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1人TOUR DE EURO97 その58 仲間と星を見ながら泣いた

1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。

旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」

フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。

会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。

たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」

今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。

世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。

旅のルートを知りたい方はこちらです。

58)1997年9月10日-インターラーケン(スイス)

水曜日。今日も朝起きて窓から綺麗に光るマッターホルンをまた見た。今日でツェルマットを出て5人のメンバーで別の町に出発。

9時15分発の列車で出発。ホテルをでて駅へ。前後にカバンを背負って荷物は僕が一番多いみたい。でも他のメンバーも負けていないくらいの大きな荷物を背負い重たいバックパックを背負っていた。

ツェルマットから氷河特急にのりブリーク(Brig)まで行き北に上がる進路でシュピーツ(Spiez)行きの列車に乗り込む。メンバーの一人がどうしても行きたい場所があるらしく、みんなで寄り道をする事にした。ブリークからシュピーツの間の駅でカンデルシュテーク駅がある。そこに5人で降りた。どうやら綺麗な湖があるらしい。もちろん地球の歩き方には載っていないから僕は全く知らない。田舎駅から徒歩で数分歩くとスキー場がある。夏は綺麗な草原。リフトに乗り込み山を登る事になった。横向きで10分くらい山を登る。その後、30分くらい歩く。

そしたらエッシネン湖(oeschinen see)という湖が見えてきた。驚いた事に3方が山に囲まれた小さな湖で、観光客も少なく穴場だ。何と言っても抜群のロケーション。絵の中の世界に来たようで、景色の美しさにビックリ。

ツェルマットも十分綺麗な場所だけど、ここは抜群に綺麗。僕らは3時間ほど、ここで休憩をした。ボートを借りて湖で遊んだり、YHで作ったサンドイッチを食べたり、寝転んだり。

これが夢で無い事をお互いに確かめ合った。空はとても綺麗で雲がない。昨日も今日も天気に恵まれている。その綺麗な青い空が湖に映り山を写しこむ。小さな小屋が1つありレストランで軽食もとれる。冬場はどうなっているのかな~?

雪で隠れてしまうのだろうか?ここを離れるのは正直、夢から覚めるような感覚。一緒に同行している人と本当に仲良くなった。夫婦で来ている人がいてスイスに来るのが夢だったという2人、他にもヨーロッパを回っているみたいだ。一眼レフで写真を撮影していた。僕は壊れかけのカメラ。こういう場所きたらいいカメラが欲しいな~と思った。

来た道で駅に戻り列車に乗り込みインターラーケンに向かった。これほどいい寄り道はない。

インターラーケンは(Interlaken)「湖(lake)の間」という名称でトゥーン湖とブリエンツ湖の間に位置する都市からついた名前らいし。12世紀に建てられた修道院を起源とする小さな街だが、ユングフラウ登山などへ向かう際の拠点であり多くの観光客が訪れる場所になっている。インターラーケンは2つの湖に挟まれていて丁度山に登る為の出発点みたいな場所。標高も563m。

インターラーケンには2つの駅がありOst駅(東駅)から、次は登山列車に乗り込みグリンデルワルト(Grindelwald)に向かう。標高は1034mで町はユネスコ世界遺産に登録されている。ヨーロッパを代表する山のひとつアイガーの麓に町があり、ユングフラウへの登山、観光の拠点として賑わう町だ。駅に着くと駅前には民族衣装をまとい長いアルプホルンを吹く男性が数名いて絵になる。

僕らはYHを探し歩いた。どうやらかなり山の上らしく、駅から坂を随分と上る。重たい荷物を持ちながら歩いた。

一人の時と違い仲間がいるので辛くても楽しいし、町自体も、そんな気分にさせてくれる。ようやく坂の上にあるYHにたどり着いてチェックイン。実はツェルマットのユースで予約を入れていたので問題なくベッドを確保できた。スイスは各地方のYHと連携ができていて次に行きたい場所のYHのベッド状況を調べれるのだ。すごいサービスのいい国だ。当たり前だが、当時はまだPCやインターネットで情報をつなぐというほど進んでいはいない時代に予約を電話でしてくれていた。

メンバーの一人が当時では珍しノートパソコンを持って旅をしている。かなり重たいし高価な品だ。日記を書いたり写真を保存したりできるらしい。物珍しく僕はみていた。夕食もYHで11スイスフランで食べれた。これが意外と美味しい。

レストラン並みに美味しい。チェックイン後、食事して各自、荷物整理、シャワーを浴びたりして休憩。休憩する場所も広くくつろげる場所。テラスもありコーヒーもあり、YHとは思えない。もういいホテルだ。

9時頃にみんなで星を見に行く事にした。僕らはYHよりさらに高い位置を目指して山を登る。もうあたりは真っ暗で懐中電灯がないと道が見えない世界。走ったり、追いかけたり、まるで子供のように、古い友人のように僕らは子供にかえったように、はしゃいでいる。みんなでハアハア言いながら山の上を目指した。そして僕らは道端に寝転び星を見ていた。

幸せな時間だ。

時間が経つのは早いもので僕は7月14日からヨーロッパに来て一人旅を始めて、どうなるかと思ってたし常に一人だと思ってたけど、意外と類がいるものだ。一人旅がいいと常に今までは思っていたけど、少しだけ考えも変わった。こんなに楽しいメンバーと楽しい時間を過ごせれるなら、仲間と旅をするのは素晴らしいかもしれない。

でも、いずれこのメンバーとの旅も終わる。みんな同じ事を星を見ながら考えていた。それぞれ仕事や家庭や学業があるなかでスイスにやってきた。数日後には日本に戻る現実。また一人旅を続ける現実。何か寂しいな~と皆で星を見ながらつぶやく。誰かがすすり泣いた。それにつられて僕も泣けてきた。

ツラかったんだ。本当は一人旅は過酷でつらかった。やっぱり仲間がいるのは心強いし一人では出来ないことでも仲間がいるとできる。辛いのにツラいと感じない。不思議なものだ。

重たい荷物を持って山を登っても僕らは楽しんでいた。
窓から見る車窓も悲しくなく楽しかった。
道を間違えても皆で考え状況整理して方角を考え歩いた。
高いチケットを間違えて買った時も仲間が交渉してくれた。
お腹がすいたらビスケットを渡し分け合った。

僕らは知り合って数日だ。お互いのことを詳しく知らないけど、顔をみればわかる。信用できる人、できない人。優しい人ケチな人。なんだろう、旅を長くしてきたせいか敏感に感じ取れるようになっている。

結局人なんだと思った。
人の心を動かし情熱を注げるのは人に対してなんだと。
大自然は美しいし心を安らかにしてくれる。
でもみなぎるエネルギーのような情熱は湧いてこない。
人を好きになり人を大切に思うからこそ
自分を犠牲に出来る。

皆泣きながら、お互いの旅を祈った。
今度は皆でまた会おう。世界のどこかで!

僕らの頭上に綺麗な流れ星が光った。

さあ明日はユングフラウだ!

教訓
1.教えたくないエッシネン湖が秘境すぎた
2.仲間と旅をする楽しさを感じた
3.ヨーロッパにきて一番感動した日


次回は、その59ハイジに会える世界の話です。


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けんいち【kindle作家】 娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。