【経済・時事】「豊かさ」の統計マジックを見抜け。UBSウェルス・レポートと格差データから読み解く、日本の現在地と真の資産形成戦略
こんにちは、解析現場猫です。 私は石油プラントや化学工場、データセンターなどいろいろと転職しながら設備関連の仕事をしてきた技術者です。趣味で株式投資もやってますので経済や歴史、投資や技術等の知識を得ることも好きです。そこで得た知識やノウハウ・実体験を皆さんにお届けしようかと思ってます。
本日は世界中の経済メディアがこぞって取り上げたスイスの金融大手UBSによる「グローバル・ウェルス・レポート2026」、総務省が発表した最新の家計データ、さらにはキャップジェミニ社の富裕層レポートなど、複数の統計データを掛け合わせることで見えてくる「真実」について語っていきたい。
ニュースの見出しを鵜呑みにしていると、世界や日本の本当の姿を見誤ってしまう。世の中には「統計上のマジック」が数多く潜んでいるからだ。本記事では多角的な視点からデータを解剖し、我々が今後どのようにお金と向き合い、資産を形成していくべきか、そのサバイバル戦略までを網羅的に解説する。
第1章:UBSウェルス・レポートが示す「平均」の罠と「中央値」の真実
今年スイスの大手金融機関であるUBSが発表した「グローバル・ウェルス・レポート2026」が世界中で大きな話題を呼んだ。旧クレディ・スイスから引き継がれ、今年で17回目を迎えるこのレポートは、世界56の国と地域、個人の富の9割以上をカバーする極めて網羅的なデータである。
このレポートが発表された直後、世界中のメディアが報じた見出しは次のようなものだった。「アメリカのミリオネア(百万長者)は2400万人を超え、世界のミリオネアの4割を占める」「世界では1日に2680人のペースで新たなミリオネアが誕生している」。そして驚くべきことに、ミリオネアの頭数において日本は「世界第3位(約290万人)」にランクインしていたのだ。「日本は貧しくなったはずでは?」と疑問に思うかもしれないが、この数字には明確な統計のトリックが仕込まれている。
物事を正しく測るためには「物差し」を変える必要がある。最初の物差しは「平均値」だ。 国民一人当たりの平均資産で見ると、1位はスイスで約91万ドル(1億円超)、2位はアメリカ、3位はルクセンブルクと続く。日本は平均資産で世界24位にまで沈む。しかし、平均値には有名な罠がある。極端な例を出そう。レジェンド校長がある統計上の数字(12660人)の中に入ったとする。その瞬間、全国の校長が何もしていなかったとしても、そこ中の「平均値」は一気に跳ね上がる。国も同じである。超富裕層がほんの一握り存在するだけで、国の平均値は異常なほど持ち上がってしまうのだ。
そこで2本目の物差し、「中央値」の登場である。国民を資産順にずらっと並べ、ちょうど真ん中にいる人の資産額を見るのだ。 すると景色は一変する。平均で1位だったスイスの中央値は約15万ドルへと急降下し、世界8位に落ちる。さらに強烈なのがアメリカだ。ミリオネアが2400万人もいるアメリカだが、中央値で見るとたったの約7万ドル(1000万円前後)しかなく、世界28位まで転落する。つまりアメリカの真ん中の人は決して豊かではないのだ。
では日本はどうだろうか。日本の平均資産は24位だが、中央値で測ると世界「第10位(約14万ドル)」へと大きく浮上する。スイスやアメリカとは真逆のねじれ現象が起きているのだ。一部の上澄み層が平均を吊り上げているのではなく、中間層が圧倒的に分厚い。事実、日本の真ん中の人は、アメリカの真ん中の人の「約2倍」もの資産を持っている。
これを裏付けるのが、平均値を中央値で割った「倍率(格差の指標)」である。この倍率が大きいほど、富が一部に偏っていることを意味する。アメリカは平均が中央値の10倍、ドイツやスイスは6倍の差がある。しかし日本はわずか「1.56倍」だ。これは主要国の中で最小の数字である。さらに、不平等を測るジニ係数においても、日本は0.53で56カ国中51位。世界基準で見ると、日本は未だに「極めて平等で、真ん中が分厚い国」なのである。
