1人TOUR DE EURO97 その27 冷情と情熱の間にお金盗まれた
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
27)1997年8月10日-フィレンッエ(イタリア)

朝9時過ぎ起床。夕べは遅くまで話をして遊んだ。
イタリア楽しい、人も街も食も楽しい国だ。
しかし浮かれているのは今だけ。
このあとまさかの大事件が起きるとは、夢にも思わず朝食のピザを食べていた。
ホテルをでてウフィッツィ美術館に行き2時間もチケットを買うのに並ぶ。
そしてようやく中に入れて名画を見ることができた。スゴイ人気。
ここは有名な絵画が多い。
ボッティチェリ作「ヴィーナス誕生」「ウルビーノのヴィーナス」「受胎告知」等。オリジナルが見れるのは感激だ。お菓子の箱や音楽の教科書や雑誌でも見た事がある絵のオリジナルがあるのだから、あれこれ見た事ある!と発見もある。
ルネッサンス時代の遺産は今でも傑作ぞろい。
そして刻一刻と大事件の足音は近づいている。
昼過ぎ。
ウフィッツィ美術館に大満足して明日ローマに向かう為の電車の時間を確認するために駅に向かった。事件はその途中で起きた。

ある路地での事。
5人組みの子供が急に僕に近づいて来て、一人の少女が黄色いチラシを見せて僕の右側に寄ってきた。かなり寄って来てチラシを取れ!取れ!と合図してくる。
僕は要らないので手で追い払ってたら、左側の後ろから別の子供が僕の服を引っ張ってくる。
あまりにもしつこく引っ張り、腹が立つので服を引っ張る左の子供を振り払うために左回りで後ろを向き子供達を「あっち行け」と追いやった。
すると子供達は走って、どこかに行った。
「よかった。どっか行った」と安心し、ここら辺では物乞いをする子が多いなぁとイタリアに来て感じていたことを思い出す。
そして5mくらい進んだ時にズボンの右前ポケットに違和感を感じる。
右手でポケットを触ると右前のポケットに入れていた買ったばかりの皮の財布が無い!えっ!スリ?もしかしてスリにあったの僕。
昨日あれだけ夜に話して、スラれる人も悪いとか言っていた僕が・・・?
愕然として頭が真っ白。周りを見渡したが子供達はもういない。
何も考えず追いかけたけど、どこにもいない。足もガクガクで走れない。広い街でもう見つけるのは難しいと感じた。
注意をして前ポケットに入れていたのに、こんなに簡単に財布が盗まれるなんて!!信じられない。
その手口に脱帽!いやいや関心してる場合ではない。
冷静になり、財布には現金が日本円にして約1万円程が入っていた。
現金は少ないから別にいいとしても問題はVISAカードとワールドキャッシュカードだ。
ワールドキャッシュカードというのはシティーバンクが発行してる世界のATMで現地の通貨で引き落とし可能なカードで旅行の資金を定期的に下ろすのに必要なカード。所持金は0円になったし、カードが無ければ、資金が無く、この先の旅が出来ない。ヤバイ!こんな形で旅が終わるのか…。
これは困った事だ。冷静になれ!冷静に!と言い聞かせて。とりあえずホテルに戻る事にした。
ホテルに向かいながら冷静に考えている。現金がない。どこに行くにも無理だ。日本に帰るにも空港にすらいけないかも。マジでヤバイ。
かなり走ったので汗もかき喉も渇いた。もう最悪だ!
ホテルに着くなりカバンを開けてワールドキャッシュカードの説明書を探した。幸い持ってきていたので助かった。念のためとは言えよく日本に置いてこなかったものだと思い、説明書を再度読み直した。
紛失した場合の事がかいていある。読んでいると紛失時は再発行が可能だと分かった。とりあえず、ひとまず安心。

