つららと陽だまり
「クララとお日さま」という似たような名前の物語がありましたね。
これは大人のおとぎ話。
こんにちは、そして、さようなら
どこかの国に大きな木がすっくと立っていました。そばには小屋。赤い屋根からは冬中つもった雪が春の足音を聞きつけて溶け始め、長い長いつららが伸びています。
つららがふと地面をみると、小屋の前にぽっかり金色の模様が浮かんでいます。その年の雪は重く、木の枝をずいぷん折ってしまいました。そのため木漏れ日の加減が変わってしまったのでしょう。今までみたことのないまるで万華鏡のように濃く淡く繊細な模様が、なんだか気になって仕方ありません。
「何だろう」
つららがよくみようとすると氷の先からポツリと滴が落ちました。すると冷たさに驚いたように「誰?」という声が聞こえてきます。
「私はつらら」と小声で応えました。
「僕は陽だまり。君のことはじめてみたよ。」
低く丸みを帯びた柔らかな声につららはうっとりし「私もよ。どうしてそんなにきれいなの?」と、問いかけます。
「え?僕はお日様と木から生まれてきただけだよ。君こそきらきら光っていいなあ。明日から雨になりそうだから次に晴れたら、ゆっくりお話したいね」
つららは返事をしませんでした。そして温かな雨が2日ほど続いてようやく陽だまりが顔をだしたとき、小屋は雪の重みでつぶれ、つららの姿は消えていました。
つららに会うのを楽しみにしていた陽だまりはちょっとがっかりしましたが、つららが残した小さな氷の欠片を思い出箱にそうっとしまいました。

つららはつらいよ
つららは知っていたのです。お日様の子である陽だまりには近づけないことを。近づけば自分は溶けてしまうし、冷たい滴は陽だまりの温かさを奪ってしまいます。
つららは仲間からいろいろな話を聞いていました。
窓からみえる暖かく楽しげな家の様子におもわず身を乗り出したら、窓ガラスが割れて大騒ぎになってしまったこと、危ないから絶対に近くを通ってはいけないと口々に言われていることなど、遠目にはきれいと言われても、誰も近寄ってはこないし、役にも立てません。
だから陽だまりとは仲良くなれないと知ったとき、ほろほろと冷たい涙を流しながらつららは考えました。
「次に生まれてくるときつららは嫌だ。そうだ、つららは雪から生まれるんだ。次は雪になろう」

つららは雪に
次の冬、つららは美しい結晶の姿を持つふわふわの雪になりました。もちろん、積もりすぎると道が通れなくなったり、滑って転んだりと良いことばかりではありません。でも雪をみると多くの人は笑顔になりました。
特に子供たちは大喜び。雪玉を作って雪合戦をしたり可愛い雪だるまを作ります。今まで怖がって近寄ってくれなかった子供たちと楽しく遊びながら、つららは雪に生まれ変わって本当に良かったと嬉しくなりました。
でも雪になってもつららは陽だまりを忘れませんでした。雪にお日様があたると、きらきら銀色に輝きますが、あの温かな金色にはなりません。つららはどうしたら陽だまりに会えるか一生懸命考えました。
「雪って何から生まれてくるのだったっけ。そうか、水だ、今度はいつでもどこへでも行かれる雨になってみよう。」
つららは雨に
つららは雨になり、あのすっくと立った大きな木を探して何年も何年も旅をしました。雨は雪よりもさらに多くの人に喜ばれました。
新緑の季節、青々と田植えのすんだ稲田に優しく降り注げば、早苗はうれしそうに、さわさわとやわらかな音を奏でます。灼熱の夏、大地を思いっきり叩くと、人は皆、ほっとした笑顔になります。
西瓜畑に点々と実る緑の縞模様が割れ、真っ赤な切り口から滴る豊かな果汁は、雨の恵みそのものだと思うと、つららは誇らしさでいっぱいになりました。
でも、あの日出会ったきれいな模様の陽だまりはどこにもみつけることができません。なぜなら雨が地表に降りようとすると、お日様は隠れてしまうから。

そして、つららは・・・・・・

ある日、かすかに景色が伺える夕暮れ時、ふと、心惹かれる香りに下を眺めると、真っ白な花がゆらゆらと重たげに頭をゆらしています。
つららは香りに誘われ、夜半、雨になって花へと降りていきました。
かすかに開いた白い花の口から、哀しみが堰を切ったような濃い香りが流れ出ています。それはつららの心そのものでした。
つららとして生まれたこと、陽だまりとの出会いと別れ、雪や雨になっても雪崩や豪雨で、時に生き物を傷つけてしまうこと、そして長い長い旅。
雨になったつららはとめどない涙の粒を真っ白な花に注ぎ、明け方、ようやく泣き疲れて眠りにつきました。
「あれ、なんだか良い香りがするなあ」
遠い昔に聞き覚えのある低く丸みのある懐かしい声に、つららは目を覚ましました。慌てて辺りを見回し「まさか陽だまりさん?私はつらら」と呼びかけます。
「やあ、ずいぶんひさしぶりだね。姿がすっかり変わってしまってわからなかったよ。僕もだけどね。今はもう陽だまりじゃなく、日向ーひなたになったんだ。」
昔、すっくと立っていた大きな木は歳月を経て、折れたり新しく枝ができたりしてすっかり辺りの様子が変わり、陽だまりは大きな日向になっていました。
金色にまぶしく光る大地に木の枝や葉が濃く淡く、以前よりいっそうこまやかな心なごむ模様を映し出しています。
「驚いた。すっかり大きく素敵になったのね。私は雨になったからもうすぐさよならだけど、会えてよかったわ」
「どうしてさよならなの? 君は百合の花なのに」
「え、本当に?」
傍の水たまりをのぞくと、朝日をさんさんと浴びている真っ白な百合が映っています。つららが信じられないように幾度も頭をかしげると、それにあわせて花もゆらゆらとゆらぎます。
「良かった、もう何も傷つけることはないのね。私はずっとここにいられるの?」
「もちろんだよ。」
「やっと旅は終わったのね。」
百合になったつららが静かにため息をつくと、ため息は、たおやかな微笑みを誘う香りとなって辺り一面にたちこめ、蝶や蜂が誘われるように集まってきました。
日向になった陽だまりは、思い出箱にしまっておいたあの氷の欠片を取り出し、真っ白な花びらにそっと載せます。欠片は陽射しを浴びると真珠のような朝露となって花びらを滑り、後を追うように、黄色い蝶がひらひらと花の奥に吸い込まれていきました。

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