第2章:富裕層の定義で激変する日本の立ち位置(キャップジェミニ vs UBS)
富裕層の数を測る際、どのレポートを参照するかで結果は天と地ほど変わる。例えば、キャップジェミニ社が発表した直近のレポートでは、日本のミリオネアは1年間で「43万人」も増えたとされている。一方で、今回のUBSレポートではわずか「3万人」しか増えていない。この14倍もの差はどこから来るのか。
答えは「資産の定義」の違いにある。キャップジェミニ社は「投資可能資産(株や現金など)」をカウントしている。対してUBSは、自宅などの不動産価値を足し合わせる一方で、住宅ローンなどの「負債」を厳密に差し引いた「純資産」で計算している(なお、どちらも公的年金の受給権は含まない)。
日本人は世界的に見ても金融資産(預金や株式)の比率が異常に高い国である。資産の約68.9%を金融資産が占めており、これはカナダや香港と同水準、アメリカ(78.9%)や台湾(80.8%)に次ぐ高さだ。2025年は歴史的な株高の年であったため、金融資産を基準とするキャップジェミニの調査では日本の富裕層が急増したように見えた。 しかし、UBSの基準(純資産)で見ると景色が異なる。日本では不動産で資産を築いているように見えても、多額の住宅ローンという負債を抱えている人が多い。さらに、歴史的な円安の影響により、ドル建てで評価された日本の不動産価値は大きく目減りした。結果として、純資産ベースでのミリオネア増加数は伸び悩んだのである。
また日本のミリオネア数290万人が世界3位だといっても、手放しでは喜べない。スペインのミリオネアは約108万人だが、人口比(密度)で計算すると、日本もスペインも共に「人口の2.5〜2.8%程度」におさまる。つまり、日本が世界3位なのは単にヨーロッパ諸国に比べて「人口が多いから」という側面に過ぎない。ちなみにアメリカは人口の約9%がミリオネアである。
さらに厳しい現実もある。純資産が10億ドル(約1600億円)を超えるような「ビリオネア(超富裕層)」の数だ。世界に約3300人いるビリオネアのうち、アメリカが1000人、中国が500人、ドイツやインドが200人、ロシアすら122人を占める中、なんと日本は「圏外」である。日本は分厚い中間層と多くの「小金持ち(ミリオネア)」を抱える一方で、雲の上のスター起業家のような桁違いの超富裕層を全く生み出せていないのだ。この25年間停滞し続ける超富裕層の不在こそが、日本の格差指標(ジニ係数)が低く抑えられているもう一つの理由でもある。
第3章:データが暴く日本の二重構造(世代間格差と世代内格差)
日本の分厚い中間層の正体をさらに深く掘り下げるため、総務省が発表した家計調査のデータを紐解いてみよう。今年5月の発表によれば、日本の2人以上世帯の平均貯蓄額は「2059万円」と過去最高を記録した。
しかし、多くの読者は「自分の家にはそんな大金はない」と感じるだろう。その感覚は正しい。なぜなら、全世帯の3分の2がこの平均を下回っているからだ。この数字のカラクリは、20代の若者から年金暮らしの高齢者まで、すべてを一つの箱で割った「雑な平均値」である点にある。
真実を知るために、日本人を年齢別に「6つの箱(20代、30代、40代、50代、60代、70歳以上)」に輪切りにして並べてみよう。
最初の輪切りは「稼ぎ(年収)」だ。20代前半の277万円から始まり、年齢とともにじわじわと上がり、55〜59歳でピークの572万円に達する。そして60歳を超え、定年と再雇用を迎えた瞬間に473万円、70歳以上で305万円へと一気に崖を下る。見事な山型である。ただし注意が必要だ。この山は「今の55歳がもらえる額」の断面図であり、今の若手が将来同じ景色を見られる保証はない。事実、就職氷河期世代(現在の40代後半〜50代)は、上の世代が同年齢だった頃に比べて賃金が5〜10%低いというデータがある。さらに実質賃金で見れば、日本の稼ぐ力は30年前のピークから16%も低下している。山自体が低くなっているのだ。
