【ビビデバ】 Hitの理由分析レポート 〜 YouTube 今週の1曲 [No.7 - 24.10-01]
本楽曲を取り上げる理由
2024年の大ヒットVTuber楽曲といえば、この曲「ビビデバ」です。記事執筆時現在で、YouTubeのMV再生回数はなんと9174万回となっており、2024年中に1億回再生達成はほぼ確実なペースとなっています。
このMV再生回数は、2024年にリリースされた楽曲でいうと「Bling-Bang-Bang-Born」、「はいよろこんで」に次ぐレベルの成績となっており、2024年を代表するヒット曲のひとつと言えます。
2024年ヒット曲の中でも今回ビビデバを取り上げる理由は、「コアファンの文化圏を超えてヒットした楽曲」と推察されるためです。ビビデバを歌うアーティスト「星街すいせい」はバーチャルアイドルとして活動するVTuberで、ファンのペルソナの多くはVTuber文化圏内の「オタク界隈」の人々だと考えられます。が、VTuberコアファンが形成する文化圏を超え、一般層(特定のペルソナを定めにくい、広い視聴者層)にまでリーチする形でヒットしたことが、ビビデバが特別であった点であると考えています。
VTuberは、それ自体がまだ一般層に完全に浸透しきったとは言えないコンテンツです。しかし、「ビビデバ」はそれにもかかわらず文化の垣根を超えてヒットを生み出しています。
今回は、その理由を掘り下げてみたいと思います。
分析の方針
まずは、どのような経路でビビデバがヒットしたのかを確認し、分析の方針を立てていきましょう。
ヒットの経路については、すでに優れた考察を書いている方がいらっしゃいましたので、そちらの分析結果を引用させていただきます。
詳細はリンク先ノートを見ていただくとして、簡単にまとめると、以下のようになります。
2024/03/22 YouTube MV公開
コアファンを中心に再生数が周り、ビルボードチャートで動画再生数3位に。2024/04月上旬 ストリーミングヒット
一般層にも普及し始める。また、VTuber楽曲としては最も早く動画再生数1,000万回再生を達成した曲となる。2024/04月下旬
比較的初動が遅かったUGCランキングでも上位に食い込む。
バズの流れは
【YouTube→ストリーミング→UGC拡大(主にTikTokやYouTube)】
の順番ですね。
一般層に対してヒットを飛ばすにはストリーミング再生数も稼ぐ必要がありますが、引用先でも言及されている通り、VTuber楽曲は、全体的にYouTubeのMV再生数に対してストリーミング再生数が低い傾向にあると言われています。
では、本当にビビデバはストリーミング再生においても抜きん出ていたのか(≒一般層にも広がっていたのか)データで確認してみましょう。

代表的なVTuberアーティストの各種プラットフォーム登録者数と代表楽曲のストリーミング再生数を並べてみました。確かに「ビビデバ / 星街すいせい」はストリーミングフォロワー数/再生数において、頭ひとつ抜けた成績を残していることが分かります。
実際にコメントを見てみても、外部流入でMVを見にきてファン化した人たちが散見されます。一般層普及後であろう2024年5月以降から、いくつかMVコメントを抜粋します。VTuberコアファンの中心である「オタク界隈」を超え、一般層まで波及するヒット曲となっていることは、どうやら間違っていなさそうです。

TikTokの楽曲使用数(UGC数)については、記事執筆時点で24.4kとなっており、これまで取り上げてきたTikTokでバズを生んだ楽曲と比較すると、やや盛り上がりには欠けていた印象。
参考までに過去に制作した最近のUGCが0→1で伸びたヒット曲のレポートを添付しておきます。
これらから分かるように本楽曲はYouTubeの再生数が1億に迫る勢いであることを加味しても、UGCはやや少なかったという結論になるかと思います。
これらを踏まえて、
オタク界隈コアファンの高いエンゲージメントによりYouTube再生数の初速を稼ぎ
結果としてストリーミングサービスにヒットが波及し
ストリーミングサービス経由で広がった一般層への露出をしっかりファン化にまで繋げることができている楽曲
と言うことができそうです。
このことから、バズがここまで広がった要因として「コアファンと一般層両方に刺さる要素をMV自体が持っていた」という側面もあったのだろうと考えるのが自然です。
