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マンガ「ゾワワの神様」 総集編

この記事は「note創作大賞」エントリーに際して、マンガ「ゾワワの神様」の各エピソードを集約したものです。良い機会なので後半に「なぜこのマンガを描き始めたのか」を綴った、まえがきのようなものを追記しました。今回初めて読む方は是非そちらも見て頂ければと思います。
それでは、どうぞ。

マンガ「ゾワワの神様」

* * * * *


コピーライターほど、孤独な仕事も少ない。

どれだけ直前のミーティングで話が弾み
「めちゃくちゃいいプレゼンになりそうだね」
「このチームで良いもの作ろうね」
などと盛り上がったとしても、打ち合わせを受けて言葉を生み出す瞬間に、コピーライターは「一人」に戻らなくてはならない。

意気投合した飲み会の帰り道、楽しい時間を回顧しながら一人ぼっちに戻るあの孤独感に近いものを、僕はこの仕事に感じていた。

深夜のオフィスで、良いアイデアが浮かばず苦悶することは何度もあった。
「お前の言葉は安すぎる。もっとお金を出して買いたくなる言葉を書け」
と言われて、人知れず悔し涙を流したこともあった。

この孤独を、僕は何かの形で残したいと思った。

コピーライターほど、残酷な仕事も少ない。

その武器は、誰もが日常的に扱っている「言葉」という道具なのだ。
「俺の方がいいの書けるよ」
そんな残酷な評価と常に隣り合わせで戦わなければならない。
会議中に営業がポロッと口走った一言が、コピーライターの書いた言葉を差し置いて採用されることだってある。

誰もが扱えるものを武器にして戦う彼らの仕事は、他には無いただならぬ緊張感がある。

さらに、そこまでして絞り出した言葉の9割以上は、ボツ案や提案資料の中だけの言葉として人知れず消えていく。
広告コピーとして世に出た言葉さえも、大半は出稿期間の2、3ヶ月が過ぎれば過去のものとなる。

この残酷さの陰で戦うひたむきな姿を、
僕はもっと誰かに見てほしいと思った。


申し遅れたが、僕は漫画家になる前に5年ほど広告会社でコピーライターとして働いていた。
言葉という、最も身近なわりに最も扱いにくい道具と向き合う方法。
そしてアイデアという、あらゆるものづくりの根底に横たわる概念のしっぽの掴み方を教わった。

最後まで代表作らしいキャッチコピーもCM企画も生み出すことはできなかったが、コピーライターという職業を全うしたあの時間は、僕にとって人生で最も重要な出会いだったように思う。
あの宝物のような5年間は、独り占めするにはあまりにも莫大すぎる。
かくして「ゾワワの神様」という作品は始まった。


コピーライターほど、幸福な仕事も少ない。

自分の立てた心もとない仮説に賛同者が集まり
少しずつ大きなうねりとなって、
やがて企業の意志、社会の意志へと変わっていく。
あのじわじわと前進するような熱狂は、何者にも代えがたい。

孤独で、残酷で、幸福なこの仕事を、
ぜひあなたにも追体験してほしい。

その想いで、僕はこの作品を作り始めた。

* * * * *

ゾワワの神様は毎月1日と15日にnote、twitterで更新しています。
これからの展開にもぜひご期待ください。


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