1人TOUR DE EURO97 その5 青い瞳に恋をした
1997年の夏。
24歳の僕は、たった一人でヨーロッパを90日間かけて一周する旅に出た。
旅の名前は「一人ツール・ド・ユーロ」
フランスには「ツール・ド・フランス」という有名な自転車レースがあり、それにちなんで、人生のレースという意味を込めて名づけました。もちろん僕の旅はレースではない。誰かと競うわけでもないけれど過酷さだけは負けていなかった。
会社に人間関係に疲弊した3年間を過ごし。僕はもう死にたいでも死ぬ勇気はない。最後にせめて世界を見てみたい。そう思って会社を辞めて全財産をバックパッカーに詰め込んで日本を出ました。
たった90日間の旅がその後の人生を確実に変えました。
この旅で、僕はたくさん迷って、たくさん考えることになります。
「自分の人生って」
「自分は何を求めているのか」
「なぜ、こんなにも遠くまで来たのか」
今になって思う。あの頃の自分に伝えたい言葉がある。
世界は、広いようで意外と狭い。
これは、24歳の僕が見た世界の記録。
旅のルートを知りたい方はこちらです。
5)1997年7月19日-パリ(フランス)

朝8時半ごろに朝食を食べにいった。相変わらずパンは硬くてまずい。
朝一番に向かったのはノートルダム寺院だった。
ノートルダムまで行き、少しだけ中を覗いてみるとミサをしている。左右の塔には鐘があり、そこまで上がれるらしいので階段を探した。ちゃっかりお金がとられる。
下から見るより案外高い。そして意外と景色がいい。中世の時代なた遠くまでよく見えたことだろうと思う。なぜ上ったかというと、去年にディズニー映画で「ノートルダムの鐘」を見たからだ。そのイメージを持っていたので鐘を見てみたかった。案外単純な動機でここまで来たものだ。

ここの鐘の音はパリの街によく響く。上から街を見ながら次に行く方向を見て道を考えていた。ノートルダムを後にして歩いてコンコルド広場を目指していると、昨日も気になっていた建物がある。一際輝き目立つ建築物があった。それがアンヴァリット寺院だ。本で調べると、何と、ここにはナポレオン一世の棺があると書いてあった。思わず声をあげて@「えっナポレオン1世の墓あるの」って出た。無知は怖い(笑)何も知らなかったので、これは見過ごしたら後悔すると思いチケットを買って中に入る事にした。


アンヴァリッド寺院。
こんな有名人の墓なのに案外知らないものだ。僕だけか(笑)
そう言えば、ロシア遠征の後ナポレオンは幽閉されてからどんな最後を送ったのか詳しく知らなかった。どんな風に安置されているのかだろう。中に入るとひんやりと肌寒い。
大きく金色の丸いドームの中心の大きな空間に大きな茶色の棺が安置されている。とても大きな棺だ。2階から下を見おろしながら見学できる。6重もの棺で守られているらしい。あの中にナポレオン・ボナパルトが眠っていると思うとドキドキする。
社会の教科書で登場する歴史上の偉人だけに、棺を目の前にすると実在した人物というのを実感するものだ。

アンヴァリッド寺院を後にしてから、明日の電車の時間を確認するために駅に向かった。ネットがないから駅に行って時刻を確認する必要があった。ヨーロッパの時刻もコロコロ変わるから実際に駅に行って確かめるのが鉄則だった。ネットがあれば、そんな必要ないから僕は旅の中で何度も駅に行っていたことになる。
次はスペインの首都マドリッドに向かうことにした。フランスをもう少し周ろうとも考えたけどパリからだとスペインへ行く方が便利。地方都市からだと、またパリに戻らないと不便とかあるので先にスペインに行こうと思った。スペインに行けば必ずまたフランスには戻らないといけないこともある。
パリからスペインの首都マドリッドまで直行の豪華寝台特急もあるが、パリが大都会で物価が高いから安く行こうと思い国境駅まで行って乗り換えることにした。フランスの国境まで行きマドリッド行きの寝台列車に乗り換える。翌朝にマドリッドに着が一番安そうだ。
駅構内のバーでエスプレッソを飲みながら路線のスケジュールを考える。
ここで1つ発見があった。
エスプレッソがとても美味しいということだ。
小さなカップに入った苦みのあるエスプレッソに甘い砂糖をたっぷりいれて小さなスプーンで混ぜる。ちょっと甘めで苦みをごまかし飲むのが美味しい。僕はエスプレッソにはまっていく。
パリは本当に計画的な都市作りをしている。それでいて自然も多い。計画している割には道はクネクネと曲がっている。カーブ沿って建築も建ってゆがみも絵になる。高さは統一されて規制があるのか高すぎる建築は旧市街には少ない。新市街に行けば近代建築の高層ビルがある。ヨーロッパは旧市街と新市街に分かれる都市が多く歴史を残しつつ近代化を図っているのもわかる。
英語を嫌う年配者は多いのは本当だった。噂は聞いていたけど下手な英語で道を聞いても無視される。まぁ聞く相手が悪いのかもしれなけど相手されなかった。でも若い世代は親切で英語で話をしてくれる。道も丁寧に教えてくれる。世代間ギャップが結構あるなぁと思う。
お腹がすいたのでサンドウィッチを買って公園で食べる。
見たい代表的な観光場所はみたかな~と思い広すぎて回りきれないけど満足していた。
パリにある有名な劇場の前で僕は道に迷い、どちらに進もうか考えているときに建物から出てきた女性に目が釘付けになる。体のスタイルが抜群でブロンドヘアー。スーツが似合う女性。片手にコーヒーカップを持ち、肩から黒い皮のショルダーバッグをぶら下げる女性がいた。年齢も若そうで二十代前半のようなあどけない顔。瞳の色はブルー。僕は思わず見とれてしまった。道に迷いウロウロしていると、なんとその女性と僕は目が合って彼女は僕に声をかけてきたんです。僕の心臓は超高速回転。僕が道に迷っているのを察して道を教えてくれるなんて、どこまでパーフェクトな女性なんだろう~。
一目ぼれってこういうことなんです。
その後、彼女が何を僕に言っているかは一切分かりませんでした(笑)
だってフランス語だったし……あまりにも言葉が通じない僕に思わずニッコリ微笑んで立ち去りました。あの笑顔最高に可愛かったです。
いや~フランス語勉強しておけばよかったと後悔。
勝手に浮かれていると、もう彼女の姿はありませんでした。
それにしても本当に美人でした。
理想の女性だわ~って(笑)
スペイン行くのやめて明日もここで待ってたらまた会えるかな~なんてことまで妄想したくなる24歳の僕でした。
ヨーロッパ来てよかった。
あれだけ後悔していたのがウソのように……
別に何もないのに、1回目があっただけでニヤニヤしてしまいました。
YHに戻ると知らないオッサンが僕のベッドに寝ていた。おいYHって管理どうなってるんねん。フランスもロンドンも世界の屈指の発展途上国だろが!

この時の教訓は、
1、歴史は学んでおくべきだった
2、ヨーロッパで飲むエスプレッソ美味しい
3、青い瞳ににらまれると恋に堕ちる
次回は、その6 長距離移動は大変だ。初の国境越え寝台列車に乗った話です。
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娘が留学をすることになり、何か僕も父として背中を見せて、一人でもがんばって負けないように生きていけるように挑戦を始めました。娘との思い出もここに沢山残そうと思い記事を書いています。少しでも応援してもらえたらウレシイです。いただいたチップは活動費に使わせていただきます。