そのため、本稿では「MVのどの要素がコアファンと一般層両方に刺さったのか」を分析の中心に据えたいと思います。
また、上述のように、ビビデバはVTuber史上最速で1,000万回再生を達成した楽曲です。コアファンによる再生数の初速が通常よりも良かったことも見逃せないバズの要因のひとつと言えそうです。ここの分析も盛り込み、以下のような流れで分析を進めていきたいと思います。
再生数初速が伸びた理由の分析
MVの分析
楽曲の音楽的特徴
時代背景における本楽曲の立ち位置
バズった結果得られたもの
再現性のある要素
再生数初速が伸びた理由の分析
先述のように、ビビデバはVTuber史上最速で1,000万回再生を達成した楽曲で、初速の伸びが良かったことは疑いようがありません。
データとしては、公開から24時間以内には約80万回再生、1週間で約500万回再生となっています。これは星街すいせいさんの他の動画と比べてもざっくり2〜5倍程度良い成績です。本項では、時系列で分析を進めていきたいと思います。
公開直後の伸び
まず、本楽曲は、2024/03/22 に行われた【星街すいせい生誕&6周年記念ライブ 「SheenderellaDay」】内で、ライブの最後にサプライズという形で初公開されました(以下リンクで、発表の瞬間に飛べます)。
今になって振り返ると、ライブのタイトルが「シンデレラ」を彷彿とさせ、ビビデバ発表の伏線にもなっていますね。
このライブは最大同時接続数15万人規模の生配信となっており、かなり多くのファンがリアルタイムで視聴していたことが分かります。MVが公開されたのはこのライブの直後なので、ライブの余韻に浸ったまま、多くの配信参加者がそのままMVを視聴していたのではないかと推測しています。再生初速における、一番最初期のロケットスタートの仕掛けは、このサプライズ発表だったのではないかと考えています。
公開から1週間までの拡大(〜500万回再生くらいまで)
ここは、VTuber界隈内での関連動画クリックによって広まっていったフェーズであると考えています。つまり、YouTube内のアルゴリズムで拡散されたフェーズです。
このフェーズのセンターピンはAIに良い評価を与えることです。
中でも重要なのはコアファン以外の「サムネイルクリック率」と「視聴維持率」で良いスコアを取ることです。(その他にも重要な指標はありますが今回は一旦省きます)
視聴維持については「MVの分析」の章で後述するので、ここではまず、
サムネイルのクリック率にどのような要素が寄与していたか考えようと思います。
まずは最近ヒットしたVTuber等二次元キャラクター関連のサムネと本楽曲のサムネを比較してクリックされた理由を考えてみましょう。

どうでしょう。最近の楽曲も一部含まれてしまっていますが、VTuber界隈の関連動画の雰囲気はだいたいこんな感じだと思います。
「シンデレラボーイ」の分析noteでも述べましたが、サムネイルを見てからクリックするまでの時間は1秒以下程度であると言われています。その前提の上で、「パッと見で目につくモノ」という観点で見てみると、「ビビデバ」は独特な立ち位置にいると思いませんか?
構図
まず、VTuber関連動画では「第三者目線でのキメ顔」的な構図が多く見られます。上で紹介した関連動画一覧でもその傾向が見られますよね。VTuberの「可愛さ」を全面に押し出す、という目的に対して、たしかに一番効果のありそうなサムネイルの在り方といえます。
アーティストのYouTubeチャンネルの動画一覧を見ても、その傾向は明らかです。

これに対してビビデバでは、「セルカ棒を使った自撮り目線でのオフ顔」的な構図を採用しています。やや上からのカメラ視線になっていることが、自撮り感を出すことに大きく寄与していますね。
VTuber楽曲の中において、当時見慣れない構図であったということができそうです。
彩度
こちらもVTuber関連動画で出てきたサムネと比べてみると独特な立ち位置にいます。カラフルで明るいサムネが多い中、ビビデバのサムネは「暗い」ですよね。
もちろん明るい/暗いで分けると、暗いに属するサムネイルは他にもあるといえばあるのですが、ビビデバはアーティストの顔の色合いが背景色に溶け込んでおり、「表情」や「可愛さ」が強調されていない(≒ 視認しづらい)構成であることが、VTuber MVとしては特徴的です。
