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【芸術って何だろ? #50】誰にも見られなかった絵が、最高の絵だった — 無名の三人が教えてくれた美の正体

あなたのスマホのフォルダには、何枚の写真がある?

その中で、誰かに見せたことのある写真は、何枚?

「いいね」をもらった写真は、何枚?

そして——誰にも見せなかった写真は、何枚?


今日は「誰も見なかった美」の話だ。


「フォローザマネーが人の真相。人間の足元は嘘つかない。」

アート市場は、年間700億ドル(約10兆円)を超える。クリスティーズとサザビーズが2024年に落札した総額は、約140億ドル。世界で最も高額な絵画は、レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》。4億5000万ドル(約675億円)。

では、聞こう。

4億5000万ドルの絵を、生涯現像すらしなかった女性の写真は、いくらだ?

第一の無名:ヴィヴィアン・マイヤー

ヴィヴィアン・マイヤーは、1926年生まれ。職業はベビーシッター。生涯独身。シカゴの富裕層の家々を渡り歩き、子どもたちの面倒を見ながら生計を立てた。彼女には、もう一つの顔があった。ストリートフォトグラファー。

彼女は生涯に15万枚以上の写真を撮った。ニューヨークの街角。シカゴの路地。移民の表情。崩れかけた看板。雨の日に傘をさす老女。彼女は現像すらしなかった。フィルムはダンボール箱に詰められ、倉庫に眠った。資本主義の外側に、美は置き去りにされた。

2007年。地元のオークション会場で、一人の男が古いダンボール箱を買った。ジョン・マルーフ。29歳。値段は380ドル。箱の中身は、未現像のフィルムネガが10万コマ以上。彼が何気なくスキャンした一枚の写真が、ネットで拡散した。

ヴィヴィアン・マイヤーの自画像

今、ヴィヴィアン・マイヤーのヴィンテージプリントは1万ドルから10万ドルで取引される。彼女が生きている間、彼女の写真を見た者は、ほとんどいなかった。

第二の無名:ヘンリー・ダーガー

ヘンリー・ダーガーは、1892年生まれ。シカゴのカトリック病院で用務員として働いた。週給は当時の最低賃金。独身。友人はいない。ただ黙々と床を掃除し、黙々と部屋で何かを書いていた。

1973年。彼は81歳で亡くなった。大家が部屋を片付けに入った時、異様な光景を目にした。部屋中に積み上げられた原稿——1万5千ページ。タイトルは《非現実の領域で》。7人の少女が悪の帝国に立ち向かう叙事詩。総文字数は聖書の5倍。水彩画は300点以上。壁は一面、彼の空想世界で埋め尽くされていた。

ヘンリー・ダーガーの絵画

彼の作品は今、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されている。彼が生きている間、彼の絵を見た者は、ほとんどいなかった。

第三の無名:グランマ・モーゼス

アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスは1860年生まれ。バージニアの農場で育ち、12歳から住み込みで働いた。結婚後も農場経営。10人の子どもを産み、5人が幼くして亡くなった。70代半ば。関節炎で刺繍ができなくなった彼女は、代わりに筆を握った。

78歳。彼女の絵は地元の薬局に並んだが、売れなかった。80歳。たまたま立ち寄ったニューヨークのコレクターが、薬局に飾られた4枚の絵を全て買い取った。1枚3ドルから5ドルだった。

グランマ・モーゼスの絵画

彼女は101歳で亡くなるまでに1600枚以上の絵を描いた。アイゼンハワー大統領もケネディ大統領も彼女の絵を買った。現在1枚あたり数万〜数十万ドルで取引されている。彼女が68年間の農婦生活の後に筆を握った時、誰も「美しい」と言わなかった。

そもそも、これの本質って何だろ?

三人に共通することは何か?

見つかる美と見つからない美の二項対立図

第一。誰のためでもなかった。ダーガーは自分のためだけに書き、マイヤーは見せるあてもなく撮り、モーゼスは手慰みに描いた。「売るため」「評価されるため」というベクトルが一切ない。資本の外側で生まれた美。

第二。生活の片隅で生まれた。ベビーシッターの合間。用務員の週末。農作業の合間。「芸術家」という肩書はなく、「生活者」が余白に創ったもの。

第三。死後/晩年に発見された。

三人の生涯比較タイムライン

そして、もう一つ、重要な共通点がある。彼らは「創作をやめなかった」。誰も見ていないのに。誰も評価しないのに。資本の外側で、ただひたすらに。ダーガーは80年間。マイヤーは約50年間。モーゼスは78歳からの23年間。その間、誰も「美しい」と言わなかった。

あなたの美は、誰のもの?

アートマーケットのピラミッド

ここで、もう一度問う。あなたのスマホのフォルダにある、誰にも見せなかった写真は、美しいのか?あなたが日曜の午後に作った小さな置物は、美しいのか?

資本は、それに値段をつけない。批評家は、それを評価しない。美術館は、それを展示しない。でも——あなたがそれを見て「いいな」と思った時点で、それはもう美なのだ。

「フォローザマネーが人の真相。人間の足元は嘘つかない。」確かに、人間の欲望は嘘をつかない。アート市場700億ドルは、人間の美への渇望の証拠だ。しかし、その裏側で——700億ドルの市場にカウントされない、無数の美がある。誰のためでもなく生まれ、誰にも見られずに消えていく、無数の美がある。

「どんな人にも美がある」とKTは言った。「私はあなたの美を見てみたい」と。ダーガーやマイヤーの美は、誰かに「見つけられた」から価値がついた。しかし——見つけられる前から、彼らの創作物には確かに「美」があった。誰にも見られなくても、美は美だった。あなたの美も、同じだ。


「フォローザマネーが人の真相。人間の足元は嘘つかない。」

——ならば、あなたの足元にある美は、誰のものだ?


【芸術って何だろ? #50】誰にも見られなかった絵が、最高の絵だった — 無名の三人が教えてくれた美の正体

シリーズ「芸術って何だろ?」では、「フォローザマネー」と「万人の美」の二つのベクトルで、芸術の根源的な問いを深掘りします。

前回:#49 壊れた茶碗が56億円

参考資料

  • Vivian Maier — Official Website (vivianmaier.com)
  • Henry Darger — Andrew Edlin Gallery
  • Grandma Moses — Wikipedia / Princeton University Press
  • Art Market Report 2024 — Art Basel / UBS

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