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1人TOUR DE EURO97 その51 ミラノで受け継いだ1冊の本

1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。

旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」

フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。

会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。

たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」

今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。

世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。

旅のルートを知りたい方はこちらです。

51)1997年9月3日-ミラノ(イタリア)

水曜日。今朝宿泊を追加。昨日までのメンバーはみんな今日ミラノを発つみたい。みんなサッカーを見るためにミラノ入りし見終わると全員去った。なんだか寂しい。とうとう自分だけになった。仲良くなった人も今日の夕方にパリに行く。その人と時間があるので一緒にいる事にした。

今日はミラノっ子の週末みたいに朝からカフェでゆっくりしてランチ食べて公園でボーっとしたりと住民のような状態だ。

ミラノに来てスフォルツェスコ城の近くにあるカフェ連れてこられた。アイスフラッペが美味しいので教えてくれた。これが超おいしい!泡が最高に美味い。

その男性はもう所持金がほとんどない。パリに行けば所持金がなくなるらしい。日本への帰りのチケットもないから、日本に帰国できるのかすらわからないらしい。パリに知り合いがいるらしく、何とかそこに転がり込む作戦みたい。このままヨーロッパで野たれ死ぬんじゃないかな~と言っていた。マジでお金なくてヤバイ!日本に帰れないし、困ったという感じ。僕も何とか助けてあげたいけど、そんな余裕はない。ご飯をおごるくらいしか出来ないな。

パリの知り合いにかけるしかない!でも見つけれるのかな~住所は知ってるみたいだけど、いきなり訪問する事になるらしい。電話番号も分らないから、これは賭けだな。ロンドンは物価高いから気をつけて!としかアドバイスできないな。お互いの旅の検討を祈りながら駅まで見送り別れることになった。

僕はそんな彼から1冊の本を預かる事になった。紙袋を渡され「中に本があるので暇なときに読んで」と言われた。移動時間は確かに暇だから丁度いいやと思い貰うことにした。でも内心心では荷物になるから困ったな~という思いもありながら僕は紙袋を受け取った。紙袋の上から触るとハードカバーだと分かる。チラッとみたら表紙はなく裸の本だった。タイトルもよくわからない。なんの本かもわからない。とりあえず受け取ることにした。

東京の人で仕事を辞めて僕と同じようにヨーロッパに来たらしい。僕も無計画だけど僕よりもさらに無計画な旅をしているようだ。いくら無計画といってもある程度の行く場所と予算を考えて行動しているものだ。お金を全部握り締めて、とりあえず来たようでガイドブックを片手に現地に着てから探していた。上には上がいる。

僕には、彼ほどの勇気はなく無計画でも、もう少しプランを練っていたと思う。かなり長い期間旅を続けているようでヨーロッパを一度出国し再度入国しているし、帰りのチケットを捨てているから驚く。半年以上前に日本を出たらしい。大抵、往復チケットで外国には入国するけど学生でもないし、特別なビザを持ってる訳じゃないから、みんな、あの手この手で長期滞在の方法を考える。安い往復チケットを購入して入国したら捨てて、長期滞在して返りは現地で片道切符を買うらしい。

入国時には帰りのチケットがないと入国困難だから。すごい事を考えるものだ。かなり長く旅を続けているのがにじみ出ている。あの人なら上手く乗り越えていくだろう。これで知り合いは全員ミラノを出た。この数日は友達みたいに色んな人と出会った。そして別れていった。今日1日も街中でゴロゴロ。

こんな風にのんびり過ごすのも悪くない。

観光地を急いで周り要所だけ見て町を出るのが多いけど、こうやってのんびり滞在すると、生活している人達の習慣やリズムが分るような気がする。裏通りのスーパーや肉屋、パン屋と通いなれてきた感じもあるぞ。

イタリアの北と南では大きく違う。北は、物価も上がるし街も人もお洒落になるしフランス系の料理も増える。どちらかと言うとフランス寄り。南はイタリアの田舎的な風景が広がるし気候も暖かい。町は汚くなるが人はいい。どちらかと言えば南イタリアの方がいいかもしれない。料理は断然、南イタリアが安くておいしい。

それは、本当に分りやすい。南に下りれば下りるほど美味しくなるのが分かる。もしシチリアまで行けば、もっと美味いのかも?と思ってしまう。街中でF1のイベントらしきものが行われていた。マシンが展示されていたり、コメンテーターらしき人が見所を説明したりしている。

F1グッズの出店も多く見るようになった。街中でF1ドライバーに会わないかな~と期待しながら歩いていた。

明日は一人だし週末までの予定を考えよう。時間もあるので本屋に入った。本屋でウロウロしていると日本の風俗を紹介する写真が多く掲載された本があった。驚いた。ハーレムニッポン。みたいなタイトルだ。

中身をみると、日本の変わった風俗文化が沢山紹介されている。馬鹿にされているような写真ばかりだ。こんなものを紹介するなんて日本の恥だ!というようなものだ。サラリーマンがお酒に酔ってネクタイを頭にまいて風俗嬢とプレーするシーン、かなり際どい写真だ。

これが日本の実態だ!といわんばかりの紹介だから驚く。

イタリアでは何度もデートを重ねて相手の心を掴む為に努力をしていくという。アメリカにいる時も日本人女性と付き合ったら、すぐにSEXをしてもいいのか?と、何度か聞かれたことがある。

イタリアで日本はすごい紹介のされ方をしていた。でもそれが日本の風俗文化かもしれない。一応、芸術の棚にあったので、そういう事にしておこう。

週末まで、まだ2日あるから明日はどうしよう?ミラノはもう見たので近くの町に行こうと計画。その時に思いついたのが、前から行きたかった。

イモラサーキットだ。イモラという場所にあるサーキットでサンマリノGPという名でF1が開催されていた場所だ。1994年アイルトンセナが事故死したサーキット。地図でイモラも調べた。サンマリノGPというくらいだからサンマリノ共和国に近い場所にあるというのはわかってた。

サンマリノ共和国は独立国家でバチカン市国と同じくイタリアの国の中に存在する別の国だ。でもイタリアの統治下にあり観光国として今では存続している。不思議な国だ。イモラサーキットの場所を詳しく調べ行き方も調べた。

おそらく小さい街だろうから駅まで行けば何とかなるだろう。今日は、そんな特に何もなかった1日でした。

YHに戻ると、新たなメンバーが集まり、今度はF1好きが続々とやってきているようだ。

この時の教訓は、
1、無計画で旅する強者が多い
2、表紙のない1冊の本を預かる
3、サッカー終わればF1好きが集まってきた

次回は、その52 イタリアの中にある別の国の話です。


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けんいち【kindle作家】 娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。

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