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アドバンスクリエイト事件に見る、スタートアップがソフトウェア資産計上で躓く罠


2026年8月4日、東証プライム上場のアドバンスクリエイト(保険比較サイト「保険市場」運営)が、第三者委員会の調査報告書を公表した。全190ページに及ぶこの報告書を読んでいて、一つの数字で手が止まった。

「70百万円のソフトウェア」として資産計上されていたものの正体は、画像データ2,000枚超だった。

プログラムでもなければ、システム仕様書でもない。単なる素材データが、なぜ「ソフトウェア」という無形固定資産になったのか。この一件は、単なる一企業の不正事例にとどまらず、成長企業・スタートアップの経理担当者なら誰しもヒヤリとする構造を持っている。今回はこの資産計上の顛末を追いながら、その背景にある会計処理の"誘惑"について書いてみたい。

増資でガバナンス強化した"はず"の会社

前提として、アドバンスクリエイトはこれが初めての会計不正ではない。

2024年7月、会計監査人である桜橋監査法人から、保険代理店手数料の売上計上方法である「PV計算」(将来受け取る手数料の金額を見積り、その割引現在価値を保険契約成立時に一括計上する方式)について、実態との乖離があるとの指摘を受けた。このPV計算は2018年10月から採用され、2021年9月期以降は監査上の主要な検討事項(KAM)にも指定されていたものだ。

会社は外部弁護士と社外監査役からなる調査委員会を設置し、2024年10月と2025年1月の2度にわたり報告書を受領。調査の結果、原因は特定の保険契約における支払回数の誤入力など、担当者の理解不足とシステムの不備にあり、経営陣からの指示や圧力は認められず、意図的な不正ではないと結論づけられた。会社は2025年2月に有価証券報告書の訂正報告書を提出し、東証からは改善報告書の提出と上場契約違約金の徴求という処分も受けている。

この「PV問題」を受けて、2025年にはSBIホールディングスをはじめライフネット生命、FWD生命など複数社を引受先とする総額70億円の第三者割当増資を実施した。SBIは20%超を出資し、持分法適用会社となった。市場からは「外部資本を入れてガバナンスを立て直す会社」という見方がされていたはずだ。

ところが2026年5月、今度は広告取引とソフトウェア資産計上をめぐる新たな不適切会計の疑義が浮上し、改めて第三者委員会が設置された。7月31日に報告書を受領、8月4日に公表版が開示されている。

判明した問題は大きく2つある。一つは、子会社である保険市場社が2018年12月から2025年9月まで、実に7年近くにわたり広告収入約75億円を前倒しで計上していたというもの。もう一つが、今回焦点を当てる、取引先P社を巻き込んだ一連の会計操作スキームと、その帰結としての実態のないソフトウェア資産計上だ。

そして今回のケースがPV問題と決定的に異なるのは、「意図的なものではない」では済まされない点にある。後述するとおり、第三者委員会は、関係者が不適切な会計処理であると認識しながら実行を継続していたと明確に認定している。

「借金」と「返済」という名の循環スキーム

報告書によると、アドバンスクリエイトと広告運用受託先であるP社の間では、遅くとも2019年9月から2024年8月まで、社内で「借金」「返済」と呼ばれていた一連の取引が繰り返されていた。

仕組みはこうだ。決算期末や四半期末に目標の売上高に届かない場合、保険市場社がP社に自社の広告掲載枠を"販売"し、その代金を一括で売上計上する。ただしP社にとってこれは実質的に一方的な負担になるため、見返りとして、その後の広告運用委託取引(P社が本来の業務として行っている、当社からの広告運用受託)において、手数料率を引き上げたり発注量を増やしたりする形で、P社側に生じた負担を補填していく。この「見返り」が「返済」と呼ばれていたわけだ。

さらに、費用面でも同様の操作が行われていた。当該四半期の費用を圧縮したいときには、P社への外注費の支払いを一時的に猶予してもらい(=繰延べ)、翌四半期以降の請求に上乗せする形で精算する。これが「費用繰延型」の借金だ。

この「借金」の残高は、両社間でExcelファイルを使って1円単位まで精緻に管理されていたという。しかも「返済」には、P社が被った負担の補填にとどまらず、それを上回る利益提供が組み込まれていたケースもあり、2019年から2024年までの累計で約1億200万円がP社への"上乗せ"分として供与されていた。

