1人TOUR DE EURO97 その14 女性バックパッカーとの出会い
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
14)1997年7月28日-グラナダ(スペイン)


朝8時半に起きて朝食へ。
今日泊まったユースホステルでは、朝食のパンをオーブンで焼いてくれる。たったそれだけなのに、驚くほどおいしい。
今まで冷たいパンばかり食べてきたから、温かいパンの香ばしさがやけに嬉しかった。
バスの出発は10時。
9時すぎに宿を出て、近くのポストにポストカードを投函してからバス停へ向かう。
僕は旅先で毎回、ポストカードを日本の実家に送っていた。街を移動すれば、その分だけポストカードが増える。
その習慣には、3つの理由があった。
1)自分では撮れない、美しい風景の写真がほしい。
2)自分へのプレゼント。
3)そして、親への“生きてます”の知らせ。
当時はまだフィルムカメラの時代。
僕が持っていたのは、安いコンパクトカメラで、24枚撮りのフィルムを何本もバッグに詰め込んでいた。
帰国してから現像するまで、写真の出来はわからない。だから現像してみたらピンボケだらけ、ということも多かった。その反省から、ポストカードを買うようになったのだ。現地で買い、現地から送る。荷物も増えないし、後に残らない。でも確かに“自分がそこにいた”という記録になる。
そしてそれは、遠く離れた日本の両親への安心のしるしでもあった。数日おきに届く絵葉書を、両親は楽しみに待っていてくれたという。今ではそれらを大事に保管してくれていて、娘が「お父さんの旅だって」と眺めているらしい。
当時の手書きの文字を見返すと、その時の風景や気持ちまで蘇ってくる。
やっぱり、手書きの力ってすごいと思う。
バス停に着くと、大きな観光バスにはわずか15人ほどの乗客。
珍しく時間通りに出発し、街を離れるとすぐに山道へ。
1時間も経つころ、白い壁の小さな村が見えてきた。
村の周囲は一面のひまわり畑。
太陽に顔を向けた大輪の花がまぶしい。よく見ると、中には下を向いたひまわりもある。暑さに負けているのか、ただ休んでいるのか——それぞれの個性を感じて、なんだか愛おしかった。
バスはその村で小休憩。
静かでのどか。列車とはまた違う旅の味わいがある。
ガタガタと揺れるリズムが妙に心地いい。
グラナダに着いたのは、昼の1時半ごろだった。
バスターミナルで、日本人の女性バックパッカーと出会った。
女性のひとり旅は珍しい。
思わず声をかけると、同じように宿を探しているという。
それなら一緒に探そうと、坂道を歩き始めた。
彼女は僕より2歳年上で、スペインだけを巡る旅をしているらしい。大きなリュックを背負い、一眼レフカメラを首から下げていた。化粧っ気もなく、自然体で、それでいてたくましい女性にみえた。話を聞くと、デザイン事務所で働いていて、仕事のアイデアを探しに来たのだという。
「遊びじゃないんです。インスピレーションを探してるんです」
そう語る姿が印象的だった。
僕は2週間も休みをとって海外に行けるということに単純に羨ましさを覚えた。
僕は仕事を辞めてこの旅に出たけど、彼女は仕事を続けながら旅をしている。
「同じ旅でも、覚悟の種類が違うんだな」と思った。
坂の途中で彼女の宿が見つかり、「じゃあ、ここで」と笑顔で別れた。
初めて会った日本人女性の一人旅。
不思議な縁だけど、旅はこういう出会いがあるから面白い。
僕はさらに坂を登り、途中のホテルに決めた。
ツインルームしか空いておらず、ひとりでは少し広すぎるけれど、個室であるだけで嬉しい。部屋はタイル張りで少し冷たい印象だが、ユースよりは快適だ。

その足でアルハンブラ宮殿へ向かったが、チケット売り場は長蛇の列。
諦めて、明日の予定を立てに駅へ向かう。列車の時刻表は、現地で確認しないとトーマスクックの情報はよくズレていたからだ。
バスの中で考えていた。
「明日は、白い町を見に行こう」と。
スペインらしい白壁の美しい町並みは、有名な観光地よりも、もっと奥にあるという。グラナダ近郊のモンテフリオという田舎町が気になっていた。
最寄り駅はトコン駅。列車は1日1便、無人駅のようだ。
情報も少ないけれど、そんな未知が旅の醍醐味だ。
まるでドラクエの新しい町に向かうようなワクワク感があった。
夕方、ヌエバ広場のレストランで食事をした。
スペイン語のメニューはさっぱり分からない。適当に3品注文してみたが、出てきた料理を見ても何かわからない(笑)食べながら「これは…肉?豆?スープ?」と想像するのも、旅の一部だ。
夜になり、再びアルハンブラ宮殿の方へ散歩したが、人が多く、今日は諦めることにした。ホテルへ戻り、坂道の店を少しのぞいてから早めに休む。
グラナダはコルドバよりも坂が多く、歩き疲れる街だ。
町並みはまだ工事中の場所も多く、アルハンブラ宮殿を中心に広がっている。
あの丘の上の宮殿は、まるで天然の要塞。
明日はモンテフリオへ行って、戻ったら必ずあの宮殿を見に行こう。
まずは白い村を攻略だ。
この日の教訓:
1.アルハンブラ宮殿は人が多すぎる
2.ひまわりにも反抗期がある
3.女性バックパッカーに過剰な期待は禁物(笑)
次回は、その15 これぞ大冒険奥へ奥へ!の話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。