AI時代:「若者に目的がない」は本当か? #03
第3部 目的を奪い合う社会
――「自由な人生」が最も高価になる日
前章では、「目的を持つ自由」だけではなく、「目的を持たない自由」まで含めて考える必要があるのではないか、というところまで話を進めました。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
仮に社会が、
「あなたの人生の目的は自由です」
と言ったとしても、
その自由を選んだ人間が経済的に不利になるのなら、果たして本当に自由なのでしょうか。
「出世したくない」
「会社に忠誠を尽くしたくない」
「競争したくない」
「大きな夢を持ちたくない」
「静かに暮らしたい」
そうした選択を認める。
しかし、その結果として、
賃金が下がる。
住宅を借りにくくなる。
信用を得にくくなる。
社会保障が弱くなる。
人間関係まで「意識の低い人」として評価される。
そうなれば、
目的を持たない自由は、形式的には存在していても、実質的には存在しない
ことになります。
ここから、「目的意識」の問題は、個人の心理から政治と経済の問題へ移っていきます。
1. 自由には「コスト」がある
自由について語るとき、私たちは普通、
「好きなことを選べる」
ことを自由だと考えます。
しかし、選択肢が存在するだけでは十分ではありません。
その選択をした結果として、どれだけのコストを負担するのかも重要です。
たとえば、
「会社を辞める自由があります」
と言われても、
辞めた瞬間に住居を失う。
医療へのアクセスが悪化する。
教育費を払えない。
再就職が極端に難しくなる。
という社会なら、その自由はかなり限定されています。
同じように、
「出世しない自由があります」
と言われても、
出世しないと賃金がほとんど上がらない。
住宅ローンを組めない。
社会的信用が得られない。
老後に大きな不利益を受ける。
となれば、
「出世しない」
という選択には巨大なペナルティがあります。
つまり、
自由とは、選択肢だけではなく、選択した後の生存可能性でも決まる
のです。
2. 「目的を持つ人」だけが優遇される社会
ここで一つ、かなり危険な社会を想像してみます。
AI企業が開発した「人生目的スコア」がある。
あなたの目標。
キャリア計画。
自己成長。
資格取得。
年収目標。
社会貢献。
運動。
学習。
すべてをAIが評価します。
そして、
「この人は将来に対するコミットメントが高い」
と判断された人には、
住宅ローン金利が下がる。
就職で有利になる。
保険料が安くなる。
教育費の融資条件が良くなる。
企業から高く評価される。
逆に、
「特に目標はありません」
「今は自由に生きたい」
という人には、
「将来予測が困難」
という理由で条件が悪くなる。
誰も、
「目的を持て」
とは強制していません。
しかし、
目的を持ったほうが得
という制度になっている。
これは非常に現実的な圧力です。
3. 強制より「インセンティブ」のほうが強い
人間を動かす方法は、命令だけではありません。
むしろ、
「やらなければ罰する」
より、
「やれば得をする」
のほうが、本人が自発的に選んだように見えます。
「キャリア目標を登録すると評価が上がります」
「研修を受けると昇進しやすくなります」
「社会貢献実績があると信用スコアが上がります」
「AIによる人生設計を利用すると保険料が下がります」
こうなると、
「別に目的はいらない」
という人も、
「やっぱり登録しておこう」
となる。
ここで重要なのは、
自由が禁止されていなくても、選択肢の価格差によって自由が消える
ことです。
4. 「自己責任」は目的意識と相性がいい
さらに危険なのが、
「あなた自身が目標を設定したのだから、結果もあなたの責任です」
という論理です。
自分で目標を決める。
自分で努力する。
自分で市場価値を高める。
自分でキャリアを設計する。
そして失敗したら、
「努力が足りなかった」
「目的が曖昧だった」
「自己投資が足りなかった」
と説明される。
すると、
景気。
地域格差。
教育制度。
家庭環境。
産業構造。
企業の雇用政策。
こうした外部要因が見えにくくなります。
つまり、
