽きかけており、資本家は金(きん)に手持ちのドルを交換しはじめたため、ニクソン・ショックでその流れを食い止めた。
予想通りドルは金に対して急速に下落したが、面白いことにそこでドルは再び魔法の力を取り戻したのだ。固定相場制がなくなると、ヨーロッパと日本の対ドルレートは、荒れ狂う大嵐の海を漂う流木のように乱高下しはじめた。
ドルだけが、その特権的な地位から安全な通貨になった。
だからこそヨーロッパと日本の経済の未来に暗雲が立ち込めると、金融業界は大騒ぎして貯蓄をドルに換金し続けた。またたく間にドルは再び王様になった。ニクソン・ショックはその先も何十年と続く魔法を生み出した。
だが、ドルの覇権が強まったのにはもうひとつ要因がある。それはアメリカの労働者階級を意図的に貧困化させたことだ。
労働力が安くなれば製造コストが下がり、利潤率は上がる。
レーガンが構想し、サッチャーが手本を見せた。しかし、新たな階級闘争…世界的な緊縮財政と読んでもいい…が一番効果的に行われたのはドイツであり、のちにそれはヨーロッパ大陸全体に広がった。
そしてロシアと中国がグローバル市場に参入した。20億人の低賃金労働者の参入でヨーロッパの欧米諸国の賃金はさらに下がった。
また、その資本はアメリカ(ウォール街)に津波のように押し寄せた。
ここで、1960年代の若者の叛乱についての記述があるが割愛する。
自由市場主義者の目から見ると、アメリカの「グローバル計画」はソ連の計画経済に似すぎていた。
だが、最後にグローバル計画を解体させたのは、左派のヒッピーでもなければ右派のリバタリアンでもなかった。テクノストラクチャーに仕えてきた官僚たちの仕業だった。
FRB議長だったポール・ボルカーは講演で言った。「世界経済を計画的に解体することが、1980年代の真っ当な目標だ」。ニクソンショックが目指したのは、まさにそれだった。
そして、再びボルカー。
「安定した国際システムに必要な条件と、国家政策の運用の自由を確保することとを天秤にかけて、アメリカを含む多くの国々は後者を選んだ…」。
歴史上最も安定したグローバル資本主義システムが存在していたのに、ボルカーのような一派は赤字と債務と投機が際限なく膨らみ続ける、限りなく不安定な国際システムを熱心に立ち上げようとしていた。
彼らがブレトンウッズ体制を計画的にコントロールしながら解体すると、まもなく新しいグローバルな体制が完成した。それをグローバル化と呼ぶ人もいれば、金融化と呼ぶ人もいる。僕はそれを「資本主義のグローバル・ミノタウロス段階」と呼ぶ。
ミノタウロス好みの侍女…新自由主義とコンピュータ
何十年もかけて血の滲むような努力を重ね、社会経済階層を一歩、また一歩と上ってきた労働者階級は、その努力に報いられることなく放り出され、雀の涙ほどの低賃金層へと逆戻りさせられた。
具体的には、ボルカーが古い体制を制御しながら解体するには、労働組合を弱体化させることに加え、労働者の交渉力を弱めるために計画的に不況をつくりだし、ルーズベルト大統領が無謀な銀行家たちに課してきた規制を緩めることが必要だった。
その変革に必要な残酷さは、人びとを解放し、救済となるような光輝くイデオロギーによって覆い隠されなければならなかった。そこで登場したのが新自由主義だ。(新自由主義は、新しくもなければ自由でもない、つまらない昔の政治哲学の寄せ集めだった)。
いわゆる「規制緩和」を進めるにあたってのイデオロギー的支えになった。同時に、大恐慌の際に人類が正しくもゴミ箱行きにした経済理論が復活した。それは、規制のない金融市場こそが最も賢いという壮大な嘘を前提とした理論だった。
さっきの私の答え…利潤追求が論理にまさった…は真実だが、それがすべてではない。では答えのうちで抜けているものは? コンピュータだ! コンピュータによって、金融屋はギャンブルをとんでもなく複雑なものにした。
デリバティブの入ったデリバティブがコンピュータから吐き出される頃には、それを作った天才金融「エンジニア」でさえ中身がわからなくなっている。
バブルが弾けたとき、どうして金融機関を破綻させなかったのか?理由はふたつ。ひとつは決済システムだ。口座間の資金移動の手段を独占していたのは、賭けに興じた張本人の金融機関だった。もうひとつは、このギャンブルの奥深くに大多数の人の住宅ローン債権が組み入れられていたことだ。だから金融市場が総崩れになれば、ものすごい数のホームレスが生まれ、社会契約が完全に崩壊することになる。
そんなわけで、2007年には人類の総収入の10倍以上の金額を金融業界は賭けに投じるようになっていた。この狂乱を支える侍女となったのは、アメリカのミノタウロスにとめどなく流れ込んできた莫大な資金、コンピュータが生み出す複雑なデリバティブ商品、そして市場は万能だとする新自由主義的な信念の三つである。
