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AI時代:「若者に目的がない」は本当か? #04


第3章:目的設定すらAIに任せたとき、人間には何が残るのか

前章では、AIによって「目的を達成する能力」が急速に安価になる可能性を考えました。

では、その先はどうなるのでしょうか。

AIに、

「何をすればいい?」

と聞けば、AIが目的候補を提示する。

「どれが一番合理的?」

と聞けば、AIが比較する。

「成功確率を最大化するには?」

と聞けば、AIが計画を作る。

「実行して」

と言えば、AIエージェントが実行する。

すると、ついには人間から、

目的を設定する仕事まで奪われる

可能性があります。

そうなったとき、従来の「目的意識」という概念はかなり奇妙なものになります。

なぜなら、

「目的を持つ人間」

そのものが、AIにとって一つの処理対象になってしまうからです。

ここで、最初の「今時の若者には目的意識がない」という話に戻ってみましょう。

もしかすると、私たちは長い間、

目的を持つこと自体を過大評価していた

のではないでしょうか。

そしてAIは、そのことを人間に強制的に教える装置になるのかもしれません。


1. 「人生の目的」をAIに聞く日

想像してみましょう。

ある若者がAIに尋ねます。

「自分は何を目指せばいいでしょうか?」

AIは、これまでの行動履歴、健康状態、収入、交友関係、趣味、学習履歴などを分析します。

そして、

「あなたの場合、35歳までにこの資格を取得し、この地域に住み、この職種に移り、年収をこの水準まで上げると、期待効用が最大になります」

と答える。

さらに、

「そのために毎朝6時30分に起床し、週4回運動し、毎日90分学習し、SNS利用を35分以内に制限してください」

と続く。

完璧です。

合理的です。

反論する理由がありません。

しかし、ここで妙なことが起きます。

その人生を生きるのは誰なのでしょうか。

AIは、

「最適な人生」

を計算できます。

しかし、

「その人生を生きたいと思うこと」

まで計算できるのでしょうか。

ここには、非常に微妙な違いがあります。

「幸福になる確率が高い人生」と、

「自分が生きたい人生」は、

同じではありません。


2. 合理的な人生が、必ずしも面白い人生ではない

AIは基本的に、何らかの評価関数を必要とします。

幸福。

収入。

健康。

寿命。

社会的地位。

自由時間。

人間関係。

安全性。

これらを数値化し、最適化することは可能です。

しかし、人生には、

「最適化しないほうがいいもの」

があります。

たとえば恋愛です。

合理的に考えれば、

「もっと条件の良い相手」

を探したほうがいいかもしれません。

しかし、人間は必ずしもそうしません。

効率の悪い人を好きになる。

将来性のない仕事に夢中になる。

誰も評価しない作品を何年も作る。

採算の合わない店を続ける。

遠回りして旅をする。

目的もなく散歩する。

これは合理性の失敗でしょうか。

そうとも言えません。

むしろ、

人間の人生には、合理性によって説明できない部分が最初から含まれている

のです。

AIが合理化すればするほど、その部分が目立ってきます。


3. 「無駄」は本当に無駄なのか

現代社会では、

「何の役に立つの?」

という質問が頻繁に登場します。

勉強するなら資格。

趣味なら収益化。

旅行するなら自己成長。

人脈ならキャリア。

運動なら健康。

読書なら知識。

休暇ですら、

「リフレッシュして生産性を高めるため」

と説明されることがあります。

これはかなり奇妙です。

休むことまで、別の目的のための手段になっているからです。

つまり、

目的から逃げるための時間まで、目的達成の手段に変換されている。

ここまで来ると、人間は一日中、

「何かのために何かをしている」

