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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第50話: 骨付き鶏もも肉のコンフィと白ワイン


内容紹介

今日の一皿は、低温調理で中はしっとり、焼きを入れた皮パリッと鶏の旨みを最大限味わえる「骨付き鶏もも肉のコンフィ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 真夏の昼間に汲み上げた水が、まだ地面の奥の温もりを残しているのかもしれない。東京の裏路地は、夜になってもどこか湿り気を帯びていた。渡部詩織わたなべしおりは、静かな歩調でその小道を進んでいた。

 信州の山あいで育てた鶏と卵。小さな養鶏場に勤めて15年。現場に出て世話をしながら、ネット通販の注文管理もこなし、首都圏の直販先に顔を出すこともあった。今日はそのうちの一軒、団地の自治会だった。

 そこの世話役の山田篤史やまだあつしという男性とは、かれこれ5年以上の付き合いになる。無口だが、いつも卵の状態に鋭い眼を向ける人だ。詩織が丁寧に育てたと伝えずとも、ちゃんとそれを見抜いてくれる、数少ない客のひとりだった。

 だが今日は、帰りにふと寄った駅前の喫茶店で「次の更新は未定になるかもしれない」と言われた。篤史が組合長を降りるらしい。新しい担当者は、近場の産地の、もっと安価なものでいいと言っているのだとか。胸にざらりとした違和感が残った。

 そのせいかもしれない。ホテルへ戻る途中、明かりも看板もないのれんに、足が吸い寄せられたのは。

 白く小さな布の端が、夜風に揺れていた。詩織はその奥へと進み、誰もいないカウンターの端に腰を下ろした。

 「いらっしゃいませ」

 その声に、顔を上げた。真城一献ましろいっこんはそれっきり黙っていたが、目元の皺が微かに動いた気がした。何も注文していないのに、彼は厨房に下がり、静かな所作で火を入れ始めた。

 「骨付き鶏もも肉のコンフィです」

 数分後、青い皿が差し出された。皮目が香ばしく焼かれた骨付き鶏もも肉。きつね色にソテーされたズッキーニの輪切りがその周囲に並べられ、背後には瑞々しい葉野菜がこんもりと盛られている。太古の昔から聳え立つ神木のような、清冽な香りがする。ローズマリーだろうか。

 フォークを入れると、鶏の身はするりとほぐれ、下に溜まった鶏脂がきらりと光った。これが本当に、鶏の身体を支えていた筋肉だとは思えない。構えた顎が拍子抜けするほど、柔らかい。その中に、すべての旨みと水分を、そのまま保っている。
 その瞬間、詩織の中で何かが音を立ててほどけた。

 「この脂の味、似てる」

 ふとこぼれた言葉に、真城は何も言わず、背後の棚から一本のワインを抜
いた。

 「ザ・ペアリング、ソーヴィニヨン・ブランです」

 グラスを傾けると、青草や柑橘の香りがふわりと立ちのぼる。口に含むと、きりりとした酸が鶏の脂をすっと流し、残り香だけを舌の奥に残していった。

 「こんなに静かに整えられた味、初めてです」

 そう告げると、真城は少しだけ口元を緩めた。

 「脂は、時間の器ですから」
 「時間の……?」
 「鶏が過ごした時間。火にあてた時間。ひと皿に、詰まってる」

 その言葉に、詩織は肩の力が抜けるのを感じた。誰かにわかってもらえた気がした。毎日、鶏の糞を掃除し、病気に気を配り、時に命を看取る。華やかさなどない現場で、彼女はずっと「時間」をかけてきた。

 「今日、山田さんに会ってきたんです」

 真城は頷いた。

 「団地の山田さん。よく知ってます」
 「最後の配達でした。新しい組合長は、もっと安価なものでいいって言ってるみたいで。誰にでも届けられるものじゃ、ないんですけどね」
 「わかってる人は、少ないですから」

 再び注がれたワインは、先ほどよりもわずかに温度が高く、まろやかさが増していた。詩織はそれを少しずつ口に含みながら、ゆっくりと言葉を続けた。

 「鶏たちの命をもらって、卵を売って、生活して。でもそれだけじゃなくて。ちゃんと見て、食べてくれる人がいると、嬉しいんです」
 「それだけで、十分ですよ」

 真城はそう言うと、グラスを下げ、静かに厨房へと戻っていった。

 皿には、最後のひと切れが残っていた。詩織はそれを丁寧に口へ運んだ。鶏の柔らかさ、脂の香り、ハーブの清涼感。そこには確かに、自分の手が届かない場所で受け取られた命の形があった。

 詩織は再びのれんをくぐった。二回目は、悠久の時間を纏わせて。
 真城一献は、詩織の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第51話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

骨付き鶏もも肉のコンフィ
  1. 強めに塩胡椒した骨付き鶏もも肉をオリーブオイルで満たし、そこに潰したにんにくとローズマリーを加える。

  2. オーブンの温度調節機能や低温調理器などを使い、75℃で2.5時間ほど低温調理する。

  3. そのオリーブオイルをフライパンに垂らし、鶏肉の皮に焼き色をつける。

材料紹介

  1. オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。

  2. ザ・ペアリング ソーヴィニヨン・ブラン : 骨付き鶏もも肉のコンフィと。

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