資本主義が変異して最終的に行き着いた姿を、私は「テクノ封建制」と呼んでいる。だがその話に入る前に、グローバル・ミノタウロスに最後の言葉を捧げたい。グローバル・ミノタウロスとは、アメリカが支えたグローバルな資金還流システムの隠喩だ。それが、1970年代後半から2008年にかけて、現在の私たちが体験しているドラマの小道具…巨大金融機関、巨大テック企業、新自由主義、産業規模の格差…をお膳立てした。言うまでもなく、民主主義の衰退も小道具のひとつだ。
ミノタウロスの死が、新たなシステムの構築に繋がると期待した人もいた。(中略)そんな超楽観主義者の中には、搾取がなくなり、インターネットの助けを借りて政治が民主化され、地球環境の回復がほかの優先課題に打ち勝つ日を夢見た人もいたほどだ。そんな希望も2009年以降しぼんでしまった。
資本主義は致命的な最後の変容を余儀なくされ、さらに少数の個人に権力が集中するシステムが誕生した。そこでは、そのごくひと握りの者たちが、まったく新しいタイプの資本を所有している。
第三章 クラウド資本
資本主義が生まれる前には、資本は簡単に定義できるものだった。ほかのモノを生産するという目的に特化してつくられた、物理的なモノが資本とされた。
しかしそこに資本主義がやってきた。資本の新たな能力、すなわち人を支配し、人に命令できる力に後押しされて。
封建制から資本主義への移行とは、要するに土地の所有者から資本財の所有者へと支配力が移行したことにほかならない。⇒イギリスにおける「囲い込み」により、資本は生産性向上という本来の役割を超えて、支配し、命令する力を急激に増大させていった。
すると世界中で共有地だった場所が商品化されるようになり、地球上のあらゆるところで資本は覇権を握った。資本の隠れた力、すなわち命令する力は世界の形を変えてきた。
私はこれを「クラウド資本」と呼んでいる。
ドンからアレクサへ
哲学者の言葉を借りれば、アレクサは最も弁証法的な無限回帰の中に私たちを引きずり込む。
アルゴリズムを訓練し、私たちの習慣と欲望についてのデータを学習させると、今度はアレクサが私たちを訓練しはじめる。
この無限ループ、または無限回帰によって、アレクサとその背後のクラウドに隠れた巨大なアルゴリズムのネットワークは、アルゴリズムの所有者が儲かるように私たちの行動を変えることができる。
それは大昔からすべてのマーケターが夢見てきた力だ。これこそが、アルゴリズムによるクラウドベースの支配・命令する資本の本質だ。
シンギュラリティ
重要なのは、あの機械が私たちの行動に対して、思いもよらないほど大きな力を行使しているということだ。しかも、ほんのひと握りの人間のためにその力が使われているのだ。これもまた、ある意味ではシンギュラリティと言えるのではないだろうか。
マルクスの言葉を借りると、私たちを「自分の呪文で地の底から魔物を呼び出しながら、それを制御できなくなった」魔術師のような気分にさせることもある。
また、この筋書きが見落としているもうひとつのことは、テクノロジーだけではシンギュラリティに到達しないという点だ。
まず国家による残虐な暴力によって共有地が略奪され、そのあとにワットの技術革新が起こったのだ。
クラウド資本の誕生も驚くほど似た順序で起きた。まず、インターネット・コモンズ「ネット上の共有地的な領域」が略奪された。それを可能にしたのは政治家だ。その後、セルゲイ・ブリンの検索エンジンから今日のありとあらゆる便利なAIアプリケーションまで、目覚ましいテクノロジーの発明が続いた。要するに、この二世紀半のあいだに人類は二度のシンギュラリティに立ち向かわなければならなかった。
インターネット・コモンズの誕生
初期のインターネットは資本主義が排除された領域だった。
序列のない平等な意思決定と、市場取引ではない互恵関係に基づくネットワークだったからだ。
その誕生は、冷戦時にアメリカ国防省は資金を投入して分散型のコンピュータ網を設計、構築したことから始まる。情報の集権を図りそこにソ連の核爆弾が落とされたら一巻の終わりだからだ。そのネットワークは資本主義市場とその要請の外側にあったが、目的は資本主義的領域の防衛だ。
商品化されていないインターネットは、テクノストラクチャーが支配するアメリカ経済と相性がよかった。そんな世界の環境の中で、当時最も有望とされたテクノロジーである生まれたてのインターネットが、デジタル・コモンズ「共有地」として構築されたのは不思議ではない。