つまりこれは、単なる期間帰属のミスではなく、両社が合意の上で構築した、決算数値を作るための仕組みだったということになる。

損益を守るための"資産化"という発想

この構造の中で、今回注目したいソフトウェア資産計上が生まれる。

2023年10月から12月にかけて、アドバンスクリエイトは「借金」の返済のため、P社に対しクリエイティブ費用名目で追加的に合計70百万円を支払う必要に迫られていた。ところが当時、2024年9月期第1四半期の決算数値の確保が社内で課題とされており、これをそのまま費用計上すると、その四半期の損益を押し下げてしまう状況にあった。

そこで検討されたのが、この支出を無形固定資産として資産計上し、数年かけて減価償却費として配分するという方法だった。つまり「今期の費用として一括で認識するのではなく、資産として計上して将来の期間に配分する」という、会計処理の性質そのものを利用した損益の平準化である。

当初の構想は、P社が開発していたAIクリエイティブ生成システムそのものを購入する、というものだった。しかしP社側から「システムとして販売できる性質のものではない」と拒否され、この構想は頓挫する。

それでも計上の方針自体は変わらなかった。最終的に納品されたのは、P社が広告枠取引の過程で1年近くかけて制作していた広告クリエイティブの完成物や元画像、素材など2,000枚を超える画像データだった。プログラムでもシステム仕様書でもフローチャートでもない。それにもかかわらず、社内では「単なる画像データの受領では資産計上は難しい」という認識がありながら、受領した画像データを検索・AI活用できる形で社内システムに格納する仕組みを構築した上で、「●● for アドバンスクリエイト」という名称のソフトウェアを購入したという体裁で資産計上が実行された。

報告書が興味深いのは、この支出の勘定科目が段階的に変遷していく過程を、社内のExcelファイルの更新履歴から跡付けている点だ。当初「その他(システム)」という名目だったものが「●●コンテンツ費」に変わり、最終的に「資産計上」という名目に変更されていく。これは、支出の実態が最初から特定の資産の対価として認識されていたのではなく、「返済に必要な金額をどう処理すれば損益への影響を抑えられるか」という発想が先にあり、その帳尻合わせとして勘定科目が事後的に選ばれていったことを物語っている。

そして2025年1月、この70百万円は全額減損処理された。

なぜこの手の話は"スタートアップあるある"なのか

ここまで読んで、大企業の特殊な事例だと感じた方もいるかもしれない。しかし私は、この構造自体は成長企業・スタートアップの経理現場で形を変えて繰り返されやすいものだと感じている。理由は3つある。

第一に、ソフトウェア資産計上の会計基準は、判断の幅が大きい領域だということ。

自社利用ソフトウェアの資産計上は、「将来の収益獲得又は費用削減が確実であること」が要件とされているが、この「確実性」の判断には相応の見積りが伴う。開発中のシステムなのか、既に完成した素材データなのか、その境界は現場の説明次第でどうにでも見えてしまう。今回のケースでも、「検索やAI活用に役立てる仕組みを社内で構築した」という説明が、資産性を主張するための理屈として使われている。

第二に、広告費・マーケティング費・システム開発費の境界が、成長企業では曖昧になりがちだということ。

スタートアップでは、外部委託先に対する支払いが「広告運用費」なのか「クリエイティブ制作費」なのか「システム利用料」なのか、契約や請求書の名目が実態と乖離したまま処理されるケースが少なくない。今回の事件でも、請求書の記載内容が経理部門の求めに応じて修正されたり、期間の記載が削除されたりする場面が繰り返し登場する。取引先が請求書の体裁作りに協力してくれる関係性がある場合、この境界はさらに崩れやすい。

第三に、「投資フェーズだから」という説明が通りやすい心理的な土壌があるということ。

成長企業では、「今は投資フェーズだから費用が先行するのは当然」という空気が社内に共有されていることが多い。この空気の中では、経理担当者が「この支出は本当に資産性があるのか」と厳しく問い詰めることへの心理的ハードルが上がる。特に、経営陣や事業サイドから強い決算数値へのプレッシャーがかかっている局面では、資産計上という選択肢は「誰も傷つかない」解決策に見えてしまう危険がある。実際、本件の報告書には、四半期の黒字化を強く指示する経営陣とのやり取りも記録されている。

