1人TOUR DE EURO97 その50 サッカー観戦は命がけ
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
50)1997年9月2日-ミラノ(イタリア)

火曜日。8時10分朝食を食べて今日は一人で観光。
サッカーは夜の8時40分からキックオフだから、昼間は観光。ミラノ観光の第1目的でもあるのがレオナルド・ダ・ビンチ作の最後の晩餐。それとミケランジェロの最後の作品の彫刻。この2つは必ず見たい。
サンタ・マリア・デル・グラツィエ教会を目指して歩いた。一体どれほどの作品なのかワクワクする。日本にいる時はあまり気にもしないで何かで見たことある程度。雑誌やTVやCMや何かで・・・そんな物がヨーロッパに来ると沢山目にする。現地に来て初めて知る事も多い。ここにあったのか?とか、これがそうか?とかいつもその時に同時に驚くのは、作品のサイズだ。
もっと小さいと勝手に想像してしまっていたものが多く実際には想像以上に大きいものが多い。ミケランジェロのダビデ像もそうだし、ルーヴル美術館で見た絵画もそうだった。

教会に行くとYHで知り合ったメンバー3人が先に並んでいたので一緒に並んだ。朝からすごい行列だ。教会の中に入れたのは2時間後だった。教会だけど最後の晩餐の部屋は有料で1度に入れる人数制限がある。だから時間がかかる。今は修復作業中らしく数年前から本来の色を研究すべく長期的なプロジェクトで修復作業が行われていた。最近の調査やコンピューター技術の発達で当時の色を解読しているみたいだ。
一人ずつ順番に通された。湿度、温度管理が厳重にされていて近代的な自動ドアが2重になり外との空気抵抗を最小限にしている。壁画の劣化を少なくするために最新技術が駆使されていた。
この最後の晩餐は壁一面に描かれて想像通り大きい。写真を撮った瞬間 何処からともなくマイクで怒られた。よく見たら撮影禁止だった。知らずに写真を撮ってしまった。

教会を出てからスフォルツェスコ城に向かう。ここでの目的はミケランジェロ最後の遺品となったロンダーニのピエタ像。未完成という事もあり、今までのミケランジェロの彫刻のような生きているような生々しさはなかったが、これが最後の作品となったと思うと考え深いものがある。その後4人で、このお城沿いにあるカフェに入った。
僕らは天気がいいからスフォルツェスコ城の周りにある芝生で腰を降ろし話をしていた。
かなりマニアックな話をしていた。ヨーロッパにいるのに日本の話題が中心でアニメの話とかドラマの話とか日本の音楽とか、まるで日本で友達と話をするような内容の会話だった。この数日は日本人メンバーとよく行動をしている。久しぶりに友達と遊んでいるようで面白い。
夕方の5時にマクドナルドで他のメンバーと待ち合わせをしてサッカーを見にいく予定なので、そろそろ向かった。マクドナルドに向かう途中にスーパーにより買出しをしていたら待ち合わせる予定のメンバーとスーパーで会い、そのままスタジアム方面に向かう。

試合まで時間があるから夕食を食べるためにレストランに入った。夕食を食べ終えて僕らはスタジアムに向かい入場。スタジアムへの入場は前回同様にかなり厳しい。
僕の腰にぶら下げていたスイスナイフが引っかかり文句を言われた。それから他にも細かく検査をされてしまった。財布の中身からズボンの中、靴の中と結局、スイスナイフは持ち込めないから入場できないとなり僕は困り捨てる訳にもいかないから、スタジアムの周りの芝生に埋めた。
そして場所を覚えて、試合後取ることにしてスタジアムの中に入った。それだけ検査してるくせに中に入ると発煙筒がいたるところでモクモクと白い煙をあげ危険なのは何故だろうと思う。見た試合はコッパイタリアというらしい。詳しく分らないが、リーグ戦とは違うみたいで客足はいまいち。1階席、2階席は満員だけど3階席からは、ガラガラだった。インテルの時とは随分と違った。

僕らの席は中央の前から5番目とロケーション的にはかなりいい場所。選手と同じ目線に近い位置。だからピッチが広く見えライトに照らされた芝生が綺麗だと感じていた。
発煙筒で観客席はえらいことになつている。インテル戦ほどじゃないにしても今回は前の席なので試合よりも後ろが気になる。何か飛んできそうで怖い。いよいよキックオフだ。
試合はACミランが勝った。やはりサッカー観戦は興奮する。これは勝と負けるでは天地の差だなぁとテレビでは分からない命がけの観戦を体感。
この時の教訓は、
1、最後の晩餐は長蛇の列
2、サッカースタジアムは怖すぎる
3、サッカー観戦に命を燃やすサポーターが多すぎる国
次回は、その51 ミラノで受け継いだ1冊の本の話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。