ことになります。

そして、目的を達成すると、

「では次の目標は?」

と聞かれる。

これは先ほど出てきた「無限ループ」です。

AI時代に問題になるのは、AIが人間を働かせることではありません。

むしろ、

AIによって、この無限最適化ループが極端に高速化されること

です。


4. AIは「もっと頑張れ」を究極化する可能性がある

ここには皮肉があります。

AIは人間を楽にする技術だと言われます。

しかし使い方を間違えると、

人間をもっと働かせるための究極の道具

にもなります。

AIが文章を10倍速く書ける。

では、10倍書きましょう。

AIがコードを5倍速く書ける。

では、5倍開発しましょう。

AIが市場分析を高速化する。

では、もっと多くの市場を分析しましょう。

AIが営業資料を作る。

では、営業件数を増やしましょう。

この発想を続ければ、

AIによって生産性が上がった結果、

人間の余暇が増えるのではなく、要求される成果量が増える

だけになります。

これは重要な分岐点です。

技術革新には、

「同じ成果をより少ない労力で達成する」

という方向があります。

しかし同時に、

「同じ労力で、もっと多くの成果を要求する」

という方向もあります。

AIがどちらに使われるかは、技術では決まりません。

制度とインセンティブによって決まります。


5. 「目的意識の高い人」が、最も搾取されやすい世界

ここで、最初の若者論にもう一度戻ります。

社会は若者に、

「夢を持て」

「目標を持て」

「成長しろ」

「挑戦しろ」

と言います。

しかし、本当に注意しなければならないのは、

目的意識の高い人ほど、利用されやすい

という可能性です。

なぜなら、

「自分が望んでいる」

と思っている人間は、外部から命令されなくても走るからです。

「会社のために働け」

ではなく、

「自分の成長のために働こう」

になる。

「市場競争に勝て」

ではなく、

「自分の市場価値を高めよう」

になる。

「もっと売上を上げろ」

ではなく、

「自分自身に挑戦しよう」

になる。

これは非常に強力です。

命令が不要になるからです。


6. だからこそ「若者の無気力」が奇妙に見える

この観点から見ると、若者の「やる気のなさ」に対する大人の苛立ちも違って見えます。

企業側からすると、

「なぜ彼らはもっと上を目指さないのか?」

となる。

しかし若者側からすると、

「上に行ったら何があるんですか?」

という話なのかもしれません。

さらに、

「努力したら報われますか?」

「会社は自分を守ってくれますか?」

「給料は増えますか?」

「自由時間は増えますか?」

「それを達成したら、次は何を要求されますか?」

と考える。

これは無気力というより、

契約条件の確認

に近い。

つまり、

「そのゲームに参加するメリットを説明してください」

と言っている。

ところが、社会はそれを、

「最近の若者は覇気がない」

と解釈してしまう。

ここに世代間の認識ギャップがあります。


7. 若者は「ゲームを拒否」しているのではなく、「ゲームのルールを見ている」

ここはさらに重要です。

若者が競争を嫌っているとは限りません。

ゲームが好きな若者は多い。

オンラインゲームでは、

ランキング。

レベル。

装備。

スキル。

報酬。

競争。

協力。

攻略。

目標設定。

これらを猛烈に楽しんでいます。

では、なぜ仕事では、

「目的意識がない」

ように見えるのでしょうか。

一つの仮説は、

報酬体系が違うから

です。

ゲームなら、

「このクエストをクリアすれば、このアイテムが手に入る」

と分かる。

努力と報酬の関係が比較的明確です。

一方、現実社会では、

「頑張れば将来報われる」

と言われる。

しかし、

いつ?

どれくらい?

誰が保証する?

失敗したら?

会社がなくなったら?

AIで仕事が消えたら?