でも問題は再発行できる場所だった。どこでも出来るわけじゃない。
ドキドキページをめくり調べるとヨーロッパでは3ヶ所しかないらしい。バルセロナとアテネとミュンヘンだった。
今僕はイタリアのフィレンツェ。
僕がいるイタリアでは再発行が出来ない。
さあ どこに発行をしに行くのか?カード発行するだけで国境を越えだ。
順番に考えてみる。
1.アテネの場合は海を越えないといけない。し場所が遠すぎる。
2.バルセロナは来た滞在したことのある都市で土地勘はあるけど、ここからじゃ遠い。列車の道のりは、知ってるだけに少々厄介だ。
3.ミュンヘンはドイツでオーストリアを超えてドイツにだ。
とりあえず駅に行ってもう一度確認だ。
カバンの奥にUS$で$100ある事に気がつき袋を探し見つかる。手元には100ドルのみ。0ではないことになり、この100ドルをどう使うか考えた。
とりあえず、イタリアのリラに交換して、国際テレホンカードと水を購入した。水は喉が渇いて仕方なく生きるための選択。そしてテレホンカード。
ホテルに戻り日本に電話をしてVISAをブロックしないと怖い。
ホテルの階段の裏に電話があり、そこから電話ができそうだけどカードの使い方がイマイチわからない。どうやって日本に電話をかけたらいいんだ?
電話BOXの前の説明は英語かイタリア語で書いてるし、国際カードは1度オペレーターにつなぐ必要があり、何度も試みるがイタリア人のオペレーターにつながりイタリア語で何か話している。全く理解不能。
日本に電話したいとJAPANと連呼しても伝わらない。
もう5回以上も悪戦苦闘している。
その時、僕の横で電話していたサンマリノ人の男の子が俺が電話してやろう!と言ってオペレーターにイタリア語で会話してくれて僕の自宅の電話番号を伝えてくれた。優しいサンマリノ人に助けられて、ようやく日本に繋がった。親が出て「VISAカードをブロックして!」「僕は元気だけど財布をすられたからカード再発行するから」と用件だけ伝え電話を切ったというよりテレホンカードの残量がみるみる減り切れた。
なんとか電話をしてVISAカードの停止を依頼して、一安心。僕は自分のVISAカードやパスポートや保険の資料は1つの箱に入れて親に渡していた。もし何かあればここに全てあるので、探してみてと重要な資料関係の控えを渡していた。
親も調べてくれて、僕のVISAカードの会社に連絡して止めてくれたようだ。今なら本人確認とかウルサイと思うけど当時は親が代理で可能だった。
それから、今日も同じYHホテルに泊まる予定だったけどチェックアウトして荷物を持ち駅に向かう。駅で再度、どこにいこうか調べる。候補は2つ。バルセロナかミュンヘンか。調べてるとミュンヘンなら夜行列車で一晩で行ける事が分かった。よしこれだ!トーマスクックを見て再度確認。駅でも確認。タイムテーブルも見たし駅員にも聞いたから安心。早速 残りのお金で一番安いチケットを購入したのでベッドがない。座席に座りながらミュンヘン行きを決めた。
列車は夜の9時20分発。時間はまだある。駅に荷物を預けて交番に向かった。財布だけでも落とし物で見つかれば助かる。現金はなくてもATMのカードがあるなら助かる。この際、それだけあればいいとさえ思い淡い期待で交番へ。
街の中心にある大きなドゥオモの横の頑丈な建物には大きな門があり硬く閉まっている。
僕は何度かブザーを鳴らしてインターホーン越しに財布を盗まれた!みたいな事をガイドブックで覚えたばかりのイタリア語で伝えた。
しばらくすると大きな門が少しだけ開いて一人の警官が顔を少しだけだしてきて、中に入れるのかと思いきや「2時~4時は休憩中」と言われた。
駅前の警察に行けと言われてドアが閉まる。
はぁ!ふざけるな!と思った。
お前も警察なら一緒に探せよ!お前の街だろ。

態度が悪く相手にもされない。仕方なく駅前の警察を尋ねると、僕と同じようにスリの被害にあった人で列が出来ていた。えっこんなにもいるの?
イタリアではスリが多く警察も一人一人対処してられないのだろう。
とりあえず被害届を書けとの事で被害届を書いただけだ。それで終わった。
特に探してくれるわけでもなく持ち物が届けられていないか探すこともない。正直何も警察はしてくれない。現場検証も、話を聞く事もなく被害届だけ発行してくれた。
まぁそんなものだろうと思った。少しでも期待してバカだった。
イタリアでは本当に気をつけないと怖い。
人のこと言えないわ!
とにかく無事にワールドキャッシュカードの再発行が出来るだろうか?
残ったお金でパンと水を買って列車の時間を待った。
お金も使い果たしてきたし小銭くらいしかない。
もし再発行できなければ、旅は終わる!
何としてもミュンヘンで再発行してもらわないと!っていうか再発行できるのかすら不安だ。そんな想いを抱いて国境を2つ超えてミュンヘンに行かなければいけない。寝台列車なので寝ていたらつくからいいけど、遠い旅だ。
僕が座る座席の横にはイタリア人2人とアメリカ人とドイツ人がいてカバンからお菓子を取り出し旅行話で盛り上がっている。寝ている間に着くと思ったらイタリア、オーストリア、ドイツと各国境駅で5回くらいは起こされチケットとパスポートのチェックを何度もさせられたので寝ては起こされ寝ては起こされで眠れなかった。今日は本当に運が悪い日だった。
この時の教訓は、
1、スラれる時は簡単にスラれる
2、危機になると助けてくれる人はいる。
3、イタリアの警察は昼間に行くと追い返される
次回は、その28本当にミュンヘンに来たの?話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。