もうすぐ夏ですね🎐
夏が近い。
去年の夏も楽しかった。
週に一度バーベキューをして、好きな人たちといる楽しい場の熱と夏の暑さにやられて、幸せの熱が体中で脈を打つ。
毎年、ひと度蝉の声を聴けば、古典的条件づけされた僕の脳は、僕を童心に帰らせる。
今年も楽しみで仕方ない。
正直僕は、どの季節も選べないくらい大好きだ。
春も、夏も、秋も、冬も。
清少納言が詠った、『枕草子』も四季の良さを綴ったけれども、今も昔も、本当に夏を感じるのは夜なのかなと思う。
夏休みがあって、お盆があって、花火大会があって。 気づけば誰もが少し浮かれている。
四季のなかでも一番日が長くて、普段よりも好きな人たちと一緒にいられる季節。
お祭りに行ったり、親に許された夜更かしができたり、楽しむ事が許された季節。
日が長い分、楽しい時間が増えた分、濃くなった夜がいつもより孤独になる季節。
やっぱり一番淋しい季節は、夏だと思う。
「夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。」
清少納言が詠った夏の夜。
彼女は、普段よりも涼しくみえる満ちては欠ける夏の月と、ひこうき雲のように、天をなぞっては消えていく蛍の光を見て、何を想ったのだろう。
人の世の、諸行無常を感じて、淋しくなったのだろうか。それとも、風前の灯のようにか細く光る命の美しさに、心を動かされたのだろうか。
墨で塗りつぶしたような夜は、いつもよりも耳がよく聞こえる気がする。
蝉時雨は鳴りを潜め、日中の童心に戻った幼い僕から、現実の僕に引き戻される夜。
コオロギたちは夜想曲を弾き始める。
この短い夜には、どんな恋が生まれているのだろう。
夜想曲に誘われるように、人もまた恋をする。
手を繋いだ帰り道や、言えなかった言葉や、夏が終われば消えてしまう約束。
彼らの奏でる音は、まるで恋愛映画の挿入歌のように、僕らの胸の奥にある恋心を膨らませる。
ご先祖様の霊(たましい)が、再び現し世へやってきて、多くの人々が家族の元へ帰る時、多くの者たちの死への慈しみと、残された者たちの言葉にならない思いが、きっと夜空を照らすのだろう。
千年前の夏に、清少納言が見た蛍の光のように。