という問題があります。

若者が合理的なら、

「報酬仕様がよく分からないゲームには、全リソースを投入しない」

でしょう。

これはかなり普通の判断です。


8. 「目的意識」より先に「信頼」が必要なのではないか

ここで重要な逆転が起こります。

社会は、

「若者に目的意識を持たせよう」

と考える。

しかし順序が逆なのではないでしょうか。

まず、

「この社会のルールを信じてもいい」

と思えることが必要なのです。

努力すれば一定程度報われる。

失敗しても再挑戦できる。

会社に貢献すれば相応の利益を受け取れる。

税金を払えば公共サービスが維持される。

能力があれば挑戦できる。

困ったときには助けてもらえる。

こうした予測可能性があって初めて、

「では長期的な目的を持とう」

という判断が成立します。

逆に、

「ルールは変わる」

「会社は守ってくれない」

「将来は分からない」

「努力しても報われるとは限らない」

という経験が積み重なれば、

人間は長期的な目的を持たなくなります。

それは心理的な欠陥ではなく、

環境への適応

かもしれません。


9. 「目的意識の低下」は、社会へのフィードバックかもしれない

システムとして見ると、ここが非常に面白いところです。

社会が若者に目的を与える。

若者がそれに参加する。

企業が成長する。

社会が豊かになる。

その成果を若者も受け取る。

この循環が成立していれば、

「目的を持て」

というメッセージは強く機能します。

しかし、

目的を達成する側の利益が減少する。

すると参加率が下がる。

それでも社会が、

「もっと目的意識を持て」

と要求する。

さらに参加率が下がる。

それでも、

「最近の若者はダメだ」

と個人の問題にする。

これはフィードバックとして危険です。

本来なら、

「なぜ参加するメリットが低下したのか?」

を調べるべきだからです。

若者の意識を修正する前に、

社会側の報酬設計を点検する必要があります。


10. そして「目的意識」は、権力の問題になる

目的には所有者がいます。

これは意外に重要な視点です。

会社には会社の目的があります。

国家には国家の目的があります。

学校には学校の目的があります。

家庭には家庭の目的があります。

そして個人にも目的があります。

問題は、

誰の目的が優先されるのか

です。

会社が、

「あなたの成長のために、この目標を達成しましょう」

と言う。

しかし、

「その目標そのものを拒否する」

という選択肢がなければ、それは本当に個人の目的でしょうか。

ここで目的意識は、心理学だけの問題ではなく、

権力関係の問題

になります。

誰が目標を設定するのか。

誰が評価するのか。

誰が報酬を決めるのか。

誰が失敗のコストを負担するのか。

そして誰が、

「その目的は間違っている」

と言えるのか。


11. AI時代には「目的の民主化」が必要になる

ここから先は、かなり重要な未来像です。

AIによって実行能力が安くなるほど、

「何をするか」

の選択が重要になります。

すると、

目的を誰が決めるのか

が社会の中心問題になります。

企業だけが決めるのか。

政府だけが決めるのか。

AIが決めるのか。

市場が決めるのか。

それとも個人が決めるのか。

私は、ここで「目的の民主化」が必要になると思います。

つまり、

人間が自分の目的を選び、変更し、撤回できる権利

です。

これは単なる自由意思の話ではありません。

AI時代の社会設計の問題です。

AIが、

「あなたにとって最適なのはこれです」

と提案すること自体は便利です。

しかし、

「だからこれを選ぶべきです」

となった瞬間、話が変わります。

最適解を提示することと、

最適解を強制することは、

まったく違います。


12. 最後に残る「人間らしさ」は、非効率かもしれない

AIが、

計算できる。

予測できる。

比較できる。

計画できる。

実行できる。

最適化できる。

そうなったとき、人間に残るものは何でしょうか。

私は、

「最適ではないものを、それでも選ぶこと」

が一つの候補になると思います。

効率が悪い。

儲からない。

評価されない。

将来性がない。

合理的ではない。

それでも、

「私はこれが好きだから」

と選ぶ。

これはAIに勝つための能力ではありません。

そもそも、

AIと競争する必要のない領域

です。


13. 「目的のない時間」は、AI時代の贅沢になる

ここで最初の若者論が、もう一度反転します。

「目的がない」

ことを欠陥として扱うのではなく、

「目的のない時間を持てる」

ことを豊かさとして考える。

何の役にも立たない動画を見る。

意味もなく散歩する。

友人とくだらない話をする。

目的なく本屋に行く。

何となく料理する。

何となく絵を描く。

何となく音楽を聴く。

何も生み出さない。

何も改善しない。

何も最適化しない。

それでもいい。

AIが世界を猛烈な速度で最適化していくほど、

最適化されていない時間そのものが希少になる

可能性があります。

これはかなり大きな価値観の転換です。


14. 「何者かになる」から「何者でもない時間を守る」へ

20世紀型の成功物語は、

「何者かになる」

ことでした。

優秀な社員になる。

管理職になる。

経営者になる。

専門家になる。

有名になる。

金持ちになる。

社会的に認められる。

しかしAI時代には、

「何者かになるための能力」

が大量供給される可能性があります。

すると、

「何者かになる」

こと自体の希少価値が低下するかもしれません。

そのとき人間は、

別の価値を探す必要があります。

もしかすると、

「何者でもない自分を許せること」

が、これまで以上に重要になる。

これは若者へのメッセージとしてもかなり違います。

「夢を持て」

ではなく、

「夢がなくても生きていていい」

と言う。

「成長しろ」

ではなく、

「成長しない時期があってもいい」

と言う。

「市場価値を高めろ」

ではなく、