以上二つの観点から、視聴者の「目に止まる」というところはクリアできそうです。目に止まってしまいさえすれば、次に視聴者がサムネイルから受け取る情報は「星街すいせいの新曲である」という事実と、「2D+3Dで構成された特徴的な世界観」という演出面の情報です。この演出の効果については「MVの分析」で詳細に述べますが、サムネイルにおいても、「どういうMVなんだろう?」と期待感を高める効果があったように思います。
以上より、
VTuber楽曲としての構図・色合いの独特な立ち位置(→ 目に止まる効果)
2D+3Dという特徴的な演出(→ 興味を抱かせる効果)
の2点が、VTuber界隈コアファンに対してポジティブに作用し、初速の加速に繋がっていたものと考えています。
あえて、「VTuber界隈コアファンに対して」と強調したのは、VTuber界隈外の一般層に対しては、別の分析が必要だと考えているためです(後述します)。
上記のポジティブ効果は、「VTuberに興味がある」が大前提となっています。対比として、Saucy dogのシンデレラボーイのサムネイルは、この前分析ノートで述べたように、Saucyファンではない別の界隈にクリックさせる仕組みをもったものとなっていました。ビビデバのサムネイルは、(特徴的な演出で多少興味を惹くことはあったかもしれませんが)主体となっているのがアーティストである以上は、あくまでファン向けのものだったと考えています。
つまりコアファンや少なくともV文化や二次元文化に親しみのある界隈以外のクリック率が高かったことは上述の理由では説明できないということです。
※なお、サムネイルはMV公開から何度か変更されていますが、この段階では、以下サムネイルが採用されていました。

その後、600万回再生を超えたあたりで「1番サビのダンスシーン」がサムネになったりしていますが、記事執筆現在においては、上画像左のサムネイルに落ち着いています。
公開から1週間以降(500万回再生〜)
ここからが、一般層の流入も増えてきたフェーズですね。先ほど「サムネイルは一般層に対しては刺さるものではない」と述べましたが、ではどのように一般層のMV視聴数を稼いだのでしょうか?
「分析の方針」の章に戻って見ましょう。この章で、一般層への広がりは「ストリーミングサービスでのヒット」が中心だったことを述べています。これを踏まえると、一般層は、YouTube内の関連動画レコメンドをクリックすることでビビデバMV視聴をしたのではなく、ストリーミングサービスにおいて、楽曲のみの力でエンゲージメントが高まった状態で、「指名検索」することによってMV視聴をしていた可能性が高いと見ています。
或いは指名検索ではなかったとしても、ストリーミングサービスで再生し好感を持っている層であれば曲名の書かれたサムネイルがYouTubeのおすすめフィードに表示されるだけでもクリックされることは容易に想像がつきます。
明言はされていないので憶測とはなりますが、音楽ストリーミングとYouTubeのアルゴリズムは間接的になりますが連動する動きをすると僕らは予想しているのでこの流れのユーザーも多かったのではないかと思います。
この経路なら、サムネイルが一般層に刺さる仕組みを持っていなくても、MVの視聴数がコアファン以外にインプレッションされても右肩上がりに伸び続けることの説明がつきます。
まとめ
アニバーサリーライブ配信での楽曲のサプライズ発表。からのYouTubeでのMV公開。これによって、コアファンMV視聴のロケットスタートを切ることができた。
VTuberコアファン内でビビデバがインプレッションされた際、構図と色合いが独特だったことにより、一見したときの印象への残りやすさを担保できた。
2次元+3次元という目新しい演出により、コアファンの興味をプラスアルファで惹くことができた
サムネイルが持つ仕組みは一般層のクリック率向上には寄与していないと見ているが、そもそも一般層はストリーミングサービスからの流入が多かったと見ており、あまりサムネイルが影響しなかった
MVの分析
最初に結論を言ってしまうと、ビビデバのMVが抜群に優れていた点は、「近年のトレンドに沿ったメッセージが説得力のある演出方法で表現されていたこと」です。これによってコアファンはもちろん一般層のエンゲージメントを高めることに成功していたと考えています。
本項では、
脚本面の分析と題して「ビビデバのメッセージ性」について
演出面の分析と題して「メッセージの表現手法・形態」について
