見出し画像

1人TOUR DE EURO97 その43 モーツアルトも大変やな~

1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。

旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」

フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。

会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。

たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」

今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。

世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。

旅のルートを知りたい方はこちらです。

43)1997年8月26日-ザルツブルグ(オーストリア)

記事の図解を先にどうぞ

火曜日。8時に朝食。今日はハムがついていた。

YHの朝食はパンと飲み物(コーヒーかオレンジジュース)だけが多いがYHによっては他にも付属で果物や卵とか付いている。あまり期待は出来ないがオーストリアのYHは比較的いい。なにより清潔。直ぐにチェックアウトして駅に向かった。

9時28分発のIC(インターシティー)国内特急の事。本当に予約なしで乗ってもいいのか?というくらい綺麗な列車だ。心配なので何回も聞いた。後から特急料金を取られたらバカらしいから。こんな綺麗な列車にユーレイルパスだけで乗れるなんて嬉しくなる。

ウィーンはオーストリアの東に位置する。Salzburgザルツブルグは西側、ドイツの国境に近い町。ザルツブルグとは塩の城という意味で塩で栄えた町。

古くから塩の採取で益を作り豊になったらしい。塩が有名という事だろう。町には3時間ほどで付くらしい。車窓からの景色が最高に綺麗。草原が多く緑豊な国。窓から見える家には花壇があり色んな花を植えている。

不思議なのは、オーストリアの人の家には花壇が当たり前のようにある。その光景が町を綺麗にしている。
1時頃にザルツブルグに到着した。

早速、YHを探す。川を挟んで駅側は新市街みたい。駅から15分ほど歩いた場所にYHがあり綺麗な家でいい場所だ。2泊する事にした。荷物を置いて旧市街の方に観光へ向かう。1泊朝食付きで160s。(約1600円)20分~30分ほど歩くと旧市街の方にいけてザルツアッハ川を挟んで両サイドに町が広がってい、川の道沿いがとても綺麗でのどかな雰囲気。

見晴らしもよく建物と森や自然が融合し溶け込んでいる景色。人口的に建築されているのだけど自然を生かしている。都会とは明らかに違う田舎の綺麗さがある。空気もとても綺麗。

どこを切り取っても絵になる景色。本当に綺麗すぎる。

モーツアルトの生家、住家があるので一際観光客も多い。
7月8日にはウィーンフィルオーケストラが町に毎年くるそうだ。ゲトライテ通りから抜けてホーエンザルツブルグ城に向かった。何とも綺麗なお城で眺めも最高だ。町も綺麗で上品だし、避暑地的で優雅。

町が大きすぎず小さすぎない感じが丁度いい。

ホーエンザルツブルグ城は丘の上でケーブルカーではお金がかかるから歩いて上った。結局入場料でお金が必要だ。

中に入るのは高いから諦めた。今必死で登った坂を下る。おそらく城からの眺めは素晴らしいと思った。でも何かチケット代がもったいない気がして入るのやめた。同じような所は今まで何度も見てきているせいか、見飽きた感があった。

一つ一つは素晴らしいもので歴史的価値のあるモノだけど、知識がない分、よくわからない。行く町で美術館や博物館に入ると本当に途中から見飽きるというか見疲れるという状態かもしれない。

もったいないと思うけど、足が重たい。どうしても見たいものがあるなら別だけど、情報、知識がない場合はそうなってしますものだ。

その後、モーツアルトの生家を見に行った。本日のメインだ。生家は今では当時の面影をのこしつつモーツアルトの歴史館となっている。黄色いモーツアルトと書かれた文字に綺麗な壁が目を引く。世界中から沢山の観光客が来ている。日本語のサービスもある。モーツアルトの歴史もフィルムで紹介されていたし部屋も残されている。また使用していた物や3歳から弾いて5歳で曲を作ったピアノが展示されていた。天才とはこういう人の事を指すのだろうか。

モーツアルトの少年時代の逸話で1762年9月にウィーンへ旅行したのち、10月13日、シェーンブルン宮殿でマリアテレジア御前演奏した際、宮殿の床で滑って転んでしまい、6歳のモーツァルトはその時手7歳のマリア・アントーニアのちのマリーアントワネット(リア・テレジアの娘)に助けてもらい、後にプロポーズしたとい言います。