社会構造の問題が、個人の目的設定の問題に変換される
のです。
これは非常に便利です。
社会を変える必要がないからです。
「あなたが変わればいい」
で終わります。
5. 「夢を持て」という言葉が、社会の免罪符になる
たとえば若者が低賃金で働いている。
本来なら、
「なぜこの仕事の生産性に対して、この賃金なのか」
という問題を考える必要があります。
しかし、
「若者は夢を持とう」
という話になる。
若者が住宅を買えない。
本来なら、
住宅価格。
土地政策。
賃金。
金融政策。
都市構造。
などを議論する必要があります。
しかし、
「将来のために自己投資しよう」
となる。
若者が会社を辞める。
本来なら、
労働環境。
管理職制度。
評価制度。
賃金。
働き方。
を考えるべきです。
しかし、
「最近の若者は忍耐力がない」
となる。
これは、
問題の所在を社会から個人へ移す装置
として機能します。
6. しかし、ここで一つ反論がある
もちろん、
「全部社会のせいだ」
という話にも問題があります。
個人には責任があります。
努力によって状況を改善できることもあります。
技能を身につければ収入が上がる場合もある。
目標を持つことで人生が変わる場合もある。
起業によって大きな成功を得る人もいる。
挑戦しなければ得られない機会もあります。
だから、
「目的なんて必要ない」
と単純化するのは危険です。
重要なのは、
個人の責任と社会の責任を混ぜないこと
です。
個人に選択の責任がある。
同時に、
選択肢そのものを設計している社会にも責任がある。
この二つは両立します。
7. 本当の問題は「選択肢の設計者」が見えないこと
ここで重要な問いがあります。
私たちは自由に選んでいるように見えます。
しかし、
「何を選べるのか」
は、誰が決めているのでしょう。
大学に行く。
会社に入る。
転職する。
起業する。
副業する。
投資する。
結婚する。
住宅を買う。
これらは個人の選択です。
しかし、その選択肢の価格やリスクは、
政府。
企業。
金融機関。
教育制度。
地域社会。
テクノロジー。
によって大きく決まっています。
つまり、
自由な選択の前には、選択肢の設計がある
のです。
8. 「若者に目的を持たせる」のではなく、選択肢を増やす
ここで政策の方向も変わります。
「若者の目的意識を高めよう」
ではなく、
「若者が目的を変更しても生きていける社会を作ろう」
となります。
これは大きな違いです。
たとえば、
20歳で大学を選び間違えてもいい。
25歳で転職してもいい。
30歳で別の仕事を始めてもいい。
40歳で学び直してもいい。
50歳で住む場所を変えてもいい。
失敗しても再挑戦できる。
このような社会なら、
人生の最初に「正しい目的」を見つける必要性が下がります。
9. 「人生の可逆性」は、新しい社会インフラになる
これから重要になるのは、
道路や通信網だけではありません。
人生のやり直しやすさ
も社会インフラになるでしょう。
教育を受け直せる。
仕事を変えられる。
住居を変えられる。
社会保険を持ち運べる。
信用履歴を再構築できる。
小さく起業できる。
失敗しても破産から再起できる。
こうした仕組みがあれば、
人間は安心して探索できます。
逆に、
一度の失敗で人生が固定される社会では、
若者は慎重になります。
すると大人は、
「最近の若者は挑戦しない」
と言う。
しかし、
挑戦しない人間を作っているのは、失敗に厳しい社会かもしれません。
10. 「挑戦しろ」と言う人ほど、失敗のコストを引き受けているか
これはかなり重要なチェックポイントです。
「もっと挑戦しなさい」
と言う人に、
「あなたは、その人が失敗したとき何を負担しますか?」
と聞いてみる。
失敗しても給料を払うのか。
再就職を支援するのか。
借金を肩代わりするのか。
キャリアの傷を補償するのか。
家族を支えるのか。
何もしないのなら、
「挑戦しろ」
という言葉は、
他人にリスクを取らせる要求
になってしまいます。
11. 目的意識が高い人ほど、利用されやすい場合もある
これは少し皮肉な話です。
「社会を良くしたい」
「会社を良くしたい」
「世界を変えたい」
という人ほど、組織から大量の仕事を任されることがあります。