以上2点をそれぞれ論じたいと思います。これらの分析から、コアファンの文化圏を超えて一般層のファン化に成功した理由を掘り下げます。
脚本面の分析
まずは一緒に脚本の流れを整理してみましょう。文中の登場人物のセリフは勝手に脳内補完しています。
① 世界観の提示(0:00〜0:29)
冒頭からAメロにあたる部分です。

3次元世界の中で、アーティストが2次元キャラクターとして存在する、という世界観が示されます。また、「ビビデバのMVの撮影」自体がMVになっているという脚本の方向性も冒頭で提示されます。詳しくは演出面の分析で述べますが、通常人を選ぶ「VTuber」というアーティスト形態において、この目新しい演出を採用したことで、ペルソナを問わず「もう少し見てみよう」と思わせることに成功しています。
上記右の画像は衣装の準備をしているシーンの切り抜きですが、まさに「お絵描き」で衣装を準備していることが示されています。こういった小ネタも「2次元キャラの衣装ってそうやって用意するんだ(笑)」という小さな解決感に繋がっており、視聴維持率を高めることに寄与しているでしょう。
② MV監督のアーティストに対する無茶振り(0:30〜0:46)
Bメロにあたる部分です。

アーティストが「ガラスのヒールを履いているので激しい踊りはできない」と主張するのに対し、MV監督は聞く耳を持たず、「いいからやれ」と言わんばかりに撮影を強行します。ここで、視聴者に対して問題の提示がなされて、「この先どうなっちゃうんだろう。ヒールで踊れるんだろうか。」と監督への不満感とともに視聴者感情を動かしています。
"ストレスを与える"という価値提供は動画SNSにおいて強力な視聴維持力があることは動画SNSを本格的にやっている方々の間では最早常識なレベルの常套句です。それをいやらしくない形で作品の中に組み込みつつ冒頭でそれを提示できているのはさすがと言わざるを得ません。
また、男性が多いであろうオタク界隈コアファンから、一般層にまでMVが広がるのにあたり、一般女性の感情を動かすことができるか否かは非常に重要なファクターです。それに対し、このシーンで提示される「ヒールの大変さを分かっていない男」という仮想敵は、女性全体に広く刺さる要素となっていたことが予想されます。
③ 案の定、アーティストが転倒してしまう(0:47〜1:19)
サビにあたる部分です。

最初こそヒールを履きながらも踊ろうとしますが、やはり限界がきて、アーティストが転倒してしまいます。Bメロで提示された問題へのアンサーになっています。やっぱりヒールじゃ激しい踊りはできません。
④ MV監督とアーティストとの衝突(1:20〜2:09)
サビ後の間奏から2番Aメロ/Bメロに当たる部分です。

MVが「なんでできねぇんだよ?!」と言わんばかりに傍若無人に振る舞い、アーティストのマネージャーをメガホンで殴りつけます。それを見たアーティストは「叩くことはないんじゃないの?!」とMV監督に抗議しますが、怒りが抑えられないMV監督は「なんだオメェは!」とアーティストに脚本を投げつけて反撃します。最終的にアーティストもガラスの靴を投げ返して反撃し、揉み合いの末に撮影は中止に・・・。
ここが本MVのハイライトです。今の時代におけるトレンドである「社会的抑圧への反発」を提示しています。より具体的には、「納得できなかったら相手が誰であっても主張する」という広く共感を得られるメッセージが描かれています。
また、この脚本を「星街すいせい」というアーティストが演じたことが重要です。必然性があるからこそコアファン目線でも満足のいく内容となっており、「星詠み(コアファン)」からの共感のコメントが多数ついています。

それもそのはずで、「星街すいせい」というアーティストはこれまで何度か過激な発言で話題になっています(勿論好意的な意味でそんな一面も含め星詠みたちに愛されています)。
これまでアーティストが築いてきたキャラクターと、このMVで提供されたキャラクターが一致していた。それでいて、かつ、そのキャラクターはこれまでMVとしては取り上げられてこなかった、というのが、コアファンのエンゲージメントを高めたひとつの要因になっています。
またアーティストマーケティングにおいて出会ってからファンになるまでの動線の一貫性を担保することは重要です。
本楽曲を通じて初めて星街さんに出会った人も最初の印象通りのままカスタマージャーニーを辿っていける点も含めてマーケティング的にも高く評価できるポイントです。