2回目の輪切りは「貯金から負債を引いた純資産」だ。右端の70歳以上はプラス2400万円、60代はプラス2600万円。しかし左へ視線を移すと、50代はプラス1000万円、40代でほぼゼロになり、なんと40歳未満の箱は「マイナス900万円」となる。若年層は貯金よりも住宅ローンなどの借金の方が圧倒的に深いのだ。日本の家計が持つ約2400兆円の金融資産のうち、実に6割以上を60歳以上の世代が独占している。資産の山は、高度経済成長期に稼いだ世代とともにそのまま年をとったのである。
3回目の輪切りは「株式の保有額」である。20代の保有額が平均61万円なのに対し、60代は629万円と10倍以上の差がある。昨今の歴史的な株高によって、家計の株式資産はこの1年で29%も急増した。しかし、恩恵を受けたのは株をすでに持っていた「高齢者」だけだ。資産インフレの波は、持たざる者には1円の恩恵ももたらさない。
最後に4回目の輪切り、「同じ箱の中の格差(世代内格差)」を見る。高齢者は全員逃げ切り組かといえばそうではない。70代以上の箱を開けると、貯蓄3000万円以上の世帯が14%いる一方で、貯蓄ゼロの世帯も11%存在する。単身世帯における若年層も同様だ。どの年代の箱を開けても、およそ3人に1人は「将来に備える金融資産がゼロ」なのである。
ニュースでよく「日本の格差が過去最大になった」と騒がれるが、これは再分配前の所得を測る指標であり、年金暮らしで所得ゼロの高齢者が増えれば機械的に悪化する統計の罠だ。税と社会保障を通した後の格差は、実は25年間ほぼ横ばいである。しかし本当に恐ろしいのはそこではない。年齢という「世代間の段差」と、投資をしているか否かという「資産の有無の溝」。この二重構造の格差が、誰のせいでもなく、ただ時間を経るごとに絶望的なスピードで開き続けていることなのだ。
第4章:真の豊かさを測る「集まる度」と「使う度」の視点
ここで再び世界に視点を戻し、富裕層の動きと実態を測る別の物差しを使ってみよう。3本目の物差しは「集まる度(密度と移動)」だ。
国民の何人に1人がミリオネアかという密度で見ると、スイスは7人に1人、モナコに至っては3人に1人がミリオネアである。国全体がプライベートバンクの待合室のような状態だ。しかし、彼らはそこにずっと留まるわけではない。富裕層の移住データを追うと、2025年に世界で最もミリオネアが流入したのはUAE(ドバイ)で、1年間で約1万人が資産ごと引っ越してきた。逆に最も流出したのはイギリス(約1万6000人流出)である。 富裕層は税金が上がれば逃げ、戦争が近づけば逃げる。事実、中東情勢の悪化に伴い、富裕層がドバイから脱出し始め、プライベートジェットの値段が跳ね上がっている。彼らは世界中で最も安全で条件の良い場所を求めて、永遠に探し続ける不自由な生き方をしているとも言える。
4本目の物差しは「使う度(実際の消費力)」である。 通帳の残高がいくらあろうと、実際にモノやサービスを消費できなければ豊かな生活とは言えない。OECDの「実際個人消費」という指標で見ると、世界1位はアメリカである。真ん中の人の資産額は7万ドルと薄いのに、借金をしてでもOECD平均の1.5倍を凄まじい勢いで消費をしている。一方、平均資産が世界一のスイスは、物価の高さと国民性も相まって、消費額ではヨーロッパ平均の15%増し程度に留まっている。資産ランキングの王者は、使うことの王者ではないのだ。なお、ヨーロッパ1位はルクセンブルクだが、この国は周辺国から毎日22万人もの労働者が国境を越えて通勤し、GDPの4割を稼ぎ出しているという統計の幻を持つ国でもある。しかし、居住者の家計そのものは本物に豊かだ。
これら4つの物差し(平均、中央値、集まる度、使う度)を重ね合わせると、世界で本当に裕福な国は2種類しかないことがわかる。 一つは、スイス、ルクセンブルク、シンガポール、モナコ、UAEといった「人口1000万人以下の小さく開かれた国」だ。低い税金、強固な金融インフラ、治安、法的な安定という4点セットを武器に、他国で製造されたお金持ちを「輸入」している国々である。 もう一つが「アメリカ」だ。自国の巨大な株式市場とストックオプションという強力なエンジンを使って、自前でお金持ちを大量に「製造」している唯一の大国である。
