1人TOUR DE EURO97 その4 凱旋門で誓った決断
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
4)7月18日-パリ(フランス)


パリのYH(ユースホステル)の朝ごはんは最悪だ。
朝食付きのYHだけど簡素すぎて量も少なくおかわりできない。
フランスパン1つとオレンジジュースだけ。さすがにこれじゃお腹がすいてしまう。後から知るけどパリのYHの朝食がいかに簡素だったかわかる。
国や都市でも随分YHも変わるのだ。
ヨーロッパで物価が高い都市だけにYHの対応もあまりよくなかった。まぁ仕方ないのかパリに住むフランス人の問題なのか??
気を取り直し今日の楽しみはルーヴル美術館にいく事だ。
NYで近代美術館(MOMA)やロンドンで大英博物館といった大きなところは行ったから大きさは問題ないと思っていたけど、正直ルーヴル美術館なめてました。途中で迷子になって出口探すのに汗かきました(笑)
とにかく見どころが多く、常に「お~!」という声が上がる美術館。だって教科書や雑誌で見たオリジナルが数多くある。これもルーヴル?あれもルーヴルなの。と1度は見た事ある絵画に遭遇する。まさに遭遇だ。大きな廊下に飾られた巨大な絵画に息をのむ。そして1番に思うのが、巨大すぎる!こりゃ描くの大変だろうな~ということ。絵具どれほど使うの?また中央の手の届かないところってどうやって描くの?とどうでもいい疑問だけが出てくる。
ルーヴル美術館の一番の目玉はモナ・リザだ。それにしてもかなりの人の数。この中をルパンなら華麗に盗んでいくんだろうかと思いながらモナ・リザを誰か盗まないかな~と思い眺めていた。そんなモナ・リザを見てると少し微笑んだ気がする(笑)

広い廊下の先の階段の上にあるサモトラケのニケがあった。ギリシャの地中海の海底から発見された彫像。ニケ(NIKE)はスポーツメーカーのナイキの名前の由来になったと当時聞いていたので生で見た時は感動でした。もしこれがニケじゃなかったらナイキは全く違う名前だったかも……そう思うと不思議。
美術館ってじっくり見ると1日では時間が足りないとよく本に記載してるが、1日かかった美術館なんて今までない。大抵は3時間もあれば見て回れるのが多い。でもルーヴル美術館は本当に1日では無理だと思った。
気になる絵画をじっくりみると時間が足りない。人が多いのもあるし部屋数も多いし全部の部屋を見て回れないくらい広いから、本当に1日じゃ無理かもって。そして、もっと下調べしてから来た方がいいと実感。
途中で何度か迷子になりウロウロ。後半はかなり芸術疲れしていた。
歩き疲れ迷子になるし、もう絵画はお腹いっぱい。そんな感じで迷宮だったルーヴル美術館でした。

ルーヴル美術館を出てシャンゼリゼ通りを目指しコンコルド広場へ。
コンコルド広場はフランス革命の舞台の1つ。
マリーアントワネットが処刑された広場。そう思うと歴史的場所が多いパリ市内。コンコルド広場からまっすぐ伸びるのが有名なシャンゼリゼ通り、その先に凱旋門がある。シャンゼリゼ通りを遠くに見える凱旋門目指し歩く。普通歩くような距離ではないと思うけど大きな凱旋門めがけて歩く。
後から電車乗ればよかったと後悔するくらい歩く。
歩きながら「オーシャンゼリゼ~♬オーシャンゼリゼ~♬」となぜか一人で歌いながら歩く。当時はBluetoothイヤホンして音楽携帯で聞くなんて出来ない時代。歌は記憶している歌しか歌えない。このサビかどうかも知らないけど「オーシャンゼリゼ~♬オーシャンゼリゼ~♬」以外の歌詞がでてこないから、壊れたレコードのように繰り返し歌いながら歩いてた。
街中を歩いているとカフェの中にあるTVではツール・ド・フランス(自転車競技)の様子が流れていた。先日、パリをスタートしたばかりなので、もう少し早ければスタートを見れたのかと思うと残念。
凱旋門はナポレオン 1世の命令で建築がスタートし自分が遠征から戻った時に勝利を祝い凱旋する為に作ったらしいが、ナポレオン1世は生きて凱旋することは無かった。「レ・ミゼラブル」で有名なビクトル・ユーゴが死後 凱旋門で一時的に遺体を安置されている場所でもあった。
どれくらい時間がかかったかわからないけど凱旋門に到着。
入場チケットを買い凱旋門の中に入ったけどEVが故障!「え~マジか」仕方なく階段を歩いて登ることに。くたくたの足で凱旋門の展望台にあがるとパリの大パノラマが見える。壮観な景色に思わず息をのむ。写真では見たことがある360度放射状に伸びた道。パリの街並みが計画されたことがよくわかる風景。強い風が吹きなんだか心地いい。
ぐるりと見渡し凱旋門の上で僕は思った。
自分の旅は「ここからスタートだ」
旅のルート大まかにしか決めていない。明日何処に向かうかも未定だ。行き当たりばったりのバックパッカー旅にでた僕。正直心細く不安しかない。この先どこに行って何をしているのだろう。
もう少し人生を計画的に考えるものだろうけど僕は日本を飛び出し無計画な旅をしている。無謀だ。本当に無謀だと思う。なにも情報なんてないから行ってから考えようというスタンスだった。今ならネットで事前に調べて準備して宿も予約し電車もチケットをおさえ、食べたいレストランをチェック。旅を無駄にせず満喫できるようにするかもしれない。
時代の変化というのは恐ろしいと今は思う。当時は本当に情報なんて少ないから、とりあえず行って見よう!という気になる。でも周りからは無謀なヤツと思われていただろうけど、それは自分でも思っていた。
凱旋門の上に立ち、ある決心した。
もう一度ここ凱旋門に帰ってくるぞ!と心に誓う。
僕の「一人ツール・ド・ユーロ」が凱旋門からスタートする。
宿上手く見つかるのか?
病気にならないか?
騙されないか?
怪我をせず戻れるか?
お金が無くならないか?
途中で死ぬんじゃないか?
海外バックパッカー1人旅とは、常に不安との戦いだ。
頼れる人なんて一人もいない。
この旅を完成させて、また日本に戻りたい。
逃げてきたけど、今度は逃げない。
この旅を完成させるんだ。
過去の自分と決別するんだ。
自分を変えるんだ。
僕はパリの空に誓った。
必ず凱旋門に90日後に戻ってくる!と

ちなみに、この後、エッフェル棟で夕日を見ようと夕方6時に登り始めたが、太陽の位置がやけに高い。日が沈むのは夜の9時頃だと登ってから知ってエッフェル棟の一番上で3時間まつことに(笑)ここまできたら意地でも夕日見てやる。
エッフェル塔では98年フランスワールドカップのカウントダウンの日付が点灯していた。

この時の教訓は、
1、ルーヴル美術館は必ず迷子になる
2、シャンゼリゼ通りを歩くと歌を歌いたくなる
3、パリの夏は陽が沈むのが遅すぎる
次回は、その5 パリ一番の美人に声をかけられた話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。