経理担当者が持つべき最低限のチェックポイント

この事件から得られる実務的な教訓は、シンプルだが徹底が難しいものばかりだ。

  • 納品物の実体を必ず確認する。 「システム」「ソフトウェア」という名目であっても、実際に納品されたものが何なのか(プログラムか、素材データか、仕様書か)を現物ベースで確認する。名称だけで判断しない。

  • 将来の経済的便益の根拠を、事業側の説明だけに頼らず検証する。 「将来収益に貢献する」という説明は、資産計上を正当化するためにいくらでも作文できる。具体的にどのような収益・費用削減効果が、いつ、どの程度見込まれるのかを定量的に確認する。

  • 取引先の協力があるからといって、証憑の信頼性が担保されるわけではない。 請求書の記載内容が自社の求めに応じて柔軟に変わる取引先は、むしろ警戒シグナルと捉えるべきだ。独立した第三者としての取引先の立場が保たれているかを意識する。

  • 勘定科目の変遷履歴に注意を払う。 ある支出の勘定科目が、費用→保留科目→資産計上と段階的に変わっていくプロセスがあれば、それは会計処理の実態ではなく、損益インパクトを起点に処理が決められている兆候かもしれない。

  • 一度覚えた違和感を、体裁が整ったからといって取り下げない。 「今の状態では資産計上は難しい」と一度判断したのであれば、その後に追加された説明や資料が、当初の違和感を本当に解消しているのかを問い直す。資料が増えたことと、実態が変わったことは別物だ。

経理は「名目」ではなく「中身」に責任を持つ

もう一つ、この事件を読んでいて強く感じたことがある。それは、会計処理の正しさを最終的に担保するのは経理自身だ、という当たり前だが忘れられがちな責任についてだ。

報告書によれば、当時の担当者は「単なる画像データの受領では、無形固定資産(ソフトウェア)として資産計上することは困難である」と事業側に説明していたことが記録されている。つまり、経理としての違和感自体は、少なくとも一度は言語化されていたのだ。にもかかわらず、最終的には「検索やAI活用に役立てる仕組みを社内で構築した」という体裁が整えられ、資産計上が実行された。

これは、経理が事業側の説明を"検証"したのではなく、事業側が求める結論に合わせて"理屈を後付けした"構図に近い。名目が「システム」から「コンテンツ費」、そして「資産計上」へと変遷していった過程は、まさにその表れだろう。

経理担当者の仕事は、伝票や請求書に記載された名目を会計基準の要件に当てはめることではない。その支出が実際に何を生み出し、会社にどのような便益をもたらすのかを、自分自身が理解し、説明できる状態になって初めて、会計処理を決められる。事業側から「これは資産です」と説明を受けたときに、「では、具体的に何が納品され、それによってどんな将来収益・費用削減が見込まれるのか」を、資料や現物に基づいて自分の言葉で語れるかどうか。それができないなら、その処理を認めるべきではない。

会計基準の要件を機械的にチェックするだけでは、今回のような"体裁だけ整えられたソフトウェア"は簡単にすり抜けてしまう。経理が中身を理解せずに処理だけを追認する組織では、同じ構図はいつでも再現し得る。

おわりに

今回の報告書で特に印象に残ったのは、一連の不正が「誰か一人の暴走」ではなく、経理部門を含む複数の関係者が段階的に関与を深めていった過程として描かれている点だ。最初は四半期末の数字を少し良く見せるための小さな調整だったものが、取引先を巻き込んだ循環スキームへ、そして最終的には実態のない資産計上へと発展していく。

一つひとつのステップを見れば、「今回だけ」「金額的にも大きくない」という説明がつきそうに思える。しかし積み重なった結果が、7年近くにわたる前倒し計上や、監査法人への偽装工作にまで至っている。

成長企業の経理担当者として大切なのは、こうした「小さな一歩」が生まれた瞬間に、それを止められる仕組みと胆力を持っておくことだと、この報告書を読んで改めて感じた。

最後に、一経理担当者としての個人的な思いも書いておきたい。仮に経営層から「この処理で通してほしい」と指示されたとしても、実態が伴わない会計処理には手を貸さない。それをやってしまった瞬間、経理としての自分のキャリアは終わる。数字を作ることは一時的に誰かの期待に応えるかもしれないが、その先に待っているのは、今回の報告書に名前が挙がった人たちと同じ結末だ。経理は、会社を守るために存在している。会社の"見せたい数字"を作るために存在しているのではない。この当たり前の一線を、どんな状況でも守り続けたいと思う。

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