⑤ アーティストが自分ひとりでMVを撮る(02:09〜End)
ラスサビに当たる部分です。

アーティストは撮影現場を一人後にし、カメラを持ち出して衣装も着替えてしまいます。そして、一人屋外にてMVのサビの撮影を敢行し、楽曲は終了となります。
「じゃあ自分でやるからいいわ」と言わんばかりの最終シーンも、「社会的抑圧への反発」というメッセージ性を強調するものとなっています。前のシーンと同じく、「星街すいせいらしさ」と「時代に合致したメッセージ性」との掛け算で、コアファンと一般層のそれぞれが共感できるような脚本となっています。
脚本の分析は以上です。先述のように、必然性と時代性とを兼ね備えた脚本となっているのが素晴らしいポイントです。単に時代性を捉えているだけだと埋もれてしまいますが、「アーティストらしさ」がオリジナリティとなって、作品としてのレベルを高めています。
演出面の分析
先ほど分析した脚本を「どのように視聴者に提供するか」を決めるのが演出の側面です。本項では、
VTuber全般の演出上の制約
2次元+3次元という演出とその効果
脚本とのシナジー
の3観点でビビデバの演出を分析していきたいと思います。
VTuber全般の演出上の制約
VTuberは、そもそもアーティストをバーチャルでしか表現できない、という強い演出上の制約を負っています。その制約に対して通常は「全て2次元で表現する」という演出方法を取ります。星街すいせいをはじめとした大手VTuberでも、通常はこの演出方法が採用されています
一方で、例えば先月レポートで分析したSaucy DogさんなどがMVを作ろうと思った時には、「いつか」のようにアーティスト自身の撮影を主軸に据えても良いし、「シンデレラボーイ」のように2次元創作を主軸に据えても良いわけです。要は、演出方法を選択できるわけです。
それは「シンデレラボーイ」の分析ノートでも述べた通り、演出方法の選択によってリーチできる界隈が変わったりもします。即ち、演出方法の制約 = リーチできる界隈の制約 と言っても過言ではありません。
その意味で、VTuberで通常見られる2次元に寄せた演出は、2次元文化に抵抗のない「オタク界隈」周辺にしかリーチできないものになっていると言えます。一般層にまで目を広げると、美少女3Dや萌えイラストといった2次元表現に抵抗感を示す人も少なくないのが現状です。
そのため、狙い先のパイを大きく取りたいなら3次元の演出も選択肢として持っておいた方が良いのですが、VTuberではそれが非常にやりにくい。
よって、VTuber楽曲においては「基本的にリーチできる界隈はオタク界隈とその周辺のみ」という強い制約の中でヒットを最大化させるのがセオリーでした。まずはこれを前提として認識しておきたいです。
そんな制約を乗り越えるために、これまでなされてきたストレートな工夫は、「VTuberの見た目をできるだけ3次元のアーティストに近づける」というものです。「星街すいせい」自身もそういった努力を惜しんでこなかったアーティストでした。
かなりリアルな見た目ですし「これはこれで一つの素晴らしい表現方法じゃん」と思えるクオリティに仕上がっています。しかし、「3次元アーティストと同じか?」と言われるとやはりそこには埋められないギャップがあり、一般層全体が抵抗なく受け入れられるような演出にはなっていない、というのが現実です。
2次元+3次元という演出とその効果
今回、ビビデバで採用されたのは「2次元+3次元」という演出。結論を言ってしまうと、この演出を採用したことこそが、前項で説明した「VTuber楽曲のリーチできる界隈の制約」を飛び越えて一般層にまでリーチできたことの本質的な理由だと考えています。
「できるだけリアルに近づける演出」と「2次元+3次元演出」とを比べてみましょう。

どうでしょう。左のアプローチは、一般層から見た時に、本物の3次元との埋められない差が違和感となって気になってしまいそうです。一方で右を見るとどうでしょう。もっとリアルにキャラクターを表現できる現代において、あえて完全2次元のデフォルメ表現。左の画像でわずかに感じる3次元とのギャップ(演出の制約からくる限界)が、右の画像では「あえて採用したイカした表現方法」という見え方になりませんでしょうか。
