【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第4話: ぬか漬けパスタと日本酒
内容紹介
今日の一皿は、腸にも嬉しい日本の定番の漬物を使った、ちょっと変わった「ぬか漬けパスタ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、日本酒と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
庄司京介は、父から面白い店があると聞かされた。何でも、注文もしていないのに、自家製キムチとマッコリを出すらしい。しかもそれが、最高の組み合わせだったと。
というのも、京介は発酵食品専門のフリーライターだった。キムチとマッコリと聞いたら、これは訪れずにはいられなかった。
父に教えてもらった店への道順は、何とも大雑把だった。何しろ路地が入り組んでいる。角を曲がるたびに、また同じ道を歩いているのではないかと、ますます不安になった。それでも、発酵熱にかろうじて助けられながら、なんとかそれらしき店の前まで来た。
父に聞かされていた通り、弱々しい行燈の明かりと、何も書かれていない白いのれんが見えた。きっとここに違いない。京介はここまでたどり着いた達成感と、発酵への期待に胸を躍らせながら、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
小さなスペースに、カウンター席があるだけの、こぢんまりとした店だった。メニューも何もない、まるでミニマリストの部屋のようだった。
「こんばんは。父からこの店を薦められて。自家製キムチとマッコリが美味しかったと」
それを聞くと、真城一献は微笑んだ。
「小学校の先生を定年退職された方ですね」
「そうですそうです。僕はその息子で、発酵食品専門のライターをやってまして」
「なるほど、そういうことでしたら。─お腹は空いていますか?」
「ええ、夕食はここでと思いまして」
「では、少々お待ちください」
そう言うと、真城は京介に背を向けて、作業を始めた。冷蔵庫から豚の塊肉を取り出し、短冊切りにすると、アルミパンの上に乗せ、オリーブオイルを垂らして火にかけた。ゆっくりと、芳醇な豚の脂の香りが漂ってくる。表面がカリッとしてきたら、にんにくオイルと唐辛子オイルを少量垂らす。豚の脂に、にんにくの香ばしさが混ざっていく。そして、計量カップに張った水を、アルミパンに流し込んだ。
京介は、果たしてこのあと発酵食品が出てくるのか、少し不安になりながら、真城の手元をカウンター越しに見つめていた。
アルミパンの中が沸々し始めると、真城は乾燥パスタを手にとって、その中にばらしながら入れ始めた。
「パスタ、ですか?」
京介は思わず、声をかけた。
「はい。大丈夫ですよ、安心してくださいね」
真城はそういうと、厨房の片隅から、大きなバケツのようなものを取り出してきた。蓋を開けた途端、発酵の香りが京介の鼻腔をくすぐった。
「ぬか漬けですか?」
「はい。もちろん、自家製です」
そう言いながら、真城はいくつかの野菜を取り出し、軽く水で洗って包丁で刻み始めた。
このぬか漬けをどうするのだろう。オイル系のパスタの横に添えるのだろうか。京介は氷水に満たされたグラスを持つと、口から出かけた緊張と一緒にぐっと飲み込んだ。
キッチンタイマーがやさしく鳴いた。それを合図に、真城はアルミパンの中に、最初とは違う瓶のオリーブオイルを垂らし、火を止めた。そして、先ほど切った野菜たちを中に入れると、アルミパンを三回煽った。
「ぬか漬けパスタです」
差し出された皿を見ると、パスタの上ににんじんと大根と豚が絡められ、小ネギが添えられていた。豚の脂、にんにく、オリーブオイル、そしてぬか漬けのわずかな酸味が混ざって、複雑な香りが湯気とともに立ち上っている。
「まさか、パスタに入れるとは─。いただきます」
そう言うと京介は、にんじんをフォークで刺して、口に運んだ。あたたかいぬか漬けが口の中で、シャキシャキと音を立てる。まだ、瑞々しさが残っている。次に、豚と大根を刺したフォークに、パスタを巻いて頬張った。まず、唐辛子がその存在を主張してくる。次に、豚の熟成された旨みが口の中に広がっていく。そして、ぬか漬けのやさしい酸味が、味覚をまとめ上げていった。
「こんなパスタ、食べたことがありません。全方向に主張があるのに、それでいてちゃんとまとまってる。そして何よりも、こんなにやさしい見た目なのに、暴力的とも言っていいくらい、旨みが爆発していますね」
「さすが、ライターさんです。よかったら、お酒もいかがですか?」
「はいぜひ、お願いします。マッコリですか?」
「マッコリもいいですが─」
そう言うと真城は、冷蔵庫から一升瓶を取り出して、ぐい呑みに注ぎ始めた。
「鶴齢の、生原酒です。和の濁りが合うかと」
京介は早速ぐい呑みを持ち上げて、白く濁った液体を口に含んだ。ちょっとシュワっとしたかと思うと、米の香りが一気に広がってくる。濁っているがキレがよく、力強さと軽快な動きを併せ持っていた。
「これは、止まらないかもしれない」
そう言うと京介はもう一度フォークを掴んで、せっせとパスタを巻いた。みるみる手と口が忙しくなっていく。
「パスタができるのも10分足らずだし、お酒を注ぐのなんて一瞬です。でもそれ以前に確かにあった、雄大な自然の力と時間が、この旨みを作り上げています」
「これは、もはや畏怖を感じるペアです。─実は、ライターの仕事、ちょっと手詰まり感がありました。発酵食品専門という肩書きに、限界を感じ始めていたんです。でも今この瞬間、まだ僕の知らなかった奥行きが、この世界には残されていることを知りました」
京介は自分の言葉に自分で納得しながら、パスタと日本酒を次々と自分の栄養に変えていった。
「『酒肴録』、でしたよね?」
「はい。酒に肴で、酒肴録です」
「次はどんな新しい世界が見られるのか、楽しみです」
京介は再びのれんをくぐった。二回目は、熟成された複雑な香りを纏わせて。
真城一献は、京介の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

豚肉の塊をあらかじめ、重さに対して5%の塩をして、一日以上冷蔵庫で寝かせておく。一日経ったら水分が出るので、捨てる。
豚肉を切ってフライパンに乗せ、オリーブオイルを垂らして弱火にかける。豚肉の脂をじっくりと出し、焼き色をつける。
にんにくと唐辛子、またはそれらのオイルを加える。
にんにくの香りがしてきたら、水を400cc程度加える(豚肉から塩分が出るので塩は加えない)。
沸いたら、パスタを加えて時間通り茹でる。
茹で上がったら香りの良いオリーブオイルを垂らし、火を止めてお好きなぬか漬けを加える
材料紹介
ぬか床 : 腸活するならまずはこれ。
足しぬか : 足しぬかは必須アイテム。
漬物容器 : たくさん漬けられる。メンテも簡単。
豚バラブロック : 塩漬けにすると保ちます。いつでも少しずつ料理に使えて便利。
パスタ : パスタならこれがおすすめ。ブロンズダイスでソースとよく絡む。
アルミパン : 本格派。買えば一生モノ。
調味料入れ : あると便利。にんにくオイル、唐辛子オイル、トマトソースなど。
唐辛子 : パスタを作るなら買っておこう。
鶴齢生原酒 : ぬか漬けパスタと相性バッチリ。
オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。