なぜなら、
目的意識が高い人は、
「自分がやらなければ」
と思いやすいからです。
すると、
責任感。
使命感。
自己実現。
社会貢献。
といった言葉を通じて、
本来は組織が負担すべき仕事まで個人が引き受ける。
これは「目的意識の高さ」が弱点になるケースです。
12. 「使命感」は最も安価な燃料になる
企業が従業員に、
「この会社の利益のために死ぬほど働いてください」
と言えば、多くの人は拒否するでしょう。
しかし、
「社会を変えよう」
と言えば、参加する人がいます。
「未来の子どもたちのために」
と言えば、さらに強い。
「あなたにしかできない」
と言えば、もっと強い。
これは悪意がなくても起こります。
だから、
使命感は、人間を動かす非常に強力なエネルギー
なのです。
そして強力なエネルギーであるほど、扱いには注意が必要です。
13. 「目的の外部委託」が始まる
そしてAI時代には、別の問題が出てきます。
「自分の人生の目的が分からない」
という人がAIに相談する。
AIは大量のデータを分析する。
「あなたには、この仕事が向いています」
「この人生設計が合理的です」
「この人間関係を優先すべきです」
「この地域に住むと幸福度が高まります」
こうして、
目的の外部委託
が始まる。
これは便利です。
しかし、
「私は何がしたいのか」
という問いを、
「AIは私が何をしたいと言っているのか」
という問いに変えてしまう危険があります。
14. 「自分探し」の外注
これまで、
「自分探し」
という言葉がありました。
旅をする。
本を読む。
仕事をする。
恋愛する。
失敗する。
その経験から、
「自分は何者なのか」
を考える。
しかしAIが高度になると、
「あなたの人格特性はこうです」
「あなたの適性はこうです」
「あなたの幸福関数はこうです」
と分析してくれる。
便利ですが、
ここには奇妙な逆転があります。
自分を知るために生きるのではなく、生きる前にAIに自分を説明してもらう。
これはかなり危険です。
人間は、
経験によって変化する存在
だからです。
今日の自分と10年後の自分は違います。
15. 「未来の自分」を固定しない
人生設計で見落とされるのが、
未来の自分には現在の自分とは違う価値観がある
ということです。
20歳の自分が、
「50歳の自分もこの人生を望む」
とは限りません。
30歳の自分が、
「60歳の自分も同じ価値観だ」
とも限りません。
だから人生を完全に最適化することは、本質的に難しい。
最適化対象そのものが変化するからです。
これはソフトウェアで言えば、
実行中に仕様が変わるシステム
のようなものです。
しかも仕様を変更しているのは、システム自身です。
16. 人間は「自己改変するシステム」である
AIに人生を最適化させるとき、最大の問題はここです。
AIは現在のデータから未来を推測します。
しかし、人間は未来の経験によって、
「自分が何を望んでいるか」
そのものが変わります。
知らないものを好きになる。
嫌いだったものを好きになる。
新しい人と出会う。
病気になる。
子どもが生まれる。
親を失う。
仕事が変わる。
社会が変わる。
こうした出来事によって、
目的関数そのものが変わります。
だから、
人生には「最適解」がない
のかもしれません。
17. だから人生には「余白」が必要になる
ここで「余白」の価値が見えてきます。
目的を持つ。
計画する。
最適化する。
効率化する。
これだけでは人生は閉じていきます。
一方、
何となくやってみる。
寄り道する。
暇を持つ。
失敗する。
人と話す。
偶然に出会う。
こうした余白があると、
未来の自分が新しい目的を発見する余地
が生まれます。
つまり、
「目的のない時間」
は、
「目的を発見するための時間」
でもあるのです。
18. 若者の「暇」を奪ってはいけない
ここで、教育や人材育成にもつながります。
若者に、
資格を取れ。
インターンに行け。
AIを学べ。
英語を学べ。
起業しろ。
ボランティアしろ。
スポーツをしろ。
リーダーシップを身につけろ。
と言い続ける。
すべて正しそうです。
しかし、
全部やったらいつ遊ぶのでしょう。
いつぼんやりするのでしょう。