第5章:資産インフレ時代を生き抜くための生存戦略
ではこのような残酷な世界の中で、我々日本の一般市民はどう立ち回り、資産を築いていくべきなのか。今年のUBSレポートの中で最も重要な一文は、「ミリオネアが100万人増えた」ことではなく、「調査した国の大半で、中央値の資産が下がった」という事実だ。
世界中で、富の階段の上の方だけがどんどん伸びていき、真ん中は下がっている。株や不動産を持つ者のところにだけ資産インフレの恩恵が流れ込み、持たざる者は同じ場所に立っているだけで相対的に貧しくなっていく。労働による賃上げのニュースは素晴らしいが、労働で取り返すよりも、資産が勝手に増えていくスピードの方が文字通り「1桁早い」のだ。稼ぐ力だけでは、もはやこの構造的格差は埋まらない。ゲームのルールは「稼ぐ」から「持つ」へと完全に移行している。
しかし、日本には希望の光もある。直近5年間(2020年〜2025年)のデータにおいて、日本人の資産中央値の成長率はなんと「世界1位(プラス50%以上)」だったのだ。この背景にあるのは間違いなく「投資への目覚め」である。NISA口座は2800万件を突破し、新NISA開始からの2年間で71兆円もの買い付けが行われた。多くの分厚い中間層が、オルカンやS&P500といった世界株インデックスにコツコツと資金を投じ、円建てで資産を増やした結果である。
ここで我々が取るべきサバイバル戦略は明確だ。
① 「時間」を最強の武器にする 労働収入のピークは55歳だが、資産の山は時間をかけた者から順に育っていく。左側の若い箱にいる人にとって、複利の力と時間は最大の武器である。ルールが変わったことに気づき、市場に居続けることが絶対条件だ。「稲妻が輝く瞬間(市場が急騰する数日間)」を逃さないためにも、常に市場に資金を置いておく必要がある。
② 円資産からの分散を徹底する 日本に超富裕層が生まれず、資産の伸びが世界から遅れている最大の原因の一つは「円の長期的な減価」である。真面目に働いて円の預金だけをしている状態は、「日本円に100%集中投資している」という極めてリスクの高い状態だ。外貨建て資産(世界株など)への分散は、単なる投資の流行ではなく、円資産一本足打法という致命的な弱点に対する必須の防衛策である。
③ 歴史的な「富の大移動」に備える 今後20年で、右側の箱(高齢者)に積み上がった約1500兆円もの資産が、相続という形で左側の箱へと大移動を始める。史上最大のお金の移動だ。これが誰に流れ、どこへ消えるのか。このマクロな資金のうねりを理解し、自らの立ち位置を確認することも重要だ。
おわりに:相対比較を抜け出し「足るを知る」
統計を追っていくと、どうしても「あいつより多い、少ない」という相対的な順位に一喜一憂してしまう。富裕層レポートの結びにもある通り、「人は自分の富を絶対額ではなく、他人との比較で考える傾向がある」のだ。この罠にハマると、いくら資産を築いても永遠に満足できない不自由な人生を送ることになる。為替の変動で1年単位の順位が上下したからといって、一喜一憂するのは本質的ではない。
SNSを見れば、バグった基準の「億り人」のアカウントで溢れかえっており、感覚が麻痺しそうになる。しかし冷静になってほしい。資産100万ドル(約1億6000万円)は、世界中の成人の上位「1.5%」に君臨する大富豪であり、この層が世界の富の約48.4%を保有している。さらに言えば、資産10万ドル(約1600万円)であっても、世界の上位「16%」に入る立派な資産家なのだ。日本で真面目に働き、コツコツとNISAで資産運用を続けていれば、十分に到達可能な数字である。
見出しの「平均値」や「順位」に振り回される必要はない。大切なのは、自分と家族にとって「十分な豊かさ」とは何かを定義し、「足るを知る」ことだ。自分の現在地を正確に把握し、正しい物差しで世の中を見つめ、淡々と市場に参加し続ける。それこそが、情報過多で不確実なこの時代を生き抜くための、最も確実で堅牢な資産形成戦略である。
