僕とShostakovich 7th Symphony Adagio 1歩目
僕はこの楽章、そして7番、そしてShostakovichを理解したいと思っている。
まずこの楽章は僕の心にダイレクトに突き刺さってくる。様々な美しさを感じさせてくれる。レニングラードの広大な大地、寒さと共にある美しさ。彼の故郷を思う気持ち。
そして、豊かな大地、都市がやがて戦場へと様態を変えることを余儀なくされ、混沌としたものになる。混沌を表現する彼の表現方法に、感激した。リズム、楽器と割り振りなどが秀逸で、曲としての美しさを全く損なうことなく混沌、そして戦場を表現している。
ここで「1歩目」である理由を説明する。
それは明瞭で、勉強不足ということにある。
僕はちょうど1年前くらいからクラシック音楽を聴くようになったが、やはりこの曲に限らず、クラシック音楽に対する姿勢は生ぬるいものであった。ちょこっとwikipediaを調べてみたり、いろんな演奏を聴くだけという体たらくだ。僕の理想としている向き合い方は、そんなものではない。信頼できる書籍などを読むことによって、作曲家の生涯や思想を理解する。音楽的理論に基づく、考察も欠かさない。
確かに、音大生でもないし、まあまあ忙しいし、なかなかそんなことをしている余裕がないなど言い訳はできないこともない。だけど、そんなことをやっていては僕が考えるかっこいい大人にはなれない。言葉に説得力のある人になりたい。それはやはり努力や忍耐を要するのだと思う。でもそうしなければ、将来必ず後悔すると思う。若いのだから、もっとたくさんのことを吸収しないといけないと思う。来年からと言わず、今から行動する。
だが自分とこの曲の関係性において、自分を卑下しているわけではない。
もちろんこの曲を楽しむための知識、技術が足りていないことは認めるが、これまでに僕は僕なりにこの曲を楽しんできたし、愛してきた。
先ほど述べたように、豊富な知識ではないが、自分の持つ知識を活かして、この曲の美しさを感じ取ってきた。またこの曲の特徴は、歴史的背景だけでなく、編成の大きさ、そして要所で放つ大音量など、単純にオーケストラを存分に楽しめることだと思う。
最後になぜ、Bernsteinの演奏を貼り付けたかの理由を説明する。
深いことを言える立場にないが、この演奏は聴いていて気持ちがいいし、ぞくぞくする。「わかりやすい」とも言える演奏なのかもしれない。JansonsのRCOの演奏をたくさん聴いてきて、まとまりがある感じも大好きなのだが、「わかりやすく、楽しむ」ということに焦点を当てると、Bernsteinの演奏を選ぶことになる。
