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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第40話: 野菜たっぷり冷しゃぶと白ワイン


内容紹介

今日の一皿は、バテた夏にもさっぱり豚で野菜をたくさん撮れる「野菜たっぷり冷しゃぶ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 草薙岳くさなぎがくは、ふとした気まぐれで東京に出てきた。畑に植えたバジルとスペアミントの勢いがつきすぎて、近隣の店ではさばききれなくなっていた。思いつきで、都心のレストランに飛び込み営業をしてみようと思ったのだ。
 昔の自分なら、こんな即興的なことはしなかった。だが、山岳ガイドとして生きた十数年を経て、今は土と風の変化に従って動く生き方に染まっていた。そうでもしなければ、ハーブの香りを都会に届ける術がない。

 だが、商談はことごとく撃沈だった。使いたいとは言われるが、価格が合わない。流通のルートがない。供給は不安定。返ってくるのはどこかテンプレートな言葉ばかり。
 夕暮れの街を歩くうちに、岳の耳に馴染みのある言葉がふと蘇った。「流通じゃない。誰が作ったか、だよ」。あれはたしか、志賀高原の小さなブルワリーの店主が言っていたことだった。
 そのブルワリーに、自分のハーブを届けていたのは3年前。まだ畑を借りたばかりで、香りも味も定まっていなかったが、店主は言った。「これは、誰かが一所懸命育てた味がする」。そんな風に言われたのは、後にも先にもあれきりだった。

 夜風が少し冷えてきて、足元の感覚がようやく地面に戻ってきた。気づくと、知らない裏路地を歩いていた。アスファルトが交差する町に、まるで森のような静寂が漂っている。その先に、小さな行燈がひとつ、ぽつりと灯っていた。
 白いのれん。文字はない。ただ、その奥から、自然の気配を感じた。吸い寄せられるように、岳はのれんをくぐった。

 中には客の姿はなく、カウンターの奥で包丁を研いでいた男が、軽く会釈した。

 「いらっしゃいませ」

 その一言で、草薙は黙って席に腰を下ろした。真城一献ましろいっこんは、それ以上何も尋ねず、ただ静かに湯を沸かし始める。
 刃がネギを刻む音。トマトを切る音。バットに打ち上げられた、湯引きされた薄い豚肉。そのすべてが、まるで風景の一部のように連なっている。岳は音を聞きながら、思い出の断片に身を預けていた。

 やがて、白い大ぶりの器が目の前に置かれた。中心には薄く湯がかれた豚肉。そのまわりを囲むように、緑鮮やかな刻まれた胡瓜、水菜、バジル、ピーマン。そして真っ赤なトマトとピンクの茗荷が、色合いに変化をつけている。上には細かく刻んだ青葱があしらわれている。彩りは派手ではないが、どこか瑞々しい力強さを感じさせた。

 「冷しゃぶです。タレはふたつ。胡麻と、おろしポン酢を」

 真城はそれだけを言い添えて、再び静かに奥へと戻っていった。

 まずは胡麻ダレを少しかけ、肉とキュウリを一緒に口に運ぶ。
 しっとりとした豚肉の脂に、胡麻の香ばしさがまとわりつく。キュウリの青さと食感が、濃厚さを洗い流すように追いかけてくる。次に、ポン酢おろしを豚肉と、今度はトマトとバジルに絡めて一口。酸味がほどけ、すっと喉奥まで冷えていく。乾いた身体に、顎を動かすたびに水分が馴染んでいく。

 そこに、真城が一杯の白ワインを差し出した。琥珀がかったレモン色。立ち上るのは、白胡椒のような香りと、草のような青さ。

 「グリューナー・ヴェルトリーナー、オーストリアの土着品種です」

 一口、口に含むと、爽やかな酸味とともに、どこかハーブを思わせる風味が広がった。その味に、思わず息を止めた。

 「─これ、自分の畑の香りに似ている」

 ぽつりと漏らした声に、真城が目を細める。

 「このワインを出すと、畑を思い出すと言う方が、以前にもいらっしゃいました」

 それは、岳の記憶の中の言葉とも重なった。
 志賀高原のブルワリーで、あのIPAにハーブを添えてくれた店主が言っていた。

 「数年前に来た人が、香りの重なりが面白いって話してたよ」

 その人は、「売れるか売れないかじゃなくて、飲んだあとに何が残るかが面白い」と、そう言っていたという。

 「もしかして─。その人、橋爪輝はしずめひかるって名前じゃなかったですか?」

 真城は少し考えるようにして、頷いた。

 「はい。橋爪輝さん。たしか、都内のスーパーにお勤めだと伺いました」

 岳は驚きと共に、小さく笑った。あの言葉を聞いたとき、誰かが自分のハーブを、名も知らないまま大切にしてくれていると知った。それだけで、山を降りてハーブを育てようと決意できたのだ。
 それが、いま、香味野菜と白ワインの一杯の向こうに、確かに繋がった気がしていた。

 「─風って確かに、巡るんですね。どこかで育てた香りが、誰かの言葉に変わるなんて」

 岳は静かにグラスを傾けた。ハーブのような余韻が、口の奥でゆっくりと広がっていく。

 再び、冷しゃぶの野菜を箸で持ち上げ、、もう一度胡麻ダレに戻ってみる。香り、歯ざわり、温度、味。すべてが調和している。こんなに静かな一皿が、自分の人生のどこかとこんな風に交差するとは思わなかった。

 岳は再びのれんをくぐった。二回目は、さわやかな風を纏わせて。
 真城一献は、岳の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第41話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

野菜たっぷり冷しゃぶ
  1. 鍋に1リットルの水と、中華だし大さじ1、おろし生姜を入れて、沸かす。

  2. 豚のしゃぶしゃぶ肉を入れて、色が変わった瞬間にバットに取り出す。ラップをして冷蔵庫で冷やす。

  3. たくさんの種類のお好きな野菜をとにかく刻む。

材料紹介

  1. グリューナー・ヴェルトリーナー : 野菜たっぷり冷しゃぶと。

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