アメリカのグローバル計画が死に、グローバル・ミノタウロスが生まれつつあった1970年代には、この奇跡的なデジタル・コモンズの土台となる要素はすべて出来上がっていた。
巨大テック企業はインターネット・ワンの基礎の上に怪物級に複雑な体系を打ち立てたが、その下に隠されてはいるものの、初期の要素は存在している。実はいまだにインターネット・ワンの名残が私たちの役に立っている。
新たな囲い込み
1970年代、ちょうど金融機関はニューディール時代にはめられた多くの足枷を解かれて、あらゆるものが金融化されはじめていたのだ。
たとえ数分でも顧客にカネを任されたら、それを賭けに使いたくなるのが金融屋の習い性というものだ。彼らはそうやってカネを儲けてきた。
金融屋がはなからコンピュータに熱をあげたのも頷ける。
1980年代初頭に提供されるようになったデリバティブは、あまりにも複雑なアルゴリズムの上に成り立っていたため、商品の作り手でさえも中身がまったく理解できないほどだった。
そんなわけで、昔ながらの物理的な資本が支配する日常世界から切り離され、新自由主義のイデオロギーによって正当化された「欲」という名の新しい美徳に駆り立てられ、コンピュータが生み出す複雑性に隠れた金融屋は、なにかしら正当な理由をつけて新たな「宇宙の支配者」として生まれ変わった。この新しい宇宙はすでに、アルゴリズムが金融屋のしもべとして仕えており、もともとコモンズとしてつくられたインターネットに勝ち目はなかった。「新たな囲い込み」が起きるのは時間の問題だった。
権利を持つ市民としての身分を個人に保証するもの、たとえばパスポートや出生証明書や紙の身分証明書といった強力なお墨付きを、これまでは国家が独占してきた。
だが驚いたことに、僕たちのデジタルな身分証は個人にも国家にも属していない。
日々、どこかのクラウド企業があなたのアイデンティティの一部を所有することになっても、あなたはその所有者を知るよしもない。
今、企業による合法的なデジタル・アイデンティティの窃盗に抗うのは、それよりはるかに難しい。
多くの人は、常に監視される生活に耐えられない。巨大テック企業が必要以上に自分たちのことを知っていると考えただけで、普通は反発するはずだ。それはそうとして、実のところ彼らがなにを知っているかを私はそれほど心配していない。それよりも、彼らがなにを所有しているかのほうがはるかに心配だ。
フィンテック(金融分野にIT技術を組み合わせたサービス)の巨大なコングロマリットに今後も引き続き監視されること(そして最終的に洗脳されること)に同意させられたりする。そして、あなたがあなたであることを認証するには、巨大フィンテック・コングロマリットの助けが必要になる。
けれども本来なら、こんな事態にならなかったはずだ。アメリカ国防総省がすべての人にGPSを開放し、それをデジタル・コモンズに手渡したとき、リアルタイムで自分の位置を知る権利は私たち個人の手に与えられた。しかもそれは無料で、なんの質問もされなかった。そうすべく政治的に決断されたのだ。一方で、私たちがオンラインのアイデンティティを確立したり、確かめたりする手段を持つことができないという罪悪の決断もまた、政治的なものだった。
「新たな囲い込み」によってデジタル・コモンズは略奪され、これによってクラウド資本が驚異的な勢いで台頭することになったのだ。
クラウド資本…そのはじまり
近年、クラウド資本の時代を切り開いた技術者たちもまた同じだった。彼らは好奇心と倫理的とも言えるような情熱に動かされ、さまざまな技術を実験した。その目的はインターネットの核にある、日々蓄積され続ける莫大なデータから、意味のある情報を取り出して解放することだ。
彼らは検索パターンや好みが同じような傾向を持つインターネット・ユーザーをクラスタに分類できるアルゴリズムを作った。すると突然ブレイクスルーが、本物のシンギュラリティが起きた。アルゴリズムが受け身であることをやめたのだ。
つまり、アルゴリズムは行為者になったのだ。
強化学習とは、アルゴリズムがみずからのパフォーマンスを評価して改善する能力を持ち、人間よりはるかに高速でそれができるということに気づいたソフトウェア・エンジニアたちが開発したものだ。
人間がアルゴリズムによって変わるように、アルゴリズム自身もまた変化するようになった。
それがどう変化するかは定かではない。アルゴリズムを書く人自身でさえ理解していない。
オンラインでこうしたアルゴリズムのサービスを利用するたびに、アルゴリズムの所有者と私たちはファウスト的な取り引きをするしかない。(ファウストは知を得るために自分の魂を悪魔に売り渡した)
労働者は「クラウド・プロレタリアート」になる一方で、私たち全員が「クラウド・農奴」になったことがわかるだろう。