そうなんです。3次元との埋められない差を小さくしようともがくのではなく、思いっきり2次元でデフォルメして、その状態で3次元と同じ空間に放り込んだ、というのが今回のアプローチです。一般層から見た時に「あぁ、VTuberね。興味ないなぁ。」という印象から、「お、なんか見かけないテイストのMVだなぁ。なんだろうこれ?」と興味を引き出すような印象に変化させることができていると言えます。
この演出によって、「VTuber楽曲のリーチできる界隈の制約」を解消し、ファン化できる層を大幅に広げられたのだと考えています。非常に画期的なアプローチだったと思います。
脚本とのシナジー
ビビデバでは「社会的抑圧への反発」というメッセージを「横暴な振る舞いをするMV監督に対してアーティストが怒りを表明する」という脚本で伝えていました。前項で語った「2次元+3次元」という演出は、このメッセージ性を強化することにも寄与していたのではないかと考えています。採用された演出が、脚本とシナジー関係にあったということです。この観点は、論理の積み上げだけで説明するのが難しいので、ある程度「個人の意見」も含まれてしまうのですが、できるだけ頑張って言語化しようと思います。
「アーティスト自身がMV監督に怒る」という脚本の性質上、没入感があればあるほどメッセージ性が強まります。では、どんな演出が一番没入感が出るのか。逆にいうと、どんな演出だと演技感が薄れるのか。ちょっと思考実験をしてみましょう。
① 全部2次元
脚本や世界観によってはこの演出が一番ハマるパターンもありそうですが、今回は「MVの撮影の様子」というリアルにありそうなシチュエーションなわけなので、そこで敢えてフル2次元の演出を採用しても、目指す方向性と一致はしなさそうです。
② 全部3次元
VTuberを頑張って3次元に近づけようとしても、一般層視点で見ると違和感が出てきてしまうのはこれまで述べた通り。では、もう少し別の見方をして、例えばこれが「椎名林檎」のMVで、椎名林檎がMV監督に対してキレている演出だとしたらどうでしょう(どのアーティストでも良いのですが、私が好きな女性アーティストだったので取り上げました)。
ある程度リアルには映ると思います。が、MVの中で椎名林檎が怒っている様子を見て、「え、椎名林檎ってこういう性格なの?」とまで思うかというと、それはないんじゃないかと思います。これはおそらく、我々は「アーティストのMVを見ている」という大前提を持った上で視聴をしている、というのが理由だと思います。だから、MV内で起きたことがアーティストの性格をそのまま反映しているとは思わず、あくまで演技・脚本だと捉えることができます。
③ 2次元+3次元
実際に採用されている演出方法ですね。私が初めてビビデバのMVを見た時の感想は、「このVTuberは強気な性格が特徴なのかな?」でした。つまり、MV中で起こっていることをある程度「本当のこと」と捉えている自分がいましたし、それゆえに曲中で提起されるメッセージにも共感しやすい側面がありました。ある意味、全部3次元のMVよりもリアルに感じてしまったのです(ここは、個人差あるかもしれません)。
これがなぜかを言語化するのが難しいのですが、強いていうなら「前提の持ちにくさ」だと思っています。例えば、上で例に出した椎名林檎さんのMVを見る時には、「実在する人間がMVというフィクションに出演している」という当たり前の前提を、当たり前に認識します。
一方で、VTuberというのは、そもそもの実在の境界が曖昧な上に、さらに今回ビビデバの演出/表現方法は、2次元+3次元という目新しいものになっていました。これに起因して、ある意味脳の前提処理が追いつかず「フィクションだ」という前提を強く持つことなく鑑賞できていた、というのが本物っぽく感じた理由なのかな、と思っています。
以上を踏まえ、MVで主張されるメッセージに対し、星街すいせいというアーティストが歌うことを踏まえた上で最も没入感を高める演出効果になっていると感じました。
まとめ
コアファンを満足させる「アーティストの性格解釈」を含んだ脚本
アーティストの性格と合致する、時代的に広く刺さるメッセージ性
VTuberのリーチできる界隈の制約を取っ払う「2次元+3次元」という演出
以上3点の理由で、ビビデバのMVはコアファンにも一般層にも刺さるものに仕上がったのだと考えます。
楽曲の音楽的特徴
サビ頭での開放感
強いメロディ+強いリズムを併せ持っており、そもそも音楽単体のパワーが高い楽曲だと思います。特にリズムについてはかなり凝った作りとなっていて、そのことに言及する記事もいくつか見受けられました。