いつ失敗するのでしょう。
いつ何の役にも立たないことをするのでしょう。
それがなければ、
偶然の発見が起こりません。
教育とは、
何かを詰め込むことだけではなく、何かが生まれる余白を残すこと
でもあるはずです。
19. 「何の役に立つの?」という質問を減らす
現代社会では、あらゆる行為について、
「それは何の役に立つの?」
と聞きます。
AIを学ぶ。
→仕事に役立つ。
英語を学ぶ。
→キャリアに役立つ。
旅行する。
→経験になる。
読書する。
→教養になる。
スポーツする。
→健康になる。
友達と遊ぶ。
→人脈になる。
ここまで行くと、
人生のすべてが投資になります。
時間は人的資本。
友人はネットワーク資本。
趣味はスキル。
旅行は経験資本。
健康は生産能力。
恋愛すら、
「コミュニケーション能力」
として評価される。
これでは、
ただ生きることが難しくなります。
20. 「役に立たない」は、人間の重要な権利かもしれない
何の役にも立たないことをする。
これは贅沢ではありません。
自由の一部です。
意味のない絵を描く。
誰にも見せない文章を書く。
目的もなく歩く。
古いゲームをする。
くだらない話をする。
昼寝する。
ぼんやりする。
こうした行為は、
GDPを増やさないかもしれません。
企業利益を増やさないかもしれません。
市場価値も上がらないかもしれません。
それでも、
人間の人生は経済活動だけではない
ということを確認できます。
21. 目的意識の強い社会ほど、「無目的な人」を恐れる
ここまで来ると、少し怖いことが見えてきます。
目的を持つことが善。
努力することが善。
成長することが善。
生産性を上げることが善。
となった社会では、
「何も目指していません」
という人が、奇妙に見えてきます。
なぜでしょう。
その人が、
経済システムの外側にいるように見えるから
です。
働かない。
競争しない。
消費しない。
出世しない。
成長しない。
その人は、
「何のために存在しているのか」
を説明してくれません。
だから不安になる。
しかし、
人間は存在理由を企業のKPIで説明しなければならない存在ではありません。
22. 「存在するだけでは足りない」という思想
現代社会には、
「何かを達成しなければ価値がない」
という思想が強くあります。
資格を取る。
成功する。
稼ぐ。
貢献する。
成長する。
フォロワーを増やす。
何かを作る。
何者かになる。
しかし、
「何もしない自分には価値がない」
となると、人間は永遠に自分を証明し続けなければなりません。
これは危険です。
なぜなら、
存在そのものに価値を認められない社会は、永遠に人間を評価し続けるからです。
そして評価は、
比較を生みます。
比較は、
競争を生みます。
競争は、
序列を生みます。
序列は、
自己評価を生みます。
そして再び、
「もっと目的を持たなければ」
に戻ります。
目的意識が、
自己証明の無限ループになるのです。
23. 「目的のインフレーション」
さらに奇妙な現象が起こります。
みんなが目的を持つと、
普通の目的では目立たなくなる。
年収を上げる。
→普通。
管理職になる。
→普通。
起業する。
→普通。
社会貢献する。
→普通。
世界を変える。
→もっと大きな目的が必要。
すると、
「人生を賭けるほどの使命」
が求められるようになります。
目的そのものがインフレーションを起こす。
小さな目的では、
「本気度が足りない」
と言われる。
しかし、
人生に必要なのは、大きな目的ではなく、十分な意味かもしれません。
24. 小さな目的を取り戻す
大きな社会改革をしなくてもいい。
世界を変えなくてもいい。
会社を成長させなくてもいい。
自分の半径数メートルを少し良くする。
家族と食事する。
近所をきれいにする。
一人の人を助ける。
一つの作品を作る。
一つの技術を理解する。
そういう小さな目的でもいい。
むしろ、
目的の巨大化を止めること
が、現代社会には必要なのかもしれません。
25. 「経済戦争」という比喩を疑う
そして最初の問いに戻ります。
「経済戦争で闘わせるために、目的意識が利用されているのではないか?」
この仮説を完全に証明することはできません。
しかし、
