帰りたくなかった場所を「帰りたい場所」にするために帰ってきた
今からおよそ10年前のことだ。
当時21歳だった頃の僕は、日本という場所に馴染めず、これ以上ここにいたら完全に病んでしまうと思い、日本を飛び出しカナダへ行った。
初の海外どころか、初めての飛行機。
本当ならもっとビビったり心配になったりするだろうけれど、僕は日本が嫌で飛び出したので、内心はホッとしていた。
刑期満了……、なんて言うと少し大袈裟な物言いかもしれないけれど、当時の僕にとって日本の暮らしは懲役みたいなものだったから、過言ではないのだ。
それはさておき、カナダの暮らしは僕の理想に近かった。
日本では、「流れに身を任せる」タイプの人がやはり多いように感じる。
「周りがそうしているから」
「こういうルールだから」
「こうだと決まっているから」etc
別にこれが悪いわけではないけれど、流れに身を任せる社会に、僕のような「なんで?」と疑問に思うタイプの人間は心底生きづらいし、なんなら生きづらいを通り越してむしろ死にやすいと思えるほどだった。
一方でカナダは、「自分がこうしたいからこうする」タイプの人が多い。
「周りは周りでオッケー、自分は自分でオッケー」
「まず自分がしたいことを優先」etc
「自分がどうしたいか?」という軸を中心に、生活をデザインしている人が圧倒的に多かった。もちろん、全員がそうではないし、あくまでそういった傾向があった、くらいに思って欲しい。
僕はどう考えても後者のタイプだった。自分がどうしたいか、を中心に行動したいだけのに、日本の社会は「こうしなさい」「ああしなさい」と次々に足枷をはめてくる。
そんなものを気にせず自分の道を歩めばいいのだけれど、当時の僕にはその枷を外す強さも経験もなく、ただただどんどん重くなっていく足枷に苦しみながら耐え抜くしかなかったのだ。
その我慢にも限界が来て、カナダへと飛び立った。
そしてそこで見たのは、足枷など物ともしない「自由」の精神だった。
各々が自分の「好きな物」があって、その自分の好きに忠実に生きている感じがあった。
ギターが好きな人はギターを弾いて、
ガーデニングが好きな人がガーデニングをしていて、
旅が好きな人は旅をしていた。
言葉にしてみると、「こんなの日本でもそうだよ」と思うかもしれないけれど、実は順序が違うのだ。
日本では「生活」「仕事」「お金」が真っ先に考えられてから、空いた時間に「自分の好きなことをする」のに対し、
カナダでは「自分の好きなこと」が真っ先に来て、それから「自分の好きなこと」をするためにはどういう暮らしをしていけばいいか、を考える。
要するに、自分の好きなことをする時間がなくなるのなら、仕事の時間を(つまりは収入を)減らすのを躊躇わないのだ。
それぞれの好きが個性が、純粋に伸び伸びと育っている世界。
「ああ、なんて居心地がいいんだろう……!」
と当時の僕は生まれて初めて羽を伸ばせたような気がしていた。
そして僕と同じように日本の生活が嫌でカナダにフィットした元日本人の人たちともたくさん出会った。彼らもまた「日本は息苦しい」と述べ、僕も共感した。
彼らはもう日本の国籍を捨て、カナダに移民しているので、日本に帰省することはあっても日本の暮らしの中に決して戻っていくことはないのだ。
僕もそうしようか、と思った。幸い、自分が働いていたレストランが「就労ビザを出すからうちで働いてくれ」と言ってくれたので、カナダにこのまま長期滞在し移民の権利を得ることも可能だった。
しかし、あれだけ出たいと思って飛び出した、帰りたくない日本のことを僕は思った。
日本には良さも悪さもある。カナダにも良さも悪さもあるし、全ての国や場所にはいいところも悪いところもある。しかしそれは、一箇所だけにいてはなかなか気づけないことなのだ。
日本のなかだけにいれば、日本の良さも悪さも漠然としか見えてこない。外から見れば明らかなことが、内側にいるとフォーカスできず曖昧模糊としてくる。
日本を飛び出しカナダの移民となった元日本人の人たちは、本当によく日本の良さと悪さをわかっている。しかし日本が嫌で飛び出した彼らは、なかなか日本に戻ることがない。そうなると、日本の良さと悪さを理解している人たちほど日本に「帰らない」という現象が起こり、日本の生きづらさが終わらないのだ。
誰かが戻らなければ、日本は変わり得ない……。
僕は自分の心と問答をした。
「これから、どうしたい?」
「帰りたくない。カナダにいたい。こっちの方が楽しい」
「そうだね……。でも本当に?」
「本当に、絶対に、死んでも帰りたくない」
「わかるよ。だけど、そう思うならなぜ迷うんだろう? 本当の本当の気持ちは?」
「帰りたくない日本を、帰りたい場所に変えたい」
そんな決意とともに、就労ビザの話を断り僕は日本行きの航空券を買った。帰りたくない場所を帰りたい場所に変えるために。
そしてそれから8年後の去年、僕は「一人席しかないブックカフェ」を始めた。
たくさんの本に囲まれた静かな場所。
誰しもが長居したくなるような居心地の良い空間。
日本に帰りたくなかった僕が、自分が帰りたくなるような場所として作ったカフェ。
店名は「自分を見つけるブックカフェ」
よくキャッチコピーのように「自分を見つけに来てください」と言っているけれど、今回はあえて違う言葉を。
「わたしに帰るためにお越しください」
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