そんな中、強いてこの記事で具体的に音楽的特徴を取り上げるとするなら、やはりサビ冒頭の解決感(気持ちよさ/スッキリ感)になるのかなと思っています。この解決感は、「納得できなかったら相手が誰であっても主張する」というMVで描かれるメッセージとの親和性も高く、バズりの方向性に対してしっかりシナジーを生む音楽効果となっていたように思います。
この「強い解決感」を得るために、サビ冒頭においていろいろなテクニックが使われています。
Bメロの最後のコードがIII7となっており、これにより緊張感を高めている(コード機能的にはドミナントに分類される)
サビ直前にブレイクが入り、サビの盛り上がりを一段高めている
サビ冒頭の歌詞「おしゃまな馬車飛び乗」がスキャットと同じような役割を担っている。これにより、さらに緊張感を高め、解放されるエネルギーを大きくしている。
サビ冒頭の歌詞「飛び乗って〜」のオクターブ跳躍で一気に溜め込んだ緊張感を解放している。
1, 2, 4は割とJ-POPでもよく見るテクニックですね。3は馴染みのない方もいるかもしれません。スキャットが多用された曲といえばこの曲。0:20あたりから、サビの入りで緊張感を高めるスキャットを聴くことができます。
無理やりサビ冒頭の歌詞を日本語として起こすと「バダバダバ ピーパッパッパラッポ」になりますが、太字にした部分がサビを盛り上げるスキャットです。これがあることによって、サビ頭がより解決感のあるものになっていますよね。
歌詞
歌詞もMVで展開される世界観にマッチしたものとなっています(というか、本当は歌詞があってMVが映像アイデアとして優れていた、という順番)。歌詞を抜粋して振り返ってみます。
抑圧を憂う歌詞
つまらないデイズもう散々ね!奇跡願っているだけの人生(1番 Aメロ)
何だか世界は限界の気配がして ただただ安心じゃあ心配(2番 Aメロ)
唯唯諾諾に危機感抱く日々にぎりぎり爆発気味 たった今発散してしまおうか(2番 Bメロ)
ビイビイ弾巧みに乱射 一発じゃあ撃ち足りないわ(2番 Bメロ)
抑圧からの解放を歌う歌詞
人生は一瞬にして溶ける魔法 それならば駆け抜けて想通り!(1番 サビ前)
あたしは大変身メイクアップ!(サビ)
左様ならグッバイ劣等感(サビ)
自由に踊った者勝ちでしょう?(サビ)
サビとそれ以外とで微妙にメッセージ性が異なっているのが分かります。先ほど、サビ頭の開放感の音楽的効果について論じましたが、歌詞でもサビとそれ以外を対比することで解放感が高まる仕掛けになっていることが分かります。また、先ほど脚本の分析でMVの内容を切り取って整理しましたが、MVの映像も歌詞に呼応するように、サビとそれ以外とで見せているものが異なっていることがわかります。
楽曲内、MVのあらゆる要素がサビの解決感を高める方向に作用していることが分かります。こうして見てみると、全体のバランスが非常によく練られた作りをしていると感じます。
時代背景における本楽曲の立ち位置
本楽曲が内包するメッセージは「社会的抑圧への反抗」でした。以前の「UCHIDA1」のヒットの分析記事でも言及したように、このトレンドは19世紀からずっとあり、特にコロナ禍以降日本では爆発的に人気になったムーブメントです。
このトレンドに迎合したHit曲は
2020年 「うっせえわ / Ado」
2022年 「Habit / SEKAI NO OWARI」
2022年 「可愛くてごめん / Honey Works」
2024年「はいよろこんで/こっちのけんと」
などが挙げられます。
まず一つ言えるのは、このトレンドに載った楽曲であるということです。
そんな中での本楽曲の特徴は、2010年代前半から起こっている第4波フェミニズムとも合致するメッセージ性をも孕んでいたことであると考えています。例えば、Twitterのハッシュタグ「#MeToo」が大きなムーブメントになったりしましたよね。
「うっせえわ / Ado」も、歌い手が女性であるが故に似た背景は持っていたかもしれません。
本楽曲においても、「星街すいせい」という強い女性がこのMVでこの内容を歌ったからこそ、共感できた女性の方も多かったのではないでしょうか。脚本の分析の項で述べたように、男性が多いであろう「オタク界隈」から一般層に楽曲を広めるにあたっては、女性のエンゲージメントを高める仕組みも用意したいところです。本楽曲の時代を捉えたメッセージ性は、その面でも再生数に対してポジティブに作用していたのではないでしょうか。