「国際競争力」
「生産性」
「成長」
「市場シェア」
「人材獲得」
という言葉が、人間の人生にまで入り込んでいることは確かです。
そして、
「若者にも目的意識を」
という言葉が、その経済目標と結びつく場合があります。
そこで必要なのは、
経済成長を否定することではありません。
企業競争を否定することでもありません。
むしろ、
経済活動を人生の目的そのものにしない
ことです。
経済は人間のためにある。
人間が経済のために存在するわけではない。
この順序を忘れてはいけません。
26. 目的の主権
ここまでの議論を一つの言葉にまとめるなら、
「目的の主権」
という考え方になるでしょう。
自分の人生の目的を、
国家が独占しない。
企業が独占しない。
市場が独占しない。
家族が独占しない。
宗教が独占しない。
AIも独占しない。
そして、
自分自身も、
「一度決めた目的を絶対に守らなければならない」
とは考えない。
目的は変更できる。
目的は捨てられる。
目的は小さくできる。
目的は複数持てる。
目的を持たない期間もある。
これが「目的の主権」です。
27. そして、若者論は再び反転する
「今の若者には目的意識がない」
という言葉。
もしかすると、これは、
「今の若者は、目的の主権を以前より強く要求している」
という現象なのかもしれません。
会社の目的を押し付けられたくない。
国家の目的を押し付けられたくない。
親世代の人生モデルを押し付けられたくない。
AIに人生を決められたくない。
社会的成功の定義を押し付けられたくない。
だから、
「分かりません」
「まだ決めていません」
「別に出世したくありません」
「そんなに頑張りたくありません」
と言う。
大人には、
「目的がない」
ように見える。
しかし本人からすれば、
「あなたの目的を私の人生にインストールしないでください」
なのかもしれません。
終章 目的を持つことより、目的を奪われないこと
結局、私たちが守るべきものは、
「目的意識」
そのものではないのかもしれません。
守るべきなのは、
目的を選ぶ権利
です。
そして、
目的を変える権利。
目的を拒否する権利。
目的を持たない権利。
何の役にも立たないことをする権利。
これらを含めて初めて、目的意識は自由になります。
若者に目的を持たせる。
その前に、
若者が目的を選べる社会なのかを問う。
若者に挑戦させる。
その前に、
失敗しても戻れる社会なのかを問う。
若者に成長を求める。
その前に、
「成長し続けなければ価値がない」という社会になっていないかを問う。
若者に社会貢献を求める。
その前に、
社会が若者に何を返しているのかを問う。
そして、
若者に「何をしたいのか」と聞く。
その前に、
「何もしなくても、あなたはここにいていい」
と言える社会なのかを問う。
ここまで来ると、「目的意識」という言葉の意味そのものが変わってきます。
目的とは、
人間を動かす燃料ではない。
人間が自分の人生を選ぶための道具です。
だから、燃料切れになってもいい。
途中で方向を変えてもいい。
目的地を変更してもいい。
時には、
目的地そのものを消してもいい。
AIが世界中の人間に、
「あなたの人生を最適化します」
と言い始める時代だからこそ、
人間には、
「最適化しなくていい」
と言う権利が必要になるでしょう。
そして、もしかすると未来の若者論で最も重要な問いは、
「若者には目的があるか」
ではなく、
「若者は、自分の目的を誰にも奪われずに選べているか」
になるのです。
次章予告――「目的を持たない者への課税」
そして、この問題はさらに一段深くなります。
もし社会が「目的を持つ人間」を経済的に優遇し始めたらどうなるのか。
「キャリア目標を持つ人は信用が高い」
「社会貢献する人は保険料が安い」
「自己成長する人は税制上優遇される」
「人生設計をAIに登録した人は住宅ローン金利が下がる」。
誰も「目的を持て」と命令していない。
それなのに、目的を持たない人ほど、生きるコストが高くなる。
そのとき初めて、
「自由に生きていい」という言葉が、最も巧妙な強制になる
可能性があります。
次章では、「目的」がついに信用・通貨・社会的資格へ変換される未来を考えます。
