第2夜「してあげたい支援」は悪なのか― タイプ別支援で考える ―選び取る支援シリーズ#2
「この子はADHDだからこう関わる」
「ASDだからこう支援する」
障害福祉の現場では、
タイプごとの支援が語られることがよくあります。
では、「してあげる支援」は、
タイプによって変わるのでしょうか。
それとも、
変わらない本質があるのでしょうか。
ADHDの人には、
・忘れないようにしてあげたい
・失敗しないようにしてあげたい
・落ち着かせてあげたい
という「してあげたい」が生まれやすいです。
でもそれが強くなると、
・先回りして全部整える
・失敗の機会を奪う
・本人が工夫する前に支援が入る
という形になりやすい。
結果として、
「自分で調整する力」を育てにくくなることもあります。
ASDの人には、
・混乱しないようにしてあげたい
・安心できるようにしてあげたい
・予定通りに過ごせるようにしてあげたい
という支援が多くなります。
でもそれが強くなると、
・予定通りに動かせることが目的になる
・本人の“今の気持ち”が置いていかれる
・変更や選択の機会が減る
ということも起きます。
LDの人には、
・できるようにしてあげたい
・理解させてあげたい
・遅れを取り戻させてあげたい
という支援が向きやすいです。
でもそれが強くなると、
・「できること」がゴールになる
・やり方を選ぶ機会が減る
・本人の得意な方法が見えなくなる
ことがあります。
知的障害のある人には、
・代わりにやってあげたい
・困らないようにしてあげたい
・安全に過ごさせてあげたい
という支援が多くなります。
でもそれが続くと、
・選ぶ経験が減る
・意思を表現する機会が減る
・「決めてもらうこと」に慣れてしまう
ことがあります。
こうして見ると、
タイプごとに「してあげたい」の形は違います。
でも、起きていることはとてもよく似ています。
・先回りする
・失敗を避ける
・整える
・管理する
そしてその結果、
「選ぶ機会が減る」
という同じところにたどり着きます。
つまり問題は、
障害のタイプではありません。
「してあげる」という関わり方そのものです。
そしてもう一つ大切なのは、
「してあげる」をゼロにすることでもありません。
本当に必要なのは、
・守るところは守る
・支えるところは支える
・でも、決めるのは本人
このバランスです。
私はこれまで、
「してあげる支援」の中で、
子どもたちが選べなくなっていく姿を見てきました。
だからこそ、
手を出す。
でも、奪わない。
守る。
でも、決めない。
あなたはその人をずっと守り続けられるの?
あなたはその人がその壁を乗り越えていけると信じられない?
そんな視点を、
大切にしたいと思っています。