バズった結果得られた物
VTuberの民主化
なんと言っても、「VTuberという存在の民主化を進められたこと」が得られたものとして一番大きいのではないでしょうか。今後一般層へのリーチ力のある露出に繋げられる可能性が高まったといえます。
過去のVTuber楽曲と比較してみましょう。ビビデバ以前にも、VTuber楽曲が盛り上がったことは何度かありました。例えば、以下楽曲などが挙げられます。
粛聖!! ロリ神レクイエム☆ / しぐれうい(9さい) 2023/09/10リリース 1億1,000万回再生
美少女無罪♡パイレーツ / 宝鐘マリン 2023/07/30リリース 5,100万回再生
ただ、盛り上がりはしたものの、楽曲のリーチはあくまでVTuberコアファン圏内に止まっていた印象で、一般層のファン化に繋がった楽曲ではなかったように思います。そもそも楽曲のテイストもキャラソンっぽいものが多かったので、そもそも広く一般層を刺すことを狙っていなかったというのもあります。
そんな中、星街すいせいさんは、本格アーティスト路線を突き進むタイプのVTuberでした。これまでも「Stellar Stellar」などの名曲を世に送り出しています。
ただ、邦楽全体の上位チャート、例えば、ビルボードジャパン Hot 100 に食い込む曲だったかというと、そうではありませんでした。
今回のビビデバは、VTuberとして初めて、一般層も含めた本格アーティスト路線としてのヒットを生み出した楽曲という位置付けになる気がします(もちろんビルボードジャパン Hot 100 にも食い込んでいましたし、2024年上半期ビルボードジャパン Hot 100にもランクインしています)。
理由としては、やはり「時代の流れを捉えたメッセージ」、「それを『星街すいせい』が歌う必然性」、「メッセージを広い層にリーチすることを可能にした演出」の3つが揃ったVTuber楽曲がこれまでなかったからでしょう。ビビデバは、本格アーティスト路線VTuberのひとつの到達点となった楽曲と言えそうです。
星街すいせいさんはVTuberの民主化を掲げ、積極的にフェスに出演するなどの活動もされているアーティストですが、着実にその大きな目標の達成に近づいた楽曲ではないでしょうか。
一般層へのさらなるリーチの手段
TV出演
ライブ
初のライブツアー敢行
Hoshimachi Suisei Live Tour 2024 "Spectra of Nova"大型フェス COUNTDOWN JAPAN 24/25 12/31出演
ARTIST | COUNTDOWN JAPAN 24/25
再現性のある要素
時代を捉えたメッセージとそれを歌う必然性
今回ビビデバが良かったのは、単にメッセージが時代を捉えたものになっていた、というだけでなく、それを「星街すいせい」が歌う必然性があった、という点。これが、トレンドを押さえつつもオリジナリティを出す事に繋がっていると考えられます。「はいよろこんで」も、アーティスト自身が躁鬱症状を持っていることに端を発して作られた楽曲で、「こっちのけんと」その人にしか歌えない楽曲に仕上がっています。アーティストの内面やキャラクターを掘り下げて、「その人にしかないもの」を起点にマーケ戦略を組んでいくと、似たような効果は狙っていけそうです。
界隈を超えて楽曲を刺すための仕掛けづくり
シンデレラボーイもそうでしたが、本楽曲も、自身のコアファンが属する界隈を超えたヒットになるべく、仕組みがよく練られた楽曲でした。例えば、シンデレラボーイでは、コアファン以外の特定界隈と親和性の高い漫画調の演出を採用し、新規流入層のエンゲージメントを高める仕組みを持っていました。対して、ビビデバでは、コアファン以外の一般層界隈のエンゲージメントを下げる要因をできるだけ減らす方向の仕組みを持っていました。「VTuberに対する偏見を回避する2次元+3次元という演出」がそれに該当します。いま担当アーティストがリーチできていない領域というのを明確にし、次のリリース楽曲ではどの界隈を狙うのかを決め、その上で、その界隈へのリーチ後にエンゲージメントを上げる/下げる要因は何か調査する。ここまでやって、さらに、作品に対するひと工夫を狙って入れられると再現性のあるバズを生み出せそうです。
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