1人TOUR DE EURO97 その10 バカは端を目指す
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
10)1997年7月24日-ロカ‐シントラ(ポルトガル)

ポルトガルの朝は情熱的すぎた。
目を覚ますと、横のベッドの男が全裸で寝ている。
おいおい、朝から刺激が強い。
旅の始まりにしては、ちょっと目に毒だ。
変なものを見てしまい朝から気分がわるい。
気を取り直し朝食を済ませ、宿の延長手続きをして9時半に出発。
列車は世界中のセレブが集まるリゾート地エストリルを抜け、終点カスカイスへ向かう。
空はこれ以上ないほど青く、大西洋の風が頬を撫でた。
車窓の向こうには、まぶしいほどの水平線が広がっている。
カスカイス駅に着くと、次の目的地は決まっていた。
ユーラシア大陸の最西端——ロカ岬。
なぜ旅人は“端”に惹かれるのだろう。
「最北端」「最果て」と聞くと、行かずにはいられない。
僕もその例に漏れず、端を目指す変な人種のひとりだった。
バス403番に乗り、料金は290エスクード。
細い道を、バスはゆらゆらと登っていく。両脇には白い石壁とオレンジの屋根。
木々の間から広い庭がちらりと見え、「昼は木陰でワインを飲んでるのかな」と、勝手に映画のワンシーンを想像する。
丘をいくつも越えると、突然、空と海の青が一気に広がった。
その中央に一本の塔。——あれだ!
バスが停まる。目の前には「海が始まる場所」ロカ岬。

大航海時代、この海を見てどれだけの人が夢を見たのだろう。
「海の向こうには神の国がある」
そう信じて船出した人たちの浪漫を感じた。
地球がまだ平らだと信じられていた時代。
見えない地平線を見つめる気持ちが、少しわかる気がした。
12時半のバスでシントラへ向かう。
テレビで見た「ペーナ宮殿」が記憶の片隅に残っていた。
山を登るにつれ、空が近くなる。
バスを降りると、木々の間からカラフルな屋根の城が姿を現した。
詩人バイロンが「エデンの園」と称えた城。
誰やねん、バイロン。でも納得。
マリオのステージに出てきそうな形と色彩。
可愛いのに、歴史は決して可愛くない——そんな深みのある城だった。

城を後にし、駅へ戻るつもりで乗ったバス。
……が、進む方向が違う。ヤバイと思いながらも道を確認しているとエストリルを経由するらしい。エストリルと聞いて僕はピンときた。
F1サーキットで聞いたことのある名前だから。
せっかくだから行ってみよう。と思ってF1サーキットと連呼して運転手に声をかけるとバスが途中で止まり運転手は無言で降りろ!と手で合図され降ろされた。

えっここ?と思い通りすぎるバスを見送りよく横を見るとエストリル・サーキットの看板があった。いやビックリ。何もないと思った場所に突然現れたサーキットだった。ここはアイルトンセナも走ったサーキットだ。
僕はサーキットの前に行き中をのぞく。工事をしていて、工事ようのトラックが出入りしていて、半分解放しているように門も開いていた。
僕はホームスタンドに上がりサーキットを眺めて、下に降りれそうなのでサーキットに入ってみる。そしてこのまま1コーナーに向かって歩いていった。
工事中のトラックが横を通過していく。1コーナーは思い出の場所だ。セナとマンセルがクラッシュした場所だ。
目を閉じれば、テレビの映像がよみがえる。あの名シーン。それにしても運よくこれたものだ。F1好きだから、ヨーロッパに来たらF1関係の場所に行きたいと思っていたけど、まさかエストリルサーキットに来るとか思わなかった。
でも、ふと気づく。
ここから、どうやって帰るんだ?
地図もスマホもない。ヤバイ。しかもバス停もない。開催してない日にサーキットに来る人など誰もいない。サーキットの前には先ほどバスを降りた1本道がずっと見える。
頼れるのは太陽の方向だけ。バスが走っていった方向にとりあえず歩こう。
「ずっと歩けば、どこかにバス停があるはずだ」——そう信じて歩いた。
後ろから走ってきたバスに手を上げ、バスが止まらないか試したけど止まってくれない。三度目で止まってくれたバスの運転手に聞く。
「カスカイス行く?」
またもや無言で「乗れ」と手で合図。
5時40分、奇跡的にカスカイスへ帰還。
完全に勘だけで戻ってきた。
これゲームなら旅人レベルがひとつ上がった気がする。
駅前でオレンジ1個とバナナ4本を買い、宿に戻る。
それが今日の夕食。流石にこれだけじゃ腹は満たされない。
店もないし、やることもないから宿の裏の細道を歩いていくと、庭のような場所にでてきた。どうやらバーベキューをしている。結婚式なのかパーティーらしい。様子をうかがいながらみて、僕もそこに紛れて何か食べれないかと考えていた。そして色んな人が出入りしているので門の隙間から忍び込んでいた。
テーブルに座り、さも客のように自然を装って食べた。
「捕まっても死なない。でも食べないと死ぬ」
そんな意味不明な言い訳を胸に、人生で一番スリリングなディナーを味わった。
案外バレないものだ。(笑)
宿に戻る途中、遠くに見えるキリスト像——Crist Rei。
まるで僕の行いを見透かしているようで、思わず心の中で「ごめんなさい」と懺悔。……でも、きっと許してくれるだろう。生きるためだったんだから。

夜、ポルトガルの星空は美しく、静かだった。
この国の時間はゆっくり流れている。
急がず、焦らず、楽しむように。
絵葉書を書いて、眠りにつく。
今日もよく歩いた。
そして、よく生きた。
この日の教訓
バカはなぜか“端”に行きたがる。
方向感覚さえあれば、人は帰ってこれる。
神様は、悪いこともちゃんと見ている。
次回は、その11 1杯のエスプレッソが似合う女の話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。