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短編ホラー小説「消えない着信」

俺のスマホが鳴ったのは、午前2時17分だった。画面に表示された名前は「美咲」。美咲は三ヶ月前に交通事故で亡くなっている。俺が運転していた車で。「……もしもし?」震える指で通話ボタンを押すと、聞き慣れた声が聞こえた。「拓也? 今、どこ? もう遅いよ、早く帰ってきて」普通の声だった。いつもの、少し眠そうな甘えた声。「美咲……お前、死んだだろ?」一瞬の沈黙の後、彼女は小さく笑った。「何言ってるの? 夢でも見た? 早く帰って。ご飯冷めちゃうよ」電話は切れた。着信履歴には確かに「美咲」と残っている。通話時間23秒。俺は冷蔵庫のビールを一気に飲んだ。あの事故以来、毎晩酒を飲まないと眠れなくなっていた。


次の夜も、午前2時17分に着信があった。「拓也、今日も遅いの? 私、待ってるよ」声は昨日より少しかすれていた。背景で、テレビの音が小さく聞こえる。俺たちがよく見ていた深夜のバラエティ番組だ。「美咲……お前、本当に美咲か?」「うん。私だよ。ねえ、覚えてる? 私たちの初めてのデート、雨が降ってきて傘を忘れたよね」それは本当のことだった。俺と美咲しか知らない記憶。俺は震えながら聞いた。「今、どこにいるんだ?」「家だよ。リビング。あなたの帰りを待ってる」俺は今、会社からタクシーで帰る途中だった。家に誰もいないはずだ。


三日目。着信は同じ時間。2時17分。今度は声が明らかに掠れ、息が荒い。「拓也……早く帰ってきて。寒いよ。ここ、すごく寒いの」「美咲、頼むから……もうかけてくるな」「嫌だよ。あなたが帰ってくるまで、ずっと待ってる」電話の向こうで、何かが滴る音がした。ぽたっ、ぽたっ。「今、何の音?」「え? 雨漏りかな。ねえ、事故の時、私が『右に行って』って言ったの覚えてる?」俺はハンドルを握る手が凍りついた。あの事故の直前、美咲は確かに「右に行って」と言った。俺は左にハンドルを切った。対向車と正面衝突した。美咲は即死。俺は奇跡的に軽傷で済んだ。「……なんでそれを知ってる?」美咲は優しく笑った。「だって、私が見てたもん」


四日目。俺はもう家に帰れなくなっていた。会社の休憩室で夜を明かした。午前2時17分。着信。出なかった。留守電に切り替わると、メッセージが残った。「拓也、出てよ……私、ひとりじゃ怖い」声はもうほとんど息だけだった。がらがらと喉が潰れたような音が混じっている。その後、連続で着信が来た。1分に1回、2時17分を過ぎても鳴り続けた。俺は耐えきれず電源を切った。


五日目、朝。スマホの電源を入れると、着信履歴が異常だった。着信:美咲 47件すべて午前2時17分から始まり、朝の6時まで続いている。最後の留守電を再生した。「拓也……もう、許して。痛いよ。すごく痛い。血が止まらないの」美咲の声はほとんど原型を留めていなかった。肉が裂けるような湿った音と、骨が軋む音が混じっている。「あなたが左に曲がったから……私死んじゃった」俺はトイレに駆け込んで吐いた。


その夜、俺は意を決して家に帰った。リビングの明かりをつけると、テーブルの上に美咲のスマホが置いてあった。事故の後、警察が俺に渡したものだ。画面は割れ、血痕がこびりついているはずなのに、真新しい。スマホが震えた。着信:拓也。俺自身の番号からかかってきた。恐る恐る出る。「……もしもし?」自分の声が返ってきた。ただし、ひどく苦しそうな声で。「美咲……今、どこ? もう遅いよ、早く帰ってきて」俺は自分のスマホを見た。通話中になっている。俺が美咲にかけている。「拓也? ねえ、事故の時、私が『右に行って』って言ったよね? あなた、なんで左に曲がったの?」俺はゆっくりと振り返った。リビングのソファに、血まみれの美咲が座っていた。首が不自然な角度に曲がり、目が真っ白に濁っている。彼女は微笑んだ。「ずっと待ってたよ」


俺のスマホが落ちた。画面には着信履歴が表示されている。着信:美咲  そして、現在時刻は午前2時17分。電話はまだ、切れていない。


(終わり)

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