「市場価値にならないものも大切にしよう」

と言う。

社会の言葉が、かなり変わります。


15. しかし、ここには危険な反論もある

ただし、ここで「目的なんていらない」と結論づけるのは危険です。

目的がなければ、

社会を変えることも難しい。

不正に抵抗することも難しい。

長期的な研究も難しい。

環境問題への対応も難しい。

政治参加も難しい。

何かを成し遂げるには、やはり目的が必要です。

そして、

「今を楽しめばいい」

という思想が、単なる消費社会への適応になってしまう可能性もあります。

企業に使われない代わりに、

SNSアルゴリズムに使われる。

会社のKPIから逃れた代わりに、

再生回数のKPIに支配される。

出世競争をやめた代わりに、

フォロワー競争を始める。

これは十分あり得ます。

だから問題は、

目的を捨てることではありません。

問題は、

目的を自分で選べること

です。


16. 「目的意識のある人」と「目的に従う人」を区別する

この二つは似ていますが、まったく違います。

目的意識のある人とは、

「私はこれを目指す」

と言える人です。

目的に従う人とは、

「みんながそう言っているから、これを目指す」

という人です。

外から見ると、後者のほうが「目的意識が高い」ことすらあります。

毎日勉強する。

資格を取る。

昇進する。

残業する。

売上を伸ばす。

しかし、

「なぜ?」

と尋ねると、

「そうするものだから」

しか答えられない。

これは目的意識ではなく、

目的の外部委託

です。

逆に、

「別に大きな目標はありません」

と言いながら、

「でも、これは嫌です」

「これは大切にしたいです」

「これは自分で決めます」

と言える人がいる。

こちらのほうが、実は強い主体性を持っているかもしれません。


17. 「若者に目的を持たせる」前に、大人が目的を説明すべきだ

結局、最初の問いに戻ります。

今時の若者には目的意識がない。

ならば、聞いてみればいい。

「あなたたち大人の目的は何ですか?」

GDPを増やすことですか。

企業を成長させることですか。

国際競争に勝つことですか。

生産性を上げることですか。

税収を増やすことですか。

人口を維持することですか。

では、

それによって最終的に誰が幸福になるのでしょうか。

そして、

その目的を達成した後には何があるのでしょうか。

ここまで答えられないなら、

「若者に目的意識を持て」

と言うこと自体が難しくなります。

なぜなら若者は、

「その目的の目的は何ですか?」

と聞いているからです。


18. 若者は「目的を失った」のではなく、「目的の階層」を上っているのかもしれない

これは今回の議論をさらに反転させる見方です。

従来、

「目的を持つ」

とは、

「何をするか決める」

ことでした。

しかし、その上には、

「なぜそれをするのか?」

があります。

さらにその上には、

「なぜ、その価値を大切にするのか?」

があります。

さらに、

「その価値は誰が決めたのか?」

があります。

そして最後には、

「そもそも、そのゲームに参加する必要があるのか?」

という問いがあります。

若者が、

「何をすればいいか分からない」

と言っているのだとしたら、

それは思考停止ではなく、

もしかすると、

従来より一段上の問いに到達している

可能性があります。

もちろん、すべての若者がそうだという意味ではありません。

しかし、「目的意識がない」という一言だけで処理してしまうと、この違いを見逃します。


19. 「若者論に若者がいない」という問題の本当の怖さ

そして、最初に出てきた言葉に戻ります。

若者論に若者がいない。

これは単なる表現上の問題ではありません。

そこには権力関係があります。

誰かが、

「若者はこうあるべきだ」

と語る。

若者は、

「なぜ?」

と聞く。

しかし、その問いが「反抗」「無気力」「未熟」と処理される。

すると、若者の発言は消える。

そして再び大人が、

「若者には主体性がない」

と語る。

これは奇妙な循環です。

若者が自分の目的を語る機会を奪っておきながら、若者には目的意識がないと批判する。

もし本当に若者の主体性を求めるなら、

「若者に何をさせるか」

ではなく、

「若者が何を望んでいるのかを聞く」

ところから始める必要があります。


20. そして、目的意識そのものを問い直す時代が来る

おそらくAI時代に起きる最大の変化は、

「人間は何をするのか」

ではありません。

「人間は、何のためにするのかを誰が決めるのか」

という問いが前面に出てくることです。

AIは、

「最短ルート」

を提示できる。

「最高効率」

を計算できる。

「最大利益」

を予測できる。

「成功確率」

を推定できる。

しかし、

「それをやる意味があるのか」

という問いは別です。

ここでは、人間がAIに勝つ必要すらありません。

AIに、

「この目的を達成する最適な方法を教えてください」

と聞くことはできます。

しかし、その前に、

「この目的を追求する必要がありますか?」

と聞く。

これがAI時代の重要な問いになるでしょう。


次章予告

では、もしAIが「最適な人生」まで提案するようになったらどうなるのでしょうか。

AIはあなたの健康、収入、寿命、人間関係、幸福度を計算し、

「あなたに最適な人生はこれです」

と提示する。

しかも、その予測精度が人間の判断を圧倒するほど高かったら?

そのとき、

「私は合理的ではない人生を選びたい」

と言う自由は残るのでしょうか。

そしてさらに恐ろしいのは、

AIが「あなた自身より、あなたの幸福についてよく知っている」と主張し始めたときです。

次章では、

「最適な人生を拒否する権利」

について考えます。

もしかするとAI時代に最後まで守らなければならない自由とは、

「好きなことをする自由」ではなく、

「最適解を拒否する自由」

なのかもしれません。

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