7歳のときフランクフルトで演奏したさいに作家のゲーテがたまたまそれを聴き、そのレベルは絵画でのラファエロ、文学のシェイクスピアに並ぶと思ったと後に回想している。小さい頃から神童と呼ばれていたそうです。まだ貧しかったころのエピソード。その当時にしてはかなりヨーロッパを旅しながら演奏する為に移動していたそうです。

馬車での移動が長く大変だったみたい。天才ではあるが順風満帆な訳ではなくかなりの苦労もしていることも知りました。ただ当時の歴史の時代背景もすごい時代だ。その時代にヨーロッパは、どれだけ有名な人物を生み出して来たのだろうか。

生家を出たあとも町並みを散策。

本当に綺麗で店の入り口にはロートアイアンで装飾する店が多い。ちょっとして飾りも全部オシャレにみえる。看板一つみても絵になる。肉屋さん、靴やさん、カバン屋さん、パン屋さん、楽器屋さんと窓越しに職人の店が覗える。商売道具がぎっしり並び丁寧に作業をしている風景が垣間見れる。町が動いているように見える町は珍しいくらい。庭園にも花で音符の形に造形されているとか、とにかくキレイ。

夕方6時頃に肉屋でサラミと飲み物を買ってザルツアッハ川沿いのベンチで休憩。
僕もヨーロッパの絵画の中の世界にいるみたいだな~。

この川沿いの風景が一番綺麗かもしれない。昔から変わらぬ風景のような気もする。モーツアルトもこの風景を同じ風景をみていたのかな~。

さあ明日の予定を考えよう。何個か候補はある。
1つはグロスグロックナー氷河を見に行きたかったけど寒そうだ。見た感じ氷河だし防寒具もないから諦めよう。もう一つの候補でザルツブルグの東側に湖が沢山あり綺麗な地方でザルツカンマーグートがあるモーツアルトの母が生まれ育った町。

とても綺麗な場所で有名と紹介しているのでバスのツアーも沢山出ているみたいだ。明日はここに行ってみようか。町中にはツーリストデスクは沢山ある。ツーリストデスクで調べていると昼からの半日観光コースで390s(約3900円)のコースがある。丁度よさそうだ。日帰りだし半日だから悪くない。

ザルツブルグは小さい町だから今日で主なところは見たと思う、明日はバスツアーに出かける事にした。早速、チケットを購入。

ツアーならバスで要所を回ってくれるので楽。町から町なら列車で移動できるが、こういう田舎ならバスツアーの方がよさそうだ。今回の旅行の中で始めてツアーに参加。

今まで色んなツアーを見てきたけど、あまりいい印象がない。時間に追われバタバタしている印象が多かった。その度に一人でよかった。ツアーじゃなくてよかった。と思っているからツアー参加は迷った。まあ半日だし、一人でいく方が難しそうなのでツアーの方が良さそうだ。

YHの部屋に戻ると2人の日本人と会った。
日本人とは最近会ってなかったから久しぶりに日本人と旅の会話をして盛り上がった。ミコノス島以来かもしれない。

オーストリアという国は簡単に言うと産業が弱いから昔から強い国と同盟を結ぶ歴史があるみたいだ。ハプスブルグ家が有名でマリアテレジアも有名だ。そしてマリーアントワネットと有名な女性が多い。

緑豊な国ではあるが歴史的背景は、この国も複雑なものだ。ヨーロッパは小さな国が多く、このような国が沢山ある。奪ったり奪われたり独立したり統合したりの繰り返しの歴史だ。その中を上手く生きてきた国の一つ。それがハプスブルグ家の知恵であり国を守ってきたのかもしれない。

オーストリア語という母国語がないらしく近隣に近いエリアの言葉を話しつつ共通は英語らしい。確か面積は北海道くらい。

こんな綺麗で素敵な田舎に1度住んでみたいと思った

この時の教訓は、
1、田舎ではツアー参加がお得
2、モーツアルトも大変やな~
3、移住して住んでみたい町

次回は、その44美しすぎるオーストリア話です。

マガジンはこちらから↓


いいなと思ったら応援しよう!

けんいち【kindle作家】 娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。